<第30話> お嬢様、不埒者が居たそうです。
『わかりました、カッカ』
そう、声がした。
そんな気がした。
私は布団を押し退け、跳ね起きる。
思いの丈を吐き出し、いつしか眠っていたようだった。
額に涙はない。
汗だけが、冷たく流れていく。
硬く握っていたのか、手は強張っている。
何を。何かを、見た…
そんな気がする。しかし、不明瞭にしか思い出せない。
悪い夢、だろうか。
こんなになるなんて、一体どんな夢を…
そう思いながら、額に手を当てようとする。
と、視界の端で影が揺れた気がした。
それを追ってみれば、
「お、お目覚めですかお嬢様…」
そこに居たのは、ジェシーだった。
私はどうやら、昼寝をしてしまったようだった。
ジェシー達、メイド三人衆は、その間に帰ってきたらしい。
私が起きたのを確認したジェシーは、足早に残りの二人を呼びに行った。
夢について、思考を回そうとした私だったが、どうにも思い出せない。
聞こえた気がする言葉も、一体なんだったのか、分からない。
それに加えて、自室の変化に驚いてしまったというのもある。
起き上がって部屋を見渡してみれば、床に箱がいくつもあったのだ。
眠る前、そこには何も無かったはず。
小箱…というには、少々大きいくらい。
そんな箱が軽く10個は床にあり、普段より部屋が散らかって見えた。
何の箱だろう。
ジェシーが居たということは、買ってきた品々だろうか。
洋服なら入るだろうが、ドレスを入れるには小さい箱に思う。
私が箱に触れようとした時、パタパタと足音が聞こえてくる。
ジェシー達が戻ってきたのかもしれない。
彼女達に無断で開けるのも、あまり宜しくないか。
そう考えた私は、ベッドに腰掛け、メイド達が部屋に来るのを待つ。
コンコンコン、扉が鳴く。
「どうぞ、入って頂戴」
その言葉を受け、扉は開かれる。
そこからカミラを先頭に、続けてジェシーとローラが入ってきた。
彼女達は、まだ多くの荷物を抱えていた。
部屋に入ると、それらを思い思いの場所へと置く。
「お嬢様。急にお留守にしてしまい、申し訳ございませんでした」
カミラは荷物を整理したところで、そう言って頭を下げる。
「事情はセバスから聞いているから、そうせずとも構わないわ。特に問題も無かったもの」
「左様でしたか」
そう言い、カミラは頭を上げる。
何か言葉を続けようとした様子だったが、被さる様にローラが口を開く。
「お嬢様、きっとお似合いになる品々を見繕って参りましたのよ!」
そう言う彼女は、満面の笑みを浮かべている。
…そういえば初めての湯浴みでも、彼女は『お嬢様のお髪を〜』と言い、この中で誰より張り切っていた覚えがある。
この様子だと、洋服選びも大層楽しんだことだろう。
「ありがとう。貴女達が選んだものなら、さぞ素敵なものでしょうね」
だが、少しばかり気になることがある。
「あの、予算は不足なかったかしら」
…そう。被服の予算。
この部屋のクローゼットを初めて見た時、その中の衣服には違和感を感じた。
ロベリア様に似合うデザインのものが少ない上、公爵令嬢としては質素なものが多いと思った。
そんなロベリア様に、余り有る様な被服費があるとは思えなかったのだ。
ましてや、軽く10個を超える箱の分など…
私がそう考え込みながら、返事を待っていると、カミラが穏やかな笑みを見せる。
「お嬢様がお気になされる様な事は、ございませんでしたよ」
「そう…」
「少しばかり、この婆がバトラー殿にお話ししただけにございます」
「…バトラー?」
意外な人物の名前に、驚く。
上司であるセバスではなく、さらにその上司のバトラーとは。
それにこの口振り…
「ええ。バトラー殿とは、お祖父様からご縁が続いているものでして」
「お、お祖父様ですか…!?」
「ええ、古馴染みでございます。執事見習いの頃から、仕事を共にしたものですよ」
バトラーはパッと見、三十路くらい。
この世界の人間は長寿であることを考えると、さらに年齢が高いかもしれない。
そんな彼のお祖父様の古馴染みだとは。
精々直接教えたことがあるとか、それが小さい頃から程度だと考えていた。
カミラはこのお屋敷、この公爵家の生き字引に近いかもしれない…。
バトラーを尻に敷けるのも、彼女くらいだろう。
「バトラー殿は物分かりが良い方ですからね、お茶会の件をお話ししたのですよ」
物分かりが良い…?
そんな風には感じなかったけれど…?
「お茶会に公爵令嬢がドレスコードも守らずに、参加するのは如何なものかと。ましてやお相手は王族でいらっしゃる。今後のことも踏まえ、一度しっかり揃えた方が良いと申し上げたまでですよ」
確かにその通りなのだが、一通り揃えるとなると、それなりの金額がかかるのでは…?
幼な子であれば、サイズもすぐに変わってしまう。
それを一々揃えるのは、苦労もすることだろう。
そうして話していると、またもやローラが割り込んでくる。
「お嬢様のお洋服は、お似合いになるものも少なく、普段着から少ないのですよ!おかしいと思い調べてみれば…とんだ不埒者がいたものです!!」
「えっと、不埒者…ですか?」
「そうですわ。私、許せませんもの!」
何のことだろう、服に関係しているのだろうかその話は。
何を指しているのか、言葉の意味がよく分からない。
しかしローラは、どうやらご立腹の様子。
プンスコと効果音が付きそうな、可愛らしいお怒り具合。
その様子に、隣のジェシーはタジタジだ。
戸惑う私を見かねてか、カミラは言葉を再開する。
「過去の帳簿を確認致しました所、どうやらお嬢様のお洋服の費用を横領した者がいた様なのです」
「横領、ですか?」
「はい。本来与えられていた費用に対し、質素なものを購入していた様です。そしてその差額を懐に入れていた、不埒者…という訳にございます」
「なるほど…」
元々ある程度の被服費は与えられていた訳か。
両親も、仮にも"公爵家の娘"に相応しい品を買い与える様にはしていたのだろう。。
しかし、それを第三者に任せきりにしていたが為に、その費用を一部着服された。
必要最低限は買い与えられていたから、大して気にもされなかったのだろう。
昼食の様子だと、そもそも私は両親の視界にも余り入っていなかった。
たとえ気付いていたとしても、見過ごしていた可能性まである。
ロベリア様にしても、まだ幼い。
横領に気付くことが出来なかったとして、不自然な話ではない。
「と、いうことで。過去の帳簿の確認が杜撰であり、お嬢様が被害を被っていたのだからと、バトラー殿に進言致しまして。今回はその件を鑑み、少々多めに費用を頂けましたのですよ」
「使用人のした事です。それを上の者が一切責任を取らないとは、出来ませんからね」
そう語り終えたカミラは、フワフワと笑う。
…これは、なかなかに遣り手だ。
見事に言いくるめ、正当に費用を出させたのだろう。
過去の補填も含め。
バトラーはちょっとプライドが高そうでもあったし、案外効いたのかもしれない。
「さすがはカミラ様でしたわ」
「フッフ。ご安心下さいませ、その使用人には既に処罰が下っております。お暇を出され、お屋敷におりません」
「それなら今後は問題無さそうね」
「勿論ですわ!このローラがキッカリ眼を見張らせますもの!!そしてその費用で、お嬢様をしっかり着飾り…ウフフ……」
楽しみが隠せていませんよ、ローラ。
言うのも野暮なので、口には出さないけれど。
「けれどおかげさまで、普段着からドレスまで私共で見繕えましたのよ。この機会を頂けたことだけは感謝ですわね!償っては頂きますが!」
いやはや、隠す気もない様です。
悪い気はしないので構わないけれど。
「…ああ、こうしてはいられませんわね。ジェシー、早速見繕った品をお見せしましょう!!」
「は、はぃ…直ぐにっ!」
再び張り切るローラ。
ジェシーは、そんな彼女に振り回されている様子。
カミラも存外楽しそうだ。
この後の流れは何となく分かる…
自分だってそうする…
私を、ロベリア様を、
"着せ替え人形"にするに決まってる!!!
…と、思ったのだが。
何だか少し、思っていたのと違ったらしい。




