<第37話> お嬢様と、幼馴染。
「…ア嬢!ロベリア嬢!!」
肩を掴み、揺さぶられる感覚に、ハッとする。
「ノワゼット…様…?」
「急に膝をついたものだから、驚いたよ。大丈夫かい?」
「はい、問題ありません…お手を煩わせ、申し訳ございません」
「そうか、君も席に着くといい」
「はい…そうさせて頂きます」
私は膝を着き、その体勢を崩したいた。
しかしそれは束の間だったようで、「まだ体調が優れない」と解釈されているようだ。
ー あの時私が見たのは、きっとロベリア様の記憶だ。
今より幼い頃や、今と変わらない頃。
最後の方は、少しばかり髪が長かったように思う。
…とすれば、今より少し先も含まれるのだろう。
最期はどうであれ、きっとノワゼット王子は、ロベリア様の希望だった。
ここ最近のことを思い返せば、それも当然に思う。
彼女に対等に、優しい言葉を掛けるものは、他に居ないとほぼ確信出来るからだ。
元々好意的だったガードナーも居るには居る。
あの日、アベルが連れ立ってくれなければ、出会い、話すこともなかっただろう。
だがそんな出会いがあったとて、彼は使用人。対等というわけにもいかない。
私はお屋敷の1階の隅に追いやられ、そこから出ることも自由ではない。
2階に立ち入ることさえ非難され、お屋敷の敷地の外など問題外。
かろうじて出られるのが庭。その程度だ。
友達なんて、居る気配はない。
ロベリア様の言動から推察しても、居ないと考える方が妥当だ。
そんな彼女に手を差し伸べたのは、ノワゼット1人だった。
…そういうわけなのだろう。
情報の量は多くとも、質としては僅かだった。
だからこそ、それをなんとなく感じた。
しかし、節々から違和感は感じる。
口にすることこそ出来ないが、微かな違和感を。
「本当に大丈夫かい?まだ寝ていた方が良いのでは…」
ノワゼットはそう語る。
一見すると、彼は私を慮っている風だ。
しかし私にはそう聞こえない。
まるで「まだ寝ていろ」と言っているように感じる。
加えて言えば、肩を揺さぶった際の事。
肩を握る力が強く、今でも少し痛む。
それに目の前で倒れた人間を、あんなに激しく揺さぶっていいものとも思えない。
…噛み合わない。何かが。
「ノワゼット、僕らが来たから彼女は応対に出向いたんだよ。」
「…そんなつもりではなかったんだけど。ごめん、ね、ロベリア嬢」
引き攣った笑みで、ローレンスはそう語る。
全く彼の言った通りで、彼らが来なければ私はおそらく自室に居た。
ここに連れ出されることも、あの情景を見ることも、なかったのだと思う。
「あまり気にしないでください、2人とも。私は大丈夫ですから」
そう言って笑って見せるが、2人とも表情が曇っている。
困ったものだ。何か、話を変えるか…。
「えっと…ローレンス様は、そんなつもりではなかったと仰いましたが、そちらはどういう意味なのですか?」
私が話を振ると、彼は慌てた様子で話し始める。
「その、倒れたと、聞いたものだから…ノワゼットが、心配、して…公爵閣下か、夫人に容態を、伺えないかと…」
なるほど。しかしお父様はお留守。
お母様は支度をしているとは伺っているけれど…
大方、その話自体に乗り気でないところもあるのだろう。
アベルはどうだろう、姿が見当たらないが。
お父様とご一緒で留守なのかもしれない、居たら来ていそうだし。
そもそも、応対に出すには幼すぎるというのもあるか。
私も幼くはあるけれど、幼馴染として数年を過ごしてはいるってところなのかな。
「お父様とお母様は所用で。申し訳ない限りですわ」
「そ、そんなこと…」
ローレンスが何か、言葉を紡ぐ最中。
それを遮る様に、ノワゼットは口を挟む。
「そうだったんだね。でも君が元気そうで何よりだよ」
「はい、ありがとうございます」
ノワゼットの表情を伺うが、曇っている様子はもうなかった。
ただ、笑顔を浮かべているはずなのに、まるで目が笑っていない様には感じる。
ゲームのノワゼットには無かった印象だ。
なんだか、直感的なものなのだけれど、嫌な感じがする。
プレイヤーの私が知らない何かがある、そんな気がするのだ。
だがそんな気持ちを、表面化させるわけにもいかない。
「幼馴染の2人が心配してお屋敷まで来てくださるなんて、とても嬉しいですわ」
ノワゼットの眉がピクリ、と動く。
「僕が、ではないんだね」
小さな声でよく聞き取れなかった。
僕…までは聞こえたのだけれど。肝心なところが聞き取れなかった気がする。
ローレンスはというと、何やらまごついている。
「えっと、その、心配したのは…ノワゼット、で。僕は一緒に、来ただけっていうか…」
「ローレンス様は違うのですか?」
「いや、違わない…けど…僕も、心配…だったし…」
「そのお気持ち、嬉しいですわ」
私はそう言って、微笑む。
ノワゼットとローレンスは、驚いた様な表情を浮かべている。
「私はお2人共、幼馴染として好いておりますもの。これで嬉しくなかったのなら、なんというのでしょう」
…2人の疑問は、驚きは、今なら分かるよ。
今までロベリアは、ローレンスに対して好意的な言動なんてしてこなかった。
でも私は、彼が良い人だって知っている。
アベルとも仲良くしてくれていて、そんな優しい彼を、蔑ろにしようだなんて思わない。
もうここには、ローレンス第一王子を蔑ろにする公爵令嬢は、存在しないのです。




