<第莠悟香話> 關ス荳九☆る、漆黒。
私は白い花瓶を抱え、自室に向かっていた。
今の感情を、うまく表現できる言葉を知らない。
強いていうのであれば、それは”絶望”。
まさか、ロベリア様こそが聖女だったなんて。
神託をどうしてやろうとか、考えていなかったわけじゃない。
だけど、まさかだよ、自分が真の聖女だったなんて。
それは想定外だった。
だって、あまりにも報われないじゃないか。
救われないじゃないか。
一途に想っていた相手に悪魔だと蔑まれ。
その相手の心を射止めたのは、偽の聖女で。
王族は聖女と婚姻を結ぶ慣わしなら、彼女は想い人と結ばれるはずだった。
なんで?どうしてそんなことが?
感情の整理が追いつかない。
フラつく足で、自室へと向かう。
自室に到着し、扉を開けようとした時、丁度出てきたカミラと衝突してしまった。
私は花瓶を抱え、受け身も取ることなく、床に倒れ込んだ。
それに驚いたメイドたちが、私の名前を呼ぶ声が聞こえる。
…でも、あぁ、今は少し、起きていたくなくて。
私はそのまま、遠のく意識を、抵抗することもなく手放した。
目が覚めた時、そこは暗闇だった。
私が死んで、ロベリアと初めて会った時の場所と似ている。
ただ顔を臥し目を瞑り、膝を抱えて蹲っていた。
そうしていると、映画のテープが回るような音が聞こえてきた。
カラカラ、カラカラと。
目を開けると、床が明るくなっていることに気付いた。
そのまま顔を上げると、私の目の前には、映像が投影されていた。
「待ってよリア!」
「そう仰るなら、捕まえてご覧になって!ノワゼット!」
そう言って、ノワゼットがロベリアの背を追っている。
背格好からして、まどプリの本編、魔導学院高等部生の二人だ。
二人とも熱のこもった声でお互いの名前を呼んでいる。
あのノワゼットが、ロベリアを「リア」と愛称で呼んでいる。
あんなに必死に追いかけるだなんて、ノワゼットはロベリアに対して、それだけ胸を焦がす様な想いを抱えているのだろう。
それをコロコロと笑ってかわす、ロベリア。
やがてノワゼットが追いつき、後ろからロベリアを抱きしめる。
「今度こそ捕まえたよ、俺のリア」
「あら、もう捕まってしまったわ」
「そんなに残念がるなよ。それとも、俺とこうしているのが嫌だって言うのか?」
「嫌なわけないじゃない、私だけの王子様なんだから」
そんなことを言って、笑い合う二人。
なんて甘酸っぱい青春なのだろう。
「リアの髪は綺麗だ、瞳も。どんな輝きも吸い込んでしまいそうな色だよ」
「それじゃあノワゼットが吸い込まれてしまうわ!」
「そうかもね、いつか吸い込まれていなくなってしまうかも」
「そんなの嫌よ!ひとりにしないでノワゼット」
「冗談に決まってるだろう、俺がリアをひとりにするなんてことあり得ないんだから」
「女神様に誓っても?」
「ああ、女神様に誓うさ。だから泣かないで、大切なリア」
ロベリアの容姿を褒めるノワゼット。
置いていかないでとしおらしく泣いてしまうロベリア。
女神に誓って、彼と彼女は一生を共にするのだろう。
「ふざけないでちょうだい!!」
ロベリアの大声が響く。
途端に空間は暗闇に支配され、彼女らの幸せな姿も消えて…
「私、あんな幸せ望んでないわ」
怒気に満ちた声は続く。
私は、その方向を見る。
そこには、悪魔となった姿のロベリアがいた。
「…わるい夢かな?」
私は彼女に対して、そう呟いて、頭を傾げる。
そんな私に彼女は、怒りをぶつけるかのように声をぶつける。
「そうよ、悪い夢だわ。あんなもの、いらないんだから」
その言葉に、私は彼女に掴みかかる。
「…あんなものじゃない、いらなくなんかない!!」
私は自分の感情が噴出するのを、止める手立ては持っていなかった。
だからそのまま、彼女にぶつけた。
「ロベリアは幸せになるんだ!ノワゼットと結ばれて、誰よりも愛されるの!!」
「そうじゃないと、そうじゃないと…おかしいの…!」
私は掴みかかった手を緩め、そのまま膝をついた。
「私は、ロベリアは、幸せにならなきゃ。だって、本物の聖女なんだもん。だからっ」
「ロベリアはノワゼットと結ばれなきゃ…」
パンと、平手の高い音が響く。
私は、ロベリアに、平手打ちされていた。
それを理解するのに、数秒は要した。
彼女は重い口を開く。
「あなたは私よ、ロベリア・レイラ・クロートーなのよ」
「でもね」
「あなたはミヤビでも、あるじゃない」
彼女に向き直る。
ロベリアは、確かに怒った表情ではあった。
だがそれよりも、辛く苦しそうな顔で私を見つめていた。
「ロベリア、様…」
「いい、ミヤビ?しっかり聞いて」
そう言われ、私は黙って首を縦に振った。
「あなたはあの、『悪役令嬢ロベリア』なのよ。もっと好きなようにしたらいいじゃない」
「でもあなたはミヤビでもあるんだから、ノワゼット以外を選んだっていいの」
「ねぇミヤビ、もっと好きなように生きたっていいの。それが悪役令嬢なんでしょう?」
「あなたが見てきたロベリアじゃない、私は、あなたが何にも囚われずに幸せになるのを見たいのよ」
そう言って、ロベリア様は私の方を突き飛ばす。
まるでビルから落下するように、私は堕ちていく。
ロベリア様は、そんな私を見ていた。
そして最後に言った。
「どうか私にも、縛られないで」
その顔は、ひどく悲しそうな笑顔だった。




