<第35話> お嬢様、早くも王子襲来です。
バトラーが立ち去ってから、私達は大急ぎで身支度を整えた。
これまで届いたドレスや装飾品を、かき集めるようにして急いだ。
相手は王子殿下。
下手な格好で前に出ることなんて許されない。
もっと情報が欲しいな〜 とは思っていたものの、ご本人登場とは。
対面するのはお茶会。
それまで時間があると思っていたのに、そんな場合ではなくなってしまった。
私は靴を幾度か鳴らし、応接間へと向かう。
応接間になんとか辿り着けば、そこにはセバスとバトラーが待っていた。
どうやらお茶菓子の手配など、辺りの使用人に指示していたようだ。
皆お茶やその菓子を持ち、「これで正しいか」と詰め寄っている。
忙しない様子だったが、私の到着を見ると、セバスはこちらに向き直る。
「お嬢様、お越し頂き恐縮です。奥様はお越しになっておらず…ですが、このセバスめがお嬢様に付き添います故、何卒…」
「この慌しさは…急な来客だったようね」
「左様で御座います。とはいえ高貴なお方をお待たせしてしまっております。このお屋敷の主人、公爵家の御仁にご対応頂かねばならず、ご足労頂きました。差し障りなければこのまま応対を、と」
「…俺はお前なんかが応対なんて、反対だけどな」
セバスがここまで忙しい様子なのは珍しい。
バトラーの言葉には何を返すでもなく、ただ私の返事を待っている。
私もここに来た以上、戻るという選択肢は無い。
「問題無いわ、中に通して頂戴」
「かしこまりました」
そうしてセバスに導かれ、私の目の前で、応接室の扉は開かれた。
扉が開かれる所で。
膝を交差させ、頭を垂れる。
「ご機嫌麗しゅう、ニマ=ティオシス 王子殿下。王国の紡ぎて足るご慧眼に映ること、光栄の限りでございます」
本来はお名前も呼ぶべき。
しかし、私も気を急いでしまった。
ローレンスとノワゼット、そのどちらが来たのかを聞きそびれてしまった。
「やぁ、ロベリア嬢。お会いできて嬉しいよ」
耳に入ってきた声は、ローレンスではない。
ゲームで何度も聞いたあの声。
ー ノワゼット第二王子の声だ。
まだ対策も何も考えられていないのに、まさかノワゼットが訪れるなんて。
庭へ密かにならまだしも、屋敷に訪ねて来られては、拒否のしようもない。
そもそもこんなイベントは記憶に無い。
…これはまた、とんでも展開が起きたものだ。
「頭を上げてよロベリア嬢、僕らは一緒にお話ししたいだけなんだ」
「はい」
そう返事をして、頭を上げー
「ね、兄さん」
「そ、うだね。ノワゼット」
目の前に居たのは、屋敷を訪れていたのは、ノワゼットだけではなかった。
その隣に、ローレンスも居る。
どちらかではない。
両王子が訪れていたのだ。
これは屋敷内も慌ただしくなることも必然だろう…。
金糸のように煌めく髪。
爛々と輝き、赤く燃えるような瞳。
整った顔に、自信に満ちた表情。
その風貌は幼さこそあれど、やはりノワゼット第二王子の姿に違いない。
写真の類も見当たらなかったために、彼の顔を見るのは、転生してから初めてだ。
しかし乙女ゲーのジャケットに一番大きく写り、正規ルート且つ一番人気の攻略対象。
流 石 に 顔 面 が 良 い。
タ イ ト ル な だ け あ る。
いや、ローレンスもなかなかイケメンだけれど。
ノワゼットとは違い、視界に静かなイケメン。目に優しい。
そんな彼とは違って、ノワゼットは自信に満ちた態度だからこそ、余計に眩しく映るものがあるのだ。
ノワゼット推しではないが、ロベリア様推しとしては、婚約者の顔面が満点である。
やはり美男には美女か…
実際に会った感想がこれでいいのか?私よ。
…気を取り直せ、自分。
これでもし、うっかり失礼を働いたらと思うと、後が恐ろしい。
ノワゼットとノーレンスどころか、お父様とお母様からの好感度も暴落しかねない。
ここはしっかり、"クロートー公爵家の人間"として、立ち居振るまわなければ。
「両王子殿下、本日は何用でしょうか。申し訳ございませんが、公爵閣下はお留守にしておりまして…」
「えっ?」
「へっ?」
両王子のハーモニーがこだまする。
…何かおかしなこと言った?そんな覚えはないけれど。
「もしかして、閣下とお約束だったのですか…?」
「い、いやぁ違うよ…閣下では、なくって…その……」
「そうだよ。聞こえは悪いかもしれないけど、クロートー閣下に用事はないから」
「そうなんですか…?」
じゃあ一体なんだと言うのだ。
さっきのハーモニーは。
「では一体、何方に御用で…」
途端、遮るようにして、ローレンスがガタッと席を立つ。
「そ、んなの…ロベリア嬢にだよ…!!君以外なわけが…」
そこまで言って彼は、ハッとする。
「…幼馴染、だからね。その、お茶も延期に、なったし、ノワゼットも、心配…してて…」
段々と、その声は自信を失くしたように、萎んでいく。
最初の威勢は何処へやら。
「そうでしたか。ご心配をおかけして申し訳ありません」
私はそう言って、頭を下げる。
すると今度は、飛び退くようにして、ローレンスが席を立つ。
「そ、そんな…謝ることじゃ、ないよ…!」
「寛大なお心に感謝します」
そう口にし、頭を上げれば、ようやくローレンスは席に着く。
…ローレンスったら、相変わらずそそっかしい。
私との会話が苦手、なんだっけ。
それにしては、今日はよく話してくれている気がする。
ドタバタと席を立つけれど、彼もまだ7歳か8歳くらいか。
それもご愛嬌、そんな感じがする。
「…クスッ」
思わず、笑みが溢れてしまう。
「ロ、ベリア嬢…?」
不思議そうな顔をするローレンス。
彼に、少しでも言葉を返さねば。
こんなに言葉を尽くしてくれているのだ、それに応えねば無作法というもの。
「いえ、ありがとうございます。ローレンス様。ご心配頂いたお気持ち、嬉しいですわ」
「「えっ」」
…へ?
やっぱり、何かおかしいの…?
ローレンスは顔を赤くし、口をパクパクさせている。
不敬かもしれないが、金魚のようで可愛らしい。
しかしそんな風に、温かい気持ちであったのも束の間。
ノワゼットはと視線を移せば、
その表情を僅かながら曇らせていた。
やはり、私ったら何か失礼を…
そう思い、口にしようとした時だった。
思考に、情景の波が流れ込む。
痛い。 頭が。
これは、誰の、想いなの?
鮮烈で、痛みと化した、感情の波。




