<第27話> お嬢様、家族とランチを頂きます。
当初はどうなることかと頭を抱えもしたが、なんとかセバスに食堂まで案内してもらえた。
食堂での仕事は、専任の使用人がいるらしく、世話係を始めとした多くの使用人は、この時間の合間に昼の休憩を取るらしい。
よって、セバスやバトラーといった使用人を統括する者の仕事が減るのもこのタイミングであり、同時に休息を取るらしい。
そう話を聞き、セバスとは食堂の前で別れた。
セバスは別れ際、何かあればとメモとペンを渡し、いつもの様に礼をして去っていった。
お屋敷の2階といえば。
正面玄関と違わず、どこも華美な印象が見受けられる。
凝った意匠の家具が多く、調度品の類も飾られていた。
それらは綺麗に整頓され、埃一つも見当たらない。
1階とまるで違うのは、常に一定間隔で灯りが置かれている点だろう。
下の階での灯りといえば、部屋内にあるかどうか。
それもロウソクの類だ。
しかし2階にあるのは、壁に備え付けの、形こそ蝋燭のような灯り。
それには電球の様なものが付いている。
聞けば魔道具だそうで、維持にも労力が掛かるらしく、屋敷の主人達が使うような場所にしか無いのだとか。
それが数多く置かれているのだ、これは見た目以上に豪奢なのかもしれない。
さて、と、
私は食堂の扉に向き直る。
幼い身体には大きな扉、扉一つとっても装飾が見事だ。
この先にロベリア様のご家族が…
セバスからの話によると、お父様とお母様、アベルは既に到着しているらしい。
なんでも『私が昼食に参加する』と聞いたアベルが、真っ先に食堂で待っていたらしい。
朝食を取っていない事もあり、昼食の時間が少しばかり早められたのだとか。
ロベリア様のご両親は、案外過保護な方々かもしれない。
私もアベルの名前を聞いて、身支度を急いだのだから、あまり他人のことは言えないのだけれど。
まぁいつまでも緊張していても仕方がない。
アベルだけでなく、両親も待っているのだ。
こうして長引かせて、怒られる様なことになれば、バトラーも巻き添いを喰らうだろう。
そうなったら、文句でも言いにくるかもしれない。
そこまで暇ではないと思いたいが。
しかしそうなれば、これまた癪だ…
あのバトラーに小言を言われるなど…あってなるものか!
私のプライドがいよいよもって許せない。
覚悟を決めた私は、扉を3度ノックする。
少し間が置かれ、扉は開かれた。
部屋の中は、沈黙に包まれていた。
使用人の息を呑む音も、時折聞こえてくる程の。
想像以上に広い場所で、誰が居るのかと確認するのも苦労しそうだった。
しかしそれも束の間。
沈黙を引き裂くように、軽い足音が聞こえてくる。
その足音は駆け足で、徐々に近付いてきていた。
私がそちらに目線をやろうとした時だった。
「おねーさま!!」
傍から、ギュッと飛び付き、抱きしめられる。
その主は、もはや言うまでもあるまい。
「…アベル」
そう呼ばれた少年ー
我が弟は、嬉しそうに首を縦に振る。
「呼んでくれてありがとう」
「ううん、ぼくがおねーさまとお食事したかっただけなんだよ!おとうさまとおかあさまにお願いしたの!」
「そうね。でもお食事用の部屋で駆け回ってはいけないわ」
「えへへ」
途端。
私とアベルの会話を引き裂くように、いやに甲高い声が聞こえる。
「忌み子風情が、アベルにものを言うんじゃありませんわ」
ハッとして振り返ってみれば、そちらには女性と男性の姿があった。
どうやら声の主は、その女性であったらしい。
美しい水色の髪に、深い緑の瞳。
クールな印象を感じさせる、その美しい女性は…
「お母様」
そう。ダリア嬢ことロベリア様の母君、だ。
大公家の娘であり、その美しい容姿は、社交界の華ともされる。
そして奥の席に鎮座する、淡い緑髪に、ネイビーブルーの瞳。
であればその男性は、
「お父様」
そうに違いない。
宮廷魔法長官の地位を得ており、魔法分野のエキスパート。
それを示すかのように、その瞳は、鮮やかながらも深い色合いを映し出している。
二人の姿を見てみれば、アベルの面影も感じる。
アベルはオッドアイだが、その瞳の色は両親の由来のものか。
両親の瞳を、丁度1つずつ持ち合わせた様…
「黙れ」
男性が、私の思考を遮る様に声を上げる。
「お前に父など呼ばれる筋合いは無い。その様な意味で、この場に呼んでもいない」
「アベルがどうしてもと言うから、仕方なくよ。舞い上がるんじゃありませんわ」
…冷たい。想定以上に。
首筋に、ナイフでも突き立てられているかの様だ。
二人は刺す様な視線を、私に向けている。
「父等と呼ぶな、穢らわしい」
「では、何とお呼びすれば…」
「ハッ、知れた事を。これに準じて、"公爵閣下"とでも呼べ」
「そうですわ。何を母などと…気持ち悪い。"公爵夫人"と言葉を向けられるのでさえ、私には耐え難いと言うのに」
それはおおよそ、家族の呼び方に感じなかった。そう思えなかった。
アベルは許されて、ロベリアは許されない。
その、決定的な差を感じる。
私はつい、呆気に取られてしまった。
それを感じてか、アベルが両親に向き直る。
「おとうさま、おかあさま…そう呼んだ方がいいのですか」
「アベルはいいんだ」
「そうよ、忌み子とは違うもの」
それを聞いたアベルが、一瞬歯を噛み締めるのを見た。
「どうしておねーさまには…ッ」
「アベル」
「…おねーさま?」
私は口にスッと人差し指を立てる。
そうして、彼の言葉を制した。
「せっかくのお食事が冷めてしまうわ、席に着きましょう?」
「でも、でもっ…!!」
「大丈夫よ」
私はアベルに笑ってみせ、髪をくしゃりと撫でる。
それを見た母は、たちまち声を荒げる。
「お前なんかがアベルに触るんじゃありません!!」
そう怒号を上げたかと思うと、今度は穏やかな表情でアベルに語りかける。
「さぁアベル、こちらにいらっしゃい。お腹が空いて、早くお食事したいでしょう?」
アベルは戸惑うが、私はその背を押す。
私は誰も居ない、下座の席へと向かった。
「アベルったら、お野菜も食べなくてはダメよ」
「今日は食べるもん。だっておねーさまが見て…」
「あら、お利口ね。お父様とお母様に見せて頂戴な」
「…むぅ」
「どうしたのアベル?」
母とアベルが、ただ二人で会話している。
私の話題になろうとすると、それを妨害しながら。
母こそ嬉しそうに話しているが、当のアベルは不満そうだ。
父はと言えば、あまり話す人では無いらしい。
黙って頷いたり、目線をそちらに向けているだけだ。
もちろんこちらは一切見ない。
しかし食事のメニューは同じ様で、かなり美味しい。
普段のものがそうではない、というわけではない。
出来立てなことも理由だろう、我が家の料理人は優秀な様だ。
私は蚊帳の外。
故に黙々と食べているしかないのだが、味のおかげで幾らかはマシになっているのだ。
一つ問題があるとするなら、もう少しで皿が空いてしまいそうなところだ。
この空気のまま、空の皿を眺めているのは、非常に気まずいというもの。
なんとか笑顔を貼り付けて今をやり過ごしているが、その後はどうしたものか。
そう思っていると、視界の端からパンが現れた。
先程まで空だった皿の上に。
私は目をパチクリさせながら、周囲をキョロキョロ見回す。
その様子に気が付いた母は、ヒィと気味悪がる。
アベルは不思議そうにしているが…また母との話題に出されても、空気が悪くなるだけだ。
腑に落ちないながらも、私は黙ってパンを口に運ぶことにした。
しかしパンだけというのも、口が乾いて少々辛い。
飲み物も後少し…
あれ?増えてる??
数瞬前までは二分目程までしかなかったグラスには、八分目程まで飲み物が入っていた。
見間違え…?
いやしかし、さっき増えたパンだって、確かに食べられているし、その前に空にした記憶だってある。
小さな妖精さんでも居るのか?
この世界なら有り得なくもない。魔法ファンタジーだもの。
そんな事を思いながら、辺りを目線だけ這わせる。
すると、父や母、アベルの背後に、それぞれ2人程度の人が立っていることに気が付いた。
壁際に立っている様で、あまり視界に入らなかったらしい。
そして彼らは、空になりかけた父のグラスに、飲み物を注いでいた。
後ろに目線をやってみれば。
どうやら私の後ろにも、1人立っている様だった。
なるほど。
彼らが食卓を預かる、専任の使用人というわけか。
私が何もしないで居るのも不自然だと、気を回してくれたのだろう。
朝昼晩と気を配る、食卓の影の立役者。
専任なだけあるのか、その気配りが家族にバレている様子もない。
居てくれて助かった。
そうして小さな謎を解明し、パンを食べ終え、人心地付いた頃。
丁度のタイミングで、アベルの挨拶が聞こえる。
「ごちそーさまでした!」
元気の良い声。
これは使用人達のやり甲斐にも繋がろう。
私はセバスに貰った、メモの存在を思い出す。
短く言葉を紡ぎ、食器の影にそれを忍ばせた。
さて、もうここに私が居る意味も無いだろう。
その証拠に、母が私を睨みつけている。
「私はこれにて失礼致します。公爵閣下、夫人」
席を立ち、二人に礼をすべく、頭を下げる。
そして頭を上げ、食堂の扉の方へ歩を進める。
後は扉から出るだけ、その時に声が掛かった。
「待て」
私に声を掛けたのは、公爵閣下だった。
「お前に話がある」
それに続くように、夫人も言葉を口にする。
「それもそうね。また顔を合わせたくもないし、今話しておきましょう」
私に話…?
公爵閣下と同夫人が?
一体どんなの話だろうか。
二人は未だ、刺す様な目線を娘に向けていた。




