<第24話> お嬢様、メイドの居ぬ間に執事と舞台裏です。
明くる朝。
陽の光に包まれながら、まだ重たい瞼を擦る。
すると、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
「お早う御座います、ロベリアお嬢様」
その声の主はと視線を向ければ、意外にも、そこにはセバスの姿があった。
「おはよう、セバス。早朝から悪いわね」
「いえいえ、とんでも御座いません。むしろ私めではお召替えの手伝いも出来ず、不甲斐ない思いです」
そう言いながらも、セバスはテキパキとした手付きで紅茶を淹れる。
私は一人で着替えを済ませ、これから紅茶と共に朝食を頂く。
「セバスの朝食は?」
「済んでおります」
「そうだったの」
出来る執事の朝は早いらしい。
幸いにも私は、あの後直ぐに眠れた為に、そう遅く起きたわけではない。
むしろ早い方だったとすら思う。
それでも私が目を覚ました頃には、既にテーブルを磨くセバスの姿があった。
一体何時に起きて、自分のことや他の仕事を済ませて来たのだろうか…?
しかし、今朝の朝食は少しばかり落ち着かない。
メイド達と違って、セバスは紅茶のポットを持ち、側に立っているからだ。
そうでは無いとは分かっていても、なんだか見張られている様な気分になってしまう。
紅茶が残り少なくなると、直ぐに注いでくれるから余計に。
まさか仕事が出来ることが裏目に出ようとは。
その場の雰囲気にいたたまれなくなった私は、彼に声を掛ける。
「セバス、良かったら同じ席でお話しでもしませんか?」
「私めと…ですか?」
その表情を見てみれば、彼にしては珍しく、目を真ん丸にして驚いていた。
会ってから長くはないが、ほとんど表情を変えたのを見たことがない。
これは貴重なものを見たかもしれないと、ついクスッと笑ってしまった。
セバスは最初こそ、「使用人が主人と同じ席に着く等と」と言って断ってみせた。
しかし私も負けなかった。
「メイド達にもそうしてもらっている」「私がそうしてほしい」と頼み込んだ。
渾身の上目遣いでジッと見つめ、その様子を受けたセバスは遂に白旗を上げたのだった。
さすがは幼きロベリア様のご尊顔です。お強い。
セバスには対面の席に着いてもらい、食事は済んでいるとのことだったので、食後のティータイムを共にすることにした。
流石にそこまでさせるのは仕事に支障が出るかと思ったが、そこは問題ないらしい。
こういう人のことをきっと、"仕事が出来る"と呼ぶのだろう。
「そういえば、ジェシー達3人は?」
私はまず、ずっと気になっていたことを尋ねることにした。
セバスが私の世話を任せられる者をと、連れて来たのがメイド三人衆だったからだ。
なのにわざわざ、セバスが世話をしにくる理由が見当たらない。
「それが…皆『お嬢様の茶会用の身支度を一刻も早く』と、早朝から支度を始めまして。その後に3人揃って、出掛けて行ってしまったのです」
「あら、もう準備を。随分と早いのね」
「ええ、些か性急ではあります。しかしやる気に満ちている様子でしたので、忘れるくらいならと任せた次第で御座います」
「そんなにやる気になることかしら…?」
「フォッフォッ、お嬢様を着飾らせるのが楽しいそうで。それを御茶会でお披露目できる機会だと、大層張り切っているのですよ」
そう柔らかく笑いながら、セバスはお茶を飲む。
椅子に着く時もそうだったが、お茶を飲む所作の中でも、彼は物音を立てない。
非常に美しい所作だ。
まるで見本のよう、所作だけで彼の優秀さが分かる様な気さえしてくる。
メイド達が居ない理由だが…
確かによくよく考えてみれば、それは致し方のないことだ。
すっかり頭から抜けてしまっていたが、今の私はロベリア。
前世の私は見目が悪かった。
そんな自分を着飾るなど、楽しいだなんて思い至らなかったのだ。
しかしロベリア様であれば?
それはさぞ楽しいことであるに違いない。うんうん。
そして彼女達には、ロベリア様を着飾る仕事がある。
正直羨ましい。私もそんな仕事したい。
もしかしたらメイドに転生したかったかもしれないと思うくらいだ。
そんなわけで、留守にしていることは気にしていない。
むしろロベリア様の美しさを理解していて喜ばしいくらいだ。
セバスは世話を押し付けられてしまったわけだが、彼はそれ自体は気にしていないそうなので、叱ったりする予定はない。
そんなこんなで話している内に、話題が移ろっていく。
「あの日の事は、貴重な学びの機会を頂いたと思っております」
そう。私が転生して初めて、セバスに会った時のことだ。
「正直に申し上げますと、あの日までお嬢様は使用人に対して、邪険な所が御座いました。故に、どの様な罰を言い付けられるのかと思ったものですよ」
「えっと、その、これまでのことは…悪かったと思っているわ…」
半分本当で、半分嘘だ。
私もセバス同様、あの日の使用人達の態度から、ロベリア様の屋敷内の立場を知った所がある。
ロベリア様は、ご自分の魔法が誤って誰かを傷付けてしまわないかと、人との関わりに臆病になっていた。
それはゲーム内でも言及されていた。
遠回しに遠ざける程度ならまだ可愛い方で、ほとんど脅しの様な形で、距離を取らせた者も居たとか。
転生して初めての朝、ジェシーがあれだけ怯えていたのはそれが理由だろう。
「いえいえ、お考えがあってのことでしょう。それを推し量ることも出来ずに、悪魔等と。お恥ずかしいのは此方で御座います、改めて謝罪を…」
そう言って、礼をする為か。
セバスは席を立とうとする。
私は焦ってそれを静止する言葉を投げる。
「そ、そんな!謝罪は言葉よりも態度で受け取っているわ!お茶の最中に謝罪なんて、もういいのよ」
「…それに、悪魔だって呼ばれても仕方がないもの」
思わず言葉が口から溢れる。
悪魔と呼ばれること。
それには少しばかり、思うものがあった。
『やーいブス!』
『醜女ってこーいう奴のこと言うんでしょ?笑』
…なんて、ね。散々言われてきたから。
私はそれに言い返すどころか、納得を覚えていた。
外見で差別されることに、慣れきってしまっていた。
「お顔をお上げ下さいませ、お嬢様」
セバスの、いつになく優しい声が掛かる。
その言葉で、私は自分が俯いていたことに気が付いた。
ハッと顔を上げると、セバスは穏やかな笑顔を私に向けていた。
これまではもっと、厳しそうな顔だったのに。
「その発言をした当人である、私めが言うのは問題があるやもしれませんが…ご自分でその様に、納得為されないで下さい。諦めないで下さいませんか。」
「セバス…?」
私はその発言の意図を、汲みきれないでいた。
「…これもまた正直に申し上げましょう。私めがお嬢様を"悪魔"と申しましたのは、使用人への態度に腹を立てていたからで御座います。御仕えする主人が、尊敬出来ない言動をされるという事に、無念であったのです。故に他の者に流され、悪魔…等と」
少しの間、険しい顔で話していた。
が、彼はまた表情を緩ませた。
「しかし、お嬢様は私めに示して下さいました。そうではないと。」
「わ、私は大したことは何も…」
「いいえ。私めに直接罰を与えるのでなく、御家の為に尽くせと申されました。どれほど寛大かつ慈悲がありながら、厳しいお言葉なのでしょう。幼き主人から、その様なお言葉を賜るとは、あの時は思いもよりませんでした」
「それは確かに、私の言葉だけれど」
「私めはその時にようやっと、思い知ったのですよ。お嬢様は聡明であり、尊敬に値すると」
「…思い返してみれば、お嬢様に何かをされたと言う使用人は皆『この魔法で傷ついてもいいのか』と言われたと、一様に申しておりました。私めはその言葉の意味に、ようやく気が付いたのです」
「お嬢様は、そう言っては居られても、実際に使用人を傷付けた事は御座いませんでした。瞳をお見受けするに、魔力保有量も多くていらっしゃる。故に万が一、魔法が暴発してしまった際に、他者を傷付けない様にと使用人を遠ざけたのではと。闇属性の適性は稀有であり、強力。まして"災厄の悪魔"に似た容姿であると周囲から言われたならば、御自身の魔法に対して、不安になっても仕方の無い事です」
「それを、今までお一人で抱えておられたのでしょう?それがどれだけ孤独であった事か、気が付かなかった己を悔やんでも悔やみきれませぬ」
「それは…そうだけれど…」
…貴方こそ、聡明な人だ。
ずっとロベリア様が抱え隠していた孤独に、たった1つのきっかけで辿り着いたなんて。
私はゲームをプレイしたから知っていただけであって、少ない情報からそこまで思考を巡らせるなんて…
(それだけあなたの言葉が、彼に響いたのよ。ミヤビ)
小さく、けれど確かに、ルリの声が聞こえた。
私の言葉が、彼を…変えた…?
であればロベリア様に足りなかったのは、他者との『言葉』だったのか。
「ロベリアお嬢様は優しい方でいらっしゃる」
セバスは優しい口調で、そう言葉を続ける。
「魔法の暴発など、幼な子であればよくある事なのです。怪我人が出た例も殆ど聞いた事がありませんな。あっても擦り傷程度でしょう。そんな誰も気にも留めない様な、ごく日常的なもので御座います。しかしそれを気にされるほど、貴女様はお優しい」
「そんなお優しい主人であるからこそ、私めは側仕えをメイドに任せる事が出来ました。メイド達はお嬢様をどの程度理解しているかまでは、保証出来ませんが…」
「もし今後、困られる様な事があったならば、メイドか私めにご相談下さいませ。その時はきっと、お力になって見せましょう」
「こんな優しい主人が悪魔であったならば、世の中は悪魔ばかりで御座いましょう」
セバスは、最後に冗談めかしてそう言った。
それがちょっと、彼に似合わない気がして、つい顔が綻んでしまう。
「…それでは今後は、よろしく頼むわ。セバス」
「えぇ、何なりと。私めがお力になれる事であれば」
彼と初めて会った日。
あれ以来、やけに気に掛けてくれるとは感じていた。
まさかそれが、今までの態度の真意まで見抜いてだったとは、流石に思わなかった。
本当に優秀な人だ。そんな人が味方になってくれるなんて。
そう、味方…… あっ!!!
「あの時はアベルが…あれは態度が良くなかったというか、言葉が悪かったんじゃ…」
「今度はアベルお坊ちゃまのご心配ですか、本当にお優しい限りです」
みっ、見抜かれている…!
でももし仮に根に持っていたりでもしたら、今後アベルが困るかもしれなくて!!
セバスなら無いとは思うけれど、心配の根は摘んでおきたいのだ。
「お坊ちゃまの事でしたら、問題御座いませんよ。あの後、ご本人から謝罪があった程です。そこまでなされては、私めが今後悪い様に思う事なぞ御座いません。」
お茶を啜りながら、セバスは続ける。
「上に立つ者として、毅然とした態度で感服まで覚えました。旦那様の真似事ではありましたが、幼いながらもよく学んでおられるなと」
「お父様の真似ですか…?」
「はい。旦那様は使用人の前では、厳格な方でいらっしゃいますからね。それはそれはよく似ておりましたよ。普段、側で執務をご覧になっておられるからでしょう。お可愛らしい事です」
そう言って、セバスはフォッフォッと笑う。
「そう、それなら良かったわ」
私はスッと胸を撫で下ろす。
セバスの器が広くて助かった…。
セバスったら、仕事も出来れば、人間関係まで上手そう。
でもそんな人が今後、ロベリアの味方になってくれると言う。
それも、"私の言葉"を受けて。
…なんと心強いことだろうか。
これならお屋敷では、なんとか上手くやっていけそう。
そんなことを思う、温かいティータイムであった。




