<第21話> お嬢様と、初めての小さな大団円。
目を開けると、その先の光景に闇はなかった。
そこにあったのは、ベッドの天蓋。
辺りを見てみれば、かなり部屋の内装が変わっていた。
白い花瓶に出会ったあの日。
あの日に皆で選んだ、ダイニングテーブルやチェア、ソファーなど、多くの物が既に室内に置かれていたのだ。
もう埃っぽい様子も、カビ臭さもない、
…ということは、あれからもう数日が経過しているのだろうか。
となると、それだけの日数眠っていた…?
私はそのままベッド脇に視線を移す。
するとそこには、眠りこけているローラの姿があった。
お疲れなのか、ぐっすり眠りこけてしまっている。
あれから何日が経過したのかは分からないが、きっとメイドの三人が看病してくれていたのだろう。
ローラが起きてから、三人が揃ったら感謝しなければ。
そうして隣を見た時、視界の端に映ったものに驚く。
ベッド脇にサイドテーブルが置かれているのだが、その上に真白い花瓶があったのだ。
以前の花瓶と交換されたのか、青く光るニマ・ローゼが挿されていた。
抱き抱えていたものだったから、大切なものだと思われたのだろうか。
埃一つ、水滴一つ見当たらない高待遇を受けていたようだ。
体は花瓶を発見した瞬間、思考よりも先に飛び起きようとしたものの、何やら体が重い…
起き上がるのは、気合いや何かでも、難しそうだ。
私は諦めて、視線と多少は首が動くようなので、部屋の変化を見つけて暇を潰すことにした。
それからしばらく経った頃、扉が開いた音がした。
そちらに目線を向ければ、桶を抱えたジェシーが入って来た。
後ろ手に扉を閉め、彼女が正面を向いた時…
バッチリ目が合ってしまった。
ジェシーは数秒硬直した後、お化けでも見たような表情を顔に浮かべる。
更には「キャー!!」と甲高い悲鳴を上げながら、扉を盛大な音で締めつつ、廊下の方へ走っていってしまった。
桶はその場でひっくり返してしまい、中に入っていた水がぶちまけられている。
控えめに言って大惨事である。
一方、そんな状況でも、居眠り中のローラは起きる様子がない。
普段どう起きているのかが気になるレベルだ。
まったく、遠くからはバタバタと足音が聞こえて来ていると言うのに…
ん?バタバタと足音??
また扉の方に目を向けていると、これまた盛大な音で扉が開かれる。
勢いよく扉を開けたジェシー、そして連れられて来たであろうカミラに、ガードナーに抱えられたアベルまでいる。
この部屋の客人にしては、かなりの大所帯だ。
「「ロベリアお嬢様ー!!!」」
こ、声も大きい…もう誰が私を呼んでいるのかも分からない…。
一瞬その勢いにひるみ、目を瞑った。
そして次の瞬間に目を開けた時、目の前にアベルが飛び込んできていた。
残念ながら腕も動かないようで、私はアベルをお腹で受け止めることとなった。
「…アベル、重たいわ」
そう伝えると、アベルは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。
「おねーさま…おねーさまぁ…!!」
そう泣きじゃくっていて、泣き止む様子はない。
「お姉様は大丈夫よ、だからいつもの笑顔を見せてほしいわ」
そう言うと、顔を袖でゴシゴシ拭って、笑顔を見せてくれた。
「ありがとう、その笑顔でまた元気になれたわ」
アベルは照れくさそうに、頭を撫でる。
そしてアベルに遅れた形になったが、ジェシーとカミラが近くにやってくる。
「お、お嬢様…お目覚めになられて、良かったです」
「そうですよ。私がぶつかってしまったのがいけなかったのですが、まさか1週間もお目覚めにならないとは思わず…」
「本当に良かった」と言って、メイドの二人は、メソメソと涙を流す。
ええと…ガードナーも来ていたと思ったのだけれど。
そう思い、部屋の中に視線を泳がせると、彼を扉を開けてすぐのところで見付けた。
彼は顔に腕を当て、肩を震わせているようだ。
「ガードナー?貴方まで来てくれたの?」
「ン嬢様あ”…オイラぁ、心配だったんけんども、オイラが出入りするのも思て、ごれでも我慢してだんですぜ…そんでも、カミラさんとさ話とったらジェシーさん来だもんで、づい来ちまっただ…押し掛けでずんまぜんだ…」
「大丈夫よ、むしろ心配してくれていたのが嬉しいわ」
それを聞くとガードナーはついに声を上げて泣き始めてしまう。
大の大人が泣き、メイドもメソメソ泣く中、一番幼いアベルだけが泣き止んでくれた。
本当にメチャクチャな状況になってしまった。
「みんな、心配ありがとう。でも泣き止んで頂戴、ローラが可哀想よ?」
そう言われて、ハッとしたその場の全員の注目の的になるローラ。
「ひゃぃっ?私は、ティータイム中で…」
名前を呼ばれたことで飛び起きたローラだったが、顔はだらしがないことになっているし、何を言っているのかも分からない。
あまりにも頓珍漢な状況に、その場の全員は、それまでの涙を忘れ、笑みを溢してしまったのだった。
前世でも、今世でも、こんなに人に囲まれるのは、初めてのことだ。
こういうのを『大団円』と呼んだりするのだろうか。
英雄になったわけではない。
偉業を成したわけでもない。
ただ私が、目を覚ましただけ。
だけど確かに、小さな大団円が、ここにはあった。
視界の端が、淡く優しい紫色に輝いた気がした。




