<第38話> お嬢様、幼馴染と向き合いたいのです。
「ロベリア嬢?いつもと様子が…」
「その、ロ、ベリア嬢…無理を言わなくても…」
困惑する、両王子殿下。
それもそうだろう。
今まで蔑ろにしてきた人間を急に好んでいるといえば、混乱もしよう。
しかし私は、幸せになりたい。ならねばならない。
そんな人間の人生で、明るくない人間関係を抱えたくはない。
私なりに、2人と向き合いたい。
誠実で、信頼出来る関係になりたい。
例えそれが、この先の運命を左右せずとも。
「私は思ったのです。幼馴染である、お2人を大切にしたいと。私の身を案じてくださる方々ですもの、当然のことです」
これは、私としての素直な気持ち。
ロベリア様はそう思われないかもしれないが、私はそう思うのだ。
というか正直に言うならば、ノワゼットは敬遠したいまである。
大好きなロベリア様が悪魔になる理由がある人物、避けたいのも通りというもの。
しかし数少ない幼馴染。
加えて王族を、語れる理由も無しに蔑ろには出来ない。
しかしながらローレンスを嫌う理由を、私は持たない。
庭園で見た彼は、私を苦手としていながらも、優しい人だった。
無理に話題に引き込もうとは考えないが、あえて蚊帳の外にしたり、嫌う理由は見当たらない。
…ロベリア様のお考えとは、正反対かもしれない。
ならばせめて、この2人。両人と仲良くしたいと思う。
2人と向き合って、それに誠実でありたい。
私という片一方がそう思っていても仕方がない。
それを態度で示していかねばなるまい。
それに今後のことを考えるのであれば、王族と懇意の方が何かと有利にもなるだろう。
ノワゼットと仲良くなるのは少しばかり不安だが、険悪な方が不安でもある。
それ以外の不安要素もなく、むしろ良い点の方が多く思い付く。
仲良くしないという手はないだろう。
…これでは一見、打算的か。
仕方がないじゃない。
ロベリア様はきっとそう考えないと思うと…
このくらいの言い訳はしないと、不安なの。
自分に自信を持つというのは、やはり難しい。
私もロベリア様のように、自信を持てる日が来るといいのだけれど…。
「ロベリア嬢…?」
「はい、どうなさいましたかノワゼット様」
ついローレンスに目線を向けていた状態から、ノワゼットの方へと向き直る。
と。
目の前に、ノワゼットの顔がある。
あまりに至近距離で、手を翳していて…
動揺した私は、彼の手を振り払ってしまう。
ノワゼットはそれに一瞬顔を曇らせるも、笑顔に戻って言葉を掛けてくる。
「…どうしたの?キミらしくないね」
「申し訳ございません、その、驚いてしまって…」
「いつも僕がこうしてキミの頭を撫でていたのに、かい?」
「その、お顔が近かったものですから…」
私は恥ずかしいとでも言う様に、袖で顔を隠す。
驚いたのは本当、嘘じゃない。
実際に、至近距離に整った顔が唐突に現れたのだ。
イケメン相乗効果とでも呼ぶべきか、なかなかに破壊力があった。
その驚きのままに、手を振り払ってしまったのも、また本当のことである。
「そっか、嫌われたのかと思ったよ」
「とんでもございません!その様なことは…」
「だよね」
そう言う彼の声のトーンは、暗く落ち込んでいた。
ハッとして顔を見れば、やはり目が笑っていない。
「ロベリア嬢は死ぬまで僕を慕ってくれるって言ったもんね?」
「え、と。はい…」
あの記憶の濁流の中。
幼いロベリア様はそう仰っていた。
きっと、私が転生する前にも言ったのだろう。
「キミは僕を、裏切らないよね?」
そう言って、彼は笑う。
「そんなこと、大切な幼馴染に出来ませんわ!」
「…そうかい」
表情は、変わらない。
「すみません、私、何かご不快なことをしてしまいましたか…?」
一瞬だけだった、と思う。
ノワゼットはその言葉に、ピクリと反応した。
一際目が鋭く、刺す様な視線になった気がした。
しかし、それは刹那。
ノワゼットはくるりと後ろを振り向き、言葉を溢す。
「…そろそろ帰る時間かな」
私はそれに言葉を返した。
「そうですか。また会える機会をお待ちしてー」
その言葉は遮られた。
他でもない、ノワゼットに。
「ロベリア嬢、今日は残念がらないんだね」
「…ご公務に支障を出すわけにもいきませんので」
彼はフワリと振り返って、言葉を続ける。
まるでそれを遮ることを許さないかのように、淡々と。
「今日のキミはいつもと違う。これまでと違う。別れを残念がらない、泣きもしない。この僕の手を振り払うのにね。一体どうしてだろうロベリア嬢。今日は変だ、おかしいよ。挙句兄さんと話をすれば、名前も呼んで、邪険にもしないどころか、大切な幼馴染だと言う。ついこの間までのワガママはどこへ行ったのかな?やけに聞き分けが良いお嬢様になったんだね。邪魔だって、嫌いだって言ってなかった?おかしいね、いつも『ノワゼット様だけ』って言ってたのに。嘘だったのかなぁ。心境の変化?いや、まるで」
「人が変わったみたいだ」
真紅の瞳が、私を射る。
最後の言葉が、突き刺さる。
刹那のことではない。
私を推し量るように、ジィッと、その目を逸らさない。
「キミ、本当にあのロベリア嬢かな?」
…咄嗟のことで、返す言葉は、見つからない。
「帰ろう、兄さん」
静寂を断ち切る様に、彼はその言葉を放つ。
「え、ちょっ、ノワゼット…!」
突然のことに動揺するローレンスを意にも介さず、出口へと歩みを進めていく。
「どうしたのノワゼット…ちょっと!待って!!」
「今日は突然邪魔して悪かったね。それじゃあ、また。」
「その、ごめんね。ま、また、またね!」
彼らはそうして、立ち去っていく。
部屋の外からは、見送りがどうのという声が聞こえてくる。
私の額に、一筋の汗が流れる。
…見抜かれた? いや、まさか。
なんだこの妙な圧は。
その場に立ち尽くしていることしか、出来なかった。




