<第26話> お嬢様、昼食に向かいたいのですが。
さて、と。
私は着替え支度を無事に終え、これから家族全員が揃う食卓へと向かう。
洋服選びに関しては、ルリに手伝ってもらい、難を逃れた。
日本での会食であれば、そのくらいの心得はあるのだけれど…
西洋ファンタジー世界の洋服では、それは流石に難題であった。
これからそういった知識も学んでいかねば、そう思った次第である。
着替えが終わった頃。
コンコンコンと、また扉が鳴く。
今度は確かに、3回のノックだ。
「どうぞ」
そう返事をすると、一拍置いてから扉が開く。
「ロベリアお嬢様、失礼致します」
訪ねてきたのはセバスだった。
最初は怖そうだとも思った彼だが、今ではすっかり安心の種だ。
「お嬢様が昼食に参加されると伺いまして、お時間のお知らせとご案内に参りました」
流石だわ、まるで痒い所に手が届く…
爪の垢を煎じて、バトラーに飲ませてやりたい。
「ありがとう、丁度向かおうと思っていたところなの」
「それは良う御座いました」
「その…私一人で行くのも不安だったから、助かるわ」
嘘ではないけれど、流石に『食堂は何処か』とは聞けない。
またルリに聞くことも考えたけれど、それは少し難しそうだったから、助かったというのは本音だ。
「使用人の中には、未だ野次を飛ばす者もおりましょう。しかしご安心下さいませ、このセバスめが同行致します。好き勝手は言わせませぬぞ」
「頼もしいわ。貴方が居れば百人力ね」
「フォッフォ、このくらいはお安いご用ですとも」
そう話していると。
扉が今度はトントン、2回鳴いては開かれる。
「お嬢〜昼食っすよ〜?」
そう言って、バトラーが現れる。
それは見たセバスは、顔をしかめる。
「これ、バトラー!お嬢様に何足る態度を」
「ゲッ、ジジィ…」
「ムッ、その言葉遣いは何時になれば正されるのですか!これが上司とは全く気恥ずかしい…」
…あらま。
偶然にも、この二人が鉢合わせてしまうとは。
セバスはやれやれといった様子で、首を横に数度振る。
気が滅入りそうだ。そんな雰囲気が出ている。
「お嬢様、まさか昼食の知らせを届けたのは、この男であったりしませんか?」
「えぇ、そのまさかよ」
「…さぞ無礼だった事でしょう、申し訳御座いません。こんなでも私めの上司でして」
「いいえ、貴方が謝ることではないわ。そんな上司の失敗を部下が謝るなんて、そんな必要ないのよ」
「お前ら…さっきから黙って聞いてれば、俺に失礼じゃね?」
「「貴方は黙らっしゃい!!!」」
「あ…うっす…」
ほとんど諦めた様な顔で、困り果てる私とセバス。
気迫に気押され、居心地が悪そうに不貞腐れるバトラー。
何とも言えない空間になってしまった。
せめてメイドの一人でもいれば、多少違ったかもしれない。
しかし彼女達は、ロベリア様を着飾る為のお買い物中だ。致し方ない。
思わず溜め息を吐きそうになったところで、思い止まる。
ここでまたこのバトラーに注意される様なことは、流石に癪というもの。
「…コホン」
うん。咳払いでやり過ごす。
ついでに話を進めなければ。
「それでバトラー、ご用件は?」
「そんなん、昼食に連れて行くに決まってるじゃないっすか」
「…ちゃんと行くと約束した覚えがあるけれど?」
「いやいや。直前に投げ出されたりでもしたら、旦那様がおっかないんすわ。悪魔がどうのって〜」
「私めには、貴殿の言動の方が不安ですぞ。悪魔等と」
「そんなのジジッ…セバスが気にすることじゃないっしょ」
「ジジ…?なんですかな?」
「ジジィなんて言ってないっすよ。全く。これっぽっちも」
ボロが出るにしても、出過ぎでしょう。
どれだけ相性が悪いんだ、この二人は。
これでは一向に話が進まない!!
「はいはい、それじゃあ行きましょう」
「お嬢、"はい"は1回が基本っすよ」
「そういう"はい"じゃないわよ」
「え?じゃあどういう?」
「この馬鹿者めが…お恥ずかしい事この上ない…」
はい。私とも相性が悪いらしいですね。
未だに言葉の意味が分からない、そんな顔をしている。
なんだか大きな犬みたいな人かも。直ぐ噛み付くけど。
「んじゃ、さっさと行きましょーよ。俺こう見えても忙しいんで、早くしてほしいんすわ」
コイツ…誰のせいだと思ってるんだ…?
いや絶対私のせいだと思ってるわ。十中八九そう。
だってそんな顔してるもの。もう顔に書いてあるってくらい。
こういうのをきっと、そういう風だと言うんだろう。
「…なんすかお嬢、俺ん顔見て」
「いえ、何でもな」
「あー惚れちゃいました?いやぁサーセン悪魔はちょっと」
「煩いわね駄犬が」
「え、駄犬…?犬じゃない…あ、駄目でもないっすよ!!」
いけないいけない、私としたことが。
うっかり強い口調が…でもちょっとロベリア様っぽくて格好良かったかも……
「…って、違う違う!犬なんてどうでもいいのよ」
「どうでもよくないっすから!」
「早く行かないと、お父様がお怒りになるんでしょう?」
「あ!!そっすね、そっちの方が大事っす。早く行ってください!」
行ってください…?
「連れて行く」のは、どこへ行ったのやら。
場の流れを切るように、セバスが一息、咳払いをする。
「…お嬢様、もう彼の相手は十分でしょう。私めがご案内いたします故」
「そうね、頼むわ」
その通り。これ以上時間を食われる訳にはいかない。
「あ、セバスが連れてってくれるんすか?」
「何の為に私が此処に居ると…いえ、また長くなりそうなのでやめましょう。私がお連れします。貴方は持ち場に戻ってください」
「うっす、頼みましたからね!」
「んじゃ。あく…お嬢っすね、さよなら〜」
そう言って、バトラーは足早に部屋を後にしていく。
セバスは頭を抱え、また首を横に振っている。
これは、悩みの種が尽きなそうだ。
「それではお嬢様、参りましょう」
そう言って私の方へと向き直した彼は、普段の凛々しい様子に戻っていた。
ここで私が心配しても、彼の言った通り、また長くなるだけだろう。
今はとりあえず、彼の言葉に甘えることにしよう。
「ええ、お願いね」
そうして、セバスに一歩ほど先導される形で、自室を出た。
庭に向かった日、掘り出し物探しをした日の廊下を通る。
しかしその先、2階は私にとって未知の領域。
昼食に向かうだけでこんなに手間取るなんて、思いもしなかった。
だけれど、案外悪くない日常に思う。
この先、お父様やお母様とも、そうで在れるだろうか。




