<第3話> お嬢様、推しに転生致します。
「あー、久しぶりにこんなに笑ったわ。まさかこんなことがあるなんてね」
ロベリアは、自身の額を拭いながら言う。
「こんなこと、ですか?」
「ええ、私の前でそんな冗談を言われたのも、ここに人が来たことも初めてよ」
「ここ?えっと…私の走馬灯ではないのですか?」
それを聞いた彼女は、より一層、おかしいと言うように笑う。
「走馬灯に私を見るなんて、本当に私が大好きみたいじゃない!あなたってば、お笑いの才能あるわよ」
腹を抱えてまたひとしきり笑うと、一呼吸置いて、彼女は語り始める。
「ここはね、きっと転生するのを待つ待合室みたいな…そんな感じよ。詳しいことは知らない。でも私が死んだ後は、気が付いたら、いつもここにいるの。だから私はそう考えてる。あなたが死んじゃったって言うなら、きっと魂か何かが迷い込んじゃったんでしょうね」
「転生を、待つ…?」
「そ。毎回すぐに5歳の頃に転生してを、繰り返してるわけじゃないの。遅かったり早かったりはあるけど、多少はここにいる時間があるってこと。長い時はゆっくり寝れちゃうくらい待つんだから」
その言葉にハッとする。
そういえば、ロベリアにはファンディスクがあった。
数え切れないほどプレイしたはずなのに、どうしてか内容はよく思い出せない。
でもあれは、ロベリア視点の物語で、彼女が5歳の頃から始まったはず。
「まさか、ゲームのプレイ回数分、転生を繰り返して…」
あまりに突飛な話だ。
しかし頭によぎった瞬間から、背中の冷や汗が止まない。
もしそんな恐ろしいことが、起こっていたとしたら…
「どうしたのよ、急に顔を真っ青にして」
「うわぁっ!?」
目の前に、いきなりロベリアが顔を出す。
「うわぁとは失礼ね、でも…」
先程までと違い、気付けば彼女の声のトーンは、最初の頃のように冷え切っていた。
無念そうに一呼吸置くと、短く言葉を紡いだ。
「もうお終いの時間よ」
そう言った彼女は、私ではない方向に向き直っていた。
そしてスッと指を差す。
その先を目で追うと、そこには空間が裂けたようにして、明るい光が差し込んできていた。
「あれはお迎え、あの中に入ると5歳の頃に戻るの。だから私は行かなきゃいけないわ」
「ロベリア様、行かないと言う選択肢は無いのでしょうか?その、お辛いのではと…」
ロベリアは溜息を吐く。
「私だって行かないで済むのならそうしたいわ。でもね、アレはあんまり待たせると、吸い込んででも私を連れて行こうとするのよ。あなたも居るんだし、行かないわけにいかないじゃない」
私には思うものがある、だから確認する。
「…あの中に入れば、5歳のロベリア様に転生するのは確かなんですよね?」
「だから、そう言ってるじゃない。だからここでお別れよ」
「そうですね、では私が行きましょう。お元気で、ロベリア様」
「ええ、さような…えっ?あなた今、何をするって…」
ロベリアは、今までで一番驚いた顔を向けてきた。
けれど今の私の心は、もう既に決まっていた。
「私が貴女に転生して、貴女の幸せな人生を掴んで見せます」
自信があるというわけじゃない。
それでも私は、彼女を幸せにしたかった。
この果てしなく長い負の連鎖から、彼女を救いたかったのだ。
「…それは冗談では済まないわよ」
「百も承知です。第一、ロベリア様の前で嘘なんて吐きませんよ」
私は光へ、歩を進める。
すると私の体を、腕を、ロベリアが掴む。
「馬鹿な真似はよしなさい、私はもう慣れているから問題ないわ。でも、あなたは…」
ロベリアはそう言い淀み、顔を背ける。
ああ、この人はなんて優しいのだろう。
少し前に出会ったばかりの私を、不幸にさせまいと、巻き込まないようにと、止めてくれているのだ。
そんな人だからこそ。
「私は貴女をお救いしたいのです、ロベリア様。どうかお許し下さい」
「そんな、私は幸せになんて」
「貴女も幸せになるべきだと思うんです。こんなお辛い目にあってばかりではなく。実は私も、これでも令嬢で…それなりにうまくやれると思いますよ」
掴んだ彼女の腕を、そっと優しく下ろす。
私を見上げる彼女の瞳は潤み、震えていた。
そして絞り出すように、彼女の口から言葉がこぼれる。
「私が、幸せになってもいいの…?」
「ええ、ですから…」
私が言葉の続きを紡ごうとした時だった、凄まじい風が吹き出したのだ。
「もう時間が…!?」
ロベリアのその言葉から、あの光が、彼女を吸い込もうとしているのだと理解した。
咄嗟に私は彼女へ腕を伸ばし、その華奢な体を抱きしめる。
「貴女を誰よりお慕いしています、ロベリア様」
そう耳元で告げる。
私は光を背にロベリアの肩を、突き飛ばした。
ロベリアは手を伸ばし、悲痛な声で叫ぶ。
「嫌っ、ひとりにしないで…!」
瞬く間に、光が空間を飲み込んだ。
彼女らの手が触れたか触れなかったか。
光に覆われた中では、それはもう誰にも分からない。
これより先にて、物語は本格始動。
Ep.1の開幕でございます。
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