<第39話> お嬢様、勘のいいガキはなんとやら。
「…ロベリアお嬢様」
「大丈夫、差し障りないわ。私は…部屋に…戻るから。後はお願い…」
「…かしこまりました」
私はほとんど呆気に取られながら、セバスへの応答を済ませた。
気落ちした様子の私に、彼は必要以上の言葉は掛けてこない。
そして1人、応接間を後にした。
自室への歩みを進めながら、思考を巡らせる。
…迂闊だった。
違和感を感じていたのは、私だけでは無かったのだ。
ノワゼットに勘付かれてしまうとは。
いや、あの様子なら、ローレンスも違和感を感じていたことだろう。
よりにもよって、両王子相手に…
『まるで人が変わったみたいだ』
『キミ、本当にあのロベリア嬢かな?』
その言葉が、声が、頭の中で反芻する。
あまりにも相手が悪い。しくじったか?
…いや、まだこちらを伺っていた。
確信的ではないのだろう。
であれば、今後気を付ければ、或いは。
なんにせよ、挽回は必要か。
帰り道。
珍しく2階から自室までを歩いたが、ほとんど記憶にない。
それ程までに、思考を巡らせていた。
私が転生して初めての緊急事態。
それに思考を奪われない訳がなかった。
「お嬢様、どうかなさいましたか」
不安げな様子で、カミラが語り掛けてくる。
「なんでもないわ、気にしないで」
今の私には、そう言って笑うくらいしか出来ない。
「…左様でございますか」
誤魔化しに過ぎない。
それを彼女には見透かされている様だ。
とは言っても、余計なことを口走ってしまったらと思うと、話そうにも話せない。
更に心配を掛ける様なことは避けたいし、混乱はもっと避けたい。
…事の顛末くらいは、セバスから伝わるだろう。
今私の口から説明出来ないのが、歯痒いことではあるが。
「少し、1人にしてもらえる?」
「かしこまりました、お嬢様。御用がございましたら、直ぐにお呼び戻しくださいませ」
私の提案に、彼女は素直に応じる。
今は自室に居るのは彼女だけの様子で、ジェシーとローラは留守の様だ。
だがカミラのことだ、2人にも伝えてくれることだろう。
その辺りの心配は、無さそうだ。
「…ルリ」
(呼ぶと思ったわ、ミヤビ)
「ノワゼット殿下は、いつもと変わらないご様子だったかしら」
(…どうだったかしら)
「それってどういう…」
(いえ、ね。何度目かに言われた様な気がしなくもないのよ)
「えっ…?」
…どういうこと?
「わ、私以外にもロベリア様として転生した方が過去に…!?」
(落ち着きなさい。そんなのは今回が初めてよ)
「なら、何故…」
(そうねぇ)
視界の端で、淡い紫色が宙を舞う。
(ノワゼット様は、臆病な上、繊細でいらっしゃるから)
「…はい?」
思ってもみない言葉に、間抜けな声が出る。
「臆病で繊細、ですか?」
(ええ、そうよ)
「それは、ローレンス殿下ではなく…?」
(あはは。今思えば、そう見えるわね)
ルリはカラカラと、おかしいと言わんばかりに笑う。
(臆病なお方だから、きっと怖いのよ)
(些細でも、ロベリアに変化があることがね)
「そう、ですか…?」
(だってそうじゃない?)
紫色は、宙を揺蕩う。
("災厄の悪魔の生き写し"の言動に変化が起きたのよ。ノワゼット様は次期王太子でもあるのだし、気にもするわ)
「そんな、言い方…また悪魔だとか… 幼馴染ですよ!?」
(仕方ないじゃない。ノワゼット様はそういうお方なんだから)
「では、ローレンス殿下は?」
(う〜ん…知らないわ。興味なかったもの。まさかあんなにお喋りする方だったとはね?)
思っていたより、関係性が複雑そうだ。
もっと考える必要があった様に思う。
(そんなに気にすることないわよ。悪いことした訳でもないんだし)
「でも…明らかに警戒されてしまったじゃないですか」
(…フン。今直ぐ危害を加えられるって訳でもないのに)
「今直ぐ…そうです、もしそうなったら…!!」
(落ち着きなさいって。そうなったこともないんだから)
「…ない?」
(ええ。わたしもいつだか、不審がられた事もあったわ)
紫色は、宙をクルクルと踊る。
(あれはまだ、繰り返して数回目だったかしらね。随分と前の時期になるわね)
「随分と前、ですか」
(そうよ。もう何万と繰り返す前のこと)
(繰り返しの最初の頃…あの頃は、未来を変えられるって思ってた。変えられるんじゃないかって期待してたの)
寂しそうな音が、静寂の中に響く。
(だから色々、試行錯誤もしたのよ)
(ノワゼット様への態度を変えれば、愛され…いや、何か変わるかなって。使用人にもそうだし、閣下や夫人にもそう。自分が変われば、周りも変わるんじゃないかって、期待してた頃があったわ)
(…でも、そうね。ミヤビには有っても、わたしには足りなかったのかもね)
(何も変わらなかったのよ。命の落とし方さえも。そうして、数十回を過ごした)
(だから百を数える頃には諦めたのよ。変えることも、何もかも、ね。)
紫色は、静かに動きを緩める。
まるでゆっくりと、諦めたかの様に。止まる。
(ノワゼット様が疑い深いのは、たまにはあったことだし)
(心配しないで。わたしが死ぬのは、いつも決まった日だったもの)
(…あなたならその日を変えられるかもしれないけど、早まるなんてこと、きっとないわ)
「ルリ…」
そうだ。ここで立ち止まれはしない。
何百、何千、何万を彼女は変えられなかった。
わたしはそれを、変えると誓ったんだ。
良くも悪くも、変化はある。
彼女も励ましてくれているんだ。
私が折れる訳には、いかないよね。
ここで及び腰だなんて、そんな訳には。
私が大好きなロベリア様なら、
私が憧れたロベリア様なら、
どんな時でも堂々としているはずだ。
それならば、私なりに。そう在ろう。
「ねえルリ」
(なぁに?)
「私はきっと、お2人と仲良し幼馴染になってみせるわ」
(ミヤビならそう言うと思ったわ)
「…駄目かしら?」
(そんなことないわ、誇りなさい)
クスりと、光が小さく笑った。
(それでこそ、あなたよね)
「ルリ、何か言いましたか?」
(いえ、何も言ってないわ)
「そう、聞き間違いかしらね」
そうして私達は、再び日常の中へと帰っていく。




