<第23話> お嬢様、問題が山積みです。
鋏と糸といえば、連想されるのは”女神:ニマ”。
そしてザクロの花。
ザクロの花の名前を持つ神は、神々の女王として存在し、母性を司り、貴婦人の名を持っているという。
そんな紋章を扱えるのは、この王国内でたった一つの一族しか思い浮かばない。
"ニマ=ティオシス王家"
始祖の血を色濃く受け継いだ血統、女神の祝福を受ける者ともされる。
女神信仰の厚いこの地では、教皇聖下に次いで、尊ぶべき存在だとも言われている。
長きに渡る王国史の紡ぎ手であり、その歴史の中には、王族への反乱の類は一度も無い。
その優れた統治は、建国神話でもあるように、『無の土地』から国を発展させ、多大な功績をもたらした。
魔導に長け、枯れた土地を肥沃な土地へと変え。
数十人だった小国を、数十万人以上の大国へとのし上げ。
やがては、領土を大陸中へと拡大した。果ては海まで。
しかし領土拡大の際も、原住民との和解を重ね、戦をすることはなかったのだという。
そんな王家への忠誠心は、当然の如く厚い。
神殿が"女神:ニマの代弁者"であるならば、
王族は"女神:ニマの代行者"とも呼ばれる程に。
信仰の厚い国で、王族がそれだけの支持を得ているのは、異様とさえ言える。
だがそれだけの支持があるからこそ、女神を象徴した紋章を扱うことが出来るのだ。
そんな紋章入りの手紙が…ねぇ…
(そんなに大きな溜め息を吐く程のことかしら?)
頭上から、唐突に声が掛かる。
「あぁ、その声は…ルリ!!」
久しぶりの声、私の憧れの声に、つい咄嗟に歓喜の声を上げてしまう。
「そこに居たんですね。てっきりもう話せないものかと、寂しかったんですよ?」
(そんなことはないわよ。今のわたしは、ミヤビの契約精霊 "瑠璃蝶々"だもの)
「そ、そういえばそんなこと、しましたね…最近静かだなって…あはは…」
(あのねぇ。普通精霊は、姿さえ見えない存在なのよ?それと話したいみたいな口振り…。契約精霊は目視出来る場合もあるけど、それでも精霊と話そうなんて奴は、大抵頭がお花畑の変わり者なんだから)
「お花畑…それって私のことでしょうか…」
(それにわたしは"精霊契約魔術"なんて扱えないし。加えて精霊に嫌われる体質だっていうのに、急に「精霊と契約しました!」なんて、ほんっとうにおかしな話じゃない)
「えっ、無視ですか…?ん?おかしい???」
(ともかく、わたしは居るには居るけど、人前で話したりはしないってことよ)
「ああ、そういえばここ最近はずっと、周囲に人が居る時間ばかりでしたからね。流石は推し様です、ご配慮まで完璧とは恐れ入ります」
(おし…?ま、まぁ伝わってそうだから良いわ)
なんだか随分な言われ様だった気がするけれど…
日常的な態度として、周囲や私への配慮を、さも当然のことの様に行なっていただけで十分、ルリは5億点満点です。尊い。なので問題ない。
むしろちょっと減点されるのが、愛嬌まである。う〜ん素晴らしい。
今は深夜。ベッドの上。
メイド達も立ち去り、私とルリしかこの場には居ない。
「ねぇルリ、お茶会はどうしたらいいのかしら…」
(そんなことで…悩む程のことでもないでしょ、行けばいいだけよ)
「相手は王妃様と王子様二人なんですよ!?」
(わたし…いや、あなただって”公爵令嬢"なんだから、堂々としてなさいな。)
「でも」
(まぁ王族に呼ばれたら、行くしかないけどね)
「ですよね…」
私はまた、大きな溜め息を吐き、諦めることにする。
ルリの言う通りだ。
行く他ないのだし、招かれた側なのだから堂々としていればいい。
ただ私にその度胸があるのか、それは別問題で…。
やはりロベリア様は、度胸をお持ちで格好良い。そこに憧れるというもの。
憧れに届く様、最善を尽くす他ないか。
(ま、妙なことに巻き込まれた後だものね。あなたでも動揺ぐらいするのかしら。)
そうだ。妙なこと…茶会に招かれた以前に、あの花瓶の件があった。
あまりに怒濤の連続だったから、その発端の存在を失念していた。
「その、ルリはあの花瓶のことはご存知だったのでしょうか?」
私は、夜の闇の中でも淡く輝く、真白い花瓶を指し示しながら尋ねる。
(その黒い花瓶?そんなのがあるなんて知らなかったわ。あの日は変な声まで上げてたものね、随分と珍しそうだけど)
「えっ、黒…ですか…?」
(そうよ?真っ黒じゃない。デザインとしても、珍しさがあるのかしら)
口振りから、嘘らしいとは感じない。
しかし黒いとは、どういうことだ?
私の目には、白く見える。
何度見直しても、どう見ても、その色が変わることもない。
(妙な気配までするのよね。その花瓶)
「気配…ですか?」
(ええ、魔法的な…そんな気配がするわ)
魔法的な気配…
ロベリアの異能、〝魔力察知〟によるものだろうか。
彼女は魔力を五感で感知出来たはず。
確かに私も、あの花瓶の周囲に変なものを見たし、今も輝きを纏っている様に見える。
色は違う様だが、何かを感じるのは同じ。
しかし冷静に考えてみると… 花瓶から、無機物から、魔力が?
「ルリは以前、似たものを見たことはありましたか?魔力を纏う物品、みたいな…」
(少なくとも、生活家具の中では見たことないわね。魔道具でも、発動する時以外は魔力を感じないし。あるとしたら、秘宝級品くらいしか心当たりもないわよ。実際に目にしたことはないから、あれがそうなのかは分からないけど)
「そう、ですか…」
やはり、あの花瓶は何かが変だ。
一体なんだというのか…皆目見当も付かない。
(それよりも、あなたが使った魔法よ。妙なことしてたじゃない)
「魔法?」
(ええ、花瓶を見つけた時に使っていたアレよ。私はそれを知らないわ)
「ああ、あの時の」
花瓶に纏わり付くものを取ろうとした、花瓶を注視した時だったか。
「不思議なものでした。頭にスッと浮かんできたんですよ。それで気が付いたら、口から言葉が勝手に…」
そこまで口に出して、ハッとする。
"あの魔術"について、ルリは知っているのだろうか。
もし、知っていたら。
(聞いたことのない詠唱だったわ。精霊契約魔術の時と同じで、私は知らないけど、あなたなら知ってて使ったのかと思ったのよ)
「ルリが聞いたことがない…。あまり一般的なものではない、ということでしょうか」
(まぁわたしの認識ではそうね。一般的でないものも、それなりに勉強したんだから。それでも知らなかったものだから、驚いたのよ)
(言葉の意味はまるで分からなかったけれど、詠唱の後、魔術として確かに発動していた。だから、なんらかの魔術的詠唱なことだけは確かね)
ゲームの作中でも、ロベリア様は魔導的知識について、博識だった覚えがある。
そんな彼女が知らない。そう言っている。
特殊な詠唱であったことは明らかだ。
ちなみに私も、ゲームで登場した詠唱の殆どは記憶している。
故に精霊契約魔術も詠唱が出来た。
そして彼女と同様、あの時の詠唱文には覚えがない。
まどプリのヒロイン、エレナの詠唱にも、近しいものすらなかった。
強いて言うなら、詠唱に「ニマ」の言葉が含まれた、海外の言語の様だったことが気に掛かる程度。
そして現れたのが、裁ち鋏だった事も気掛かりだ。
あの刹那の間の眩い輝きと、女神の代名詞の一つである裁ち鋏の顕現。
…憶測の域は出ないものの、やはりあれは、"神聖魔術"だったのではないだろうか。
基本的にその魔導系統は、聖女を除いてしまえば、神殿外には伝わらないものだったはず。
詠唱文も例に漏れない。
それがどうして頭に浮かんだのか、という点は原因不明だが。
(あれ、とっても闇属性ぽかったのよね。少し違うんじゃないかって印象はあったけど)
「……へ?」
自分の想定の外の言葉、意外な言葉に、思わず口から素っ頓狂な音が出てしまう。
「闇属性魔術、ですか?」
(何よ、変?)
「いえ、変と言いますか、意外なご意見だなと思いまして…」
(そう?だって魔術発動の瞬間、一瞬だったけど、部屋が真っ暗くて何も見えなくなるくらい…そんな真っ黒いオーラが出てたじゃない)
??????????
真っ黒???
私には眩い輝きに見えたのだけれど…どういうこと?
「その、こういう言い方は失礼ですが…ルリはちゃんと見ていたのですよね?」
(本当に失礼ね!ちゃんと見てたわ!!)
彼女はほとんど金切り声の様な声を上げた。
そしてコホンと息を吐く。
(でもそうね、闇属性って紫色に近い色で見えるのよ。あんな真っ黒じゃないわ。だから妙な魔術を扱うものだって思ったわけ)
「なるほど、その様に見え、感じたと。」
(ミヤビは違うの?)
「その、どちらかというと、白い光の様なものは感じましたけど」
(あなたこそ、何言ってるの?そんなもの見えなかったわよ)
「う〜ん???」
私とルリは、同様に魔力に起因する事象に対する、異能があるようだ。
普通であれば、見えないものを見て、聞こえないものを聞いている。
しかし、見えている色が、まるで違う。
「一体どういうことなんでしょう…?」
(わたしには、ミヤビにも見えていた方が驚きだけどね。まぁ私の体だもの、同じ異能くらいは持つのかしら)
「異能…ですかぁ…」
思っていたより、どうやらこの世界は複雑そうだ。
考えても考えても、一向に答えが出ないことがその例だと言える。
ともかく、ルリはあの魔術を神聖魔術だとは、1ミリも考えている様子はない。
さらに言えば、彼女が自分自身が聖女だっただなんて、考えている様子は全く無いと言える。
不快な思いをさせるかもしれない、というか私は絶望的に感じたその予想を、わざわざ伝える必要は…
少なくとも今は無いだろう。
私の思い違いである可能性も出てきたのだ。
悪役令嬢ロベリアは悪魔堕ちするという、ゲーム内での運命もあるし、その素養的な術の可能性だってある。
『闇属性でもなさそう』という言葉が、属性魔術ではない可能性は示唆している。
属性に関わらない、何かしらの術。この正体は何か?
彼女の言葉から推測するのであれば、他の属性であれば、そうと分かっていそうだし…
(何やら考え込んでいる様だけれど、ミヤビ?)
「はい?どうしたんですか、ルリ」
(その調子だと、考えている間に日が昇るわよ)
「…ち、ちなみに今は何時くらいで」
(もう日付は跨いだわ)
私の言葉が終わらぬうちに、食い気味に時間を告げられる。
なんだろう。早く寝ろという圧を感じる。
(分からないことに何時までも悩んでいたって、仕方がないじゃない。早く寝ないと朝が辛くなるだけよ)
「はい…寝ます…」
私はしおしおと、小さな声で決意表明をする。
もう少し考えたかった、例えば王子対策についても考えておきたかった。
しかし、ここまで言われて寝ないというわけにもいかない。
推しに逆らえないのは、推す者の性質なのだ…。
「おやすみなさい、ルリ」
(ええ、おやすみ)
「あ、そうでした」
(…まだ寝ないで続けるつもり?)
「いえ、そうではなくって…」
「もしルリさえ良ければなのですが、きっとまた、こうして私とお話しして下さいませんか」
(そういえばミヤビは、初めて会った時から変わり者だったわ)
(……はぁ。全く、仕方ないわね。あなたが一人きりの時だけよ。だから今日はもう寝なさい)
「はい!!」
嬉しい返事に、つい胸が高鳴る。
どうしよう。嬉しくて眠れないかもしれな…
(ちなみに。あなたが寝なかったら、もう口を聞いてあげないからね)
「え”っ”」
私は一刻も早く、眠りにつかなければならなかった。
早く。数秒も惜しいくらいに。
考え事は二の次だ。




