<第16話>お嬢様と、メイド三人衆ですの。
「ちょっと!そんなに急かさないでったら!!」
そう言う私をお構いなしに、メイド三人衆はグイグイ押して来る。
「このローラ、お嬢様のお髪の手入れをしてみたかったのです…!楽しみでなりませんわ!」
いやはや、全く聞いてくれる様子がない。
三人揃って、ここまで乗り気だとは…!?
こうなったら『乗りかかった船』という慣用句を思い出す。
今がまさにその時なのかもしれない、覚悟を決めよう。うん。
メイドたちに背を押されながら、自室から廊下に出る。
私を部屋から追い出すと、三人揃って後から着いてくる。
今度はジェシーが先頭に立ち、忙しなく隣の部屋の方へと向かう。
そしてその扉のノブを持ち、こちらを伺う。
私の背は、カミラにしっかりガードされているので、私に進む以外の選択肢はない。
「逃げも何もしないったら… それで、そこの部屋が…そうなの?」
そう言って周囲を見ると、メイドたちはパァッと明るい顔を浮かべる。
そしてその笑顔で、ウンウンと大きく縦に首を振る。
その中でもカミラは、より一層自信がある様子で胸を張り、言葉をかけてくる。
「セバス殿とは何があったのか、お話で伺いました。彼は大変考え込んだ様子で、お嬢様のためにと動いていらっしゃいました。そのうちの一つが、こちらのお部屋の準備でございます」
その後ろから、ローラも会話に参加してくる。
「そうですわ。とっても素敵になりましたから、損はさせませんのよ」
「ジェシー!扉を開いて差し上げて!」
ローラがそう声を大にすると、ジェシーがそれにうなづく。
「お、お嬢様!こちらです…っと」
そうして開かれた扉の先には、昨日とはまるで違う光景が広がっていた。
そこにあったのは、床一面タイル張りの部屋。
壁も、大量の荷物がなくなったことで、漆喰の壁が露わになっている。
そして入り口側には大きな仕切り板があり、それ以上はここからでは見えない。
それでも、昨日まで埃を被っていた部屋だとは到底思えない。
この部屋の変わりように驚いていると、メイド三人衆がまた背を押してくる。
「お嬢様、その、段差にはお気をつけて…」
「ささ、お早く中に入って下さいませ」
「中はもっと素敵ですのよ!」
かけてくる言葉は三者三様。
これまた、性格まで全然違う三人が集められたみたいだ。
彼女らの思い思いの言葉を受けて、私は中に入ることにする。
私は前世で名のある企業の令嬢ではあったが、こんな何人にも囲まれて、お風呂の世話をされたことはない。
未知の世界、初めての経験だ。
しかし『公爵令嬢』として生きていくには、これは避けて通れない道だろう。
ロベリアはそうでなかったと今なら確かに思うが、一般的な令嬢は日常の一部であるものだろう。
であれば、慣れておくのも悪くないだろう。
私は心の片隅の羞恥心にそう言い訳をして、それっぽい方向に舵を切る。
入り口と仕切り板の間を縫うように、部屋の中に入る。
そこには立派な陶器製のバスタブがあった。
成人男性でも余るような大きなサイズ。
それでいて、表面はつるりとしていて、その存在だけで高級感を感じさせられる。
その上、バスタブの足などの意匠も非常に凝ったものだ。
まさか私のために、こんな豪奢なものが用意されるとは思わなかった。
それともこの家では、この程度安いものなのだろうか…。
だがその中から、一つの違和感を感じる。
この部屋の床には、排水口のようなものがある。
それに反して、吸水口が見当たらないのだ。
バスタブに蛇口のようなものは付いていないし、壁にシャワーのようなものもない。
いったいどこから給水を…
私の考えごとに対して、お構いなし。
そんな様子でメイドたちは、私の周りを忙しなく移動する。
一体何をしているのかと見てみれば、各々違った準備をしているようだ。
ジェシーは、窓際の壁を探り。
カミラは、バスタブの下を拭き。
ローラは…特に何もせず、私の側で二人と私のことを見やっている。
ローラの方を見れば、彼女は私にニコニコと笑みを返す。
全く何もしないでいるというのも居心地が悪く、私は彼女に笑みで応えていた。
そうこうしている間に、準備が整ったのか、カミラとジェシーが集まってくる。
そしてローラに、「少し離れるように」と促される。
私はその指示に従って、壁際の方へと後退する。
まずはカミラが、バスタブの方へと近付いていく。
そしてバスタブの側に屈んだかと思うと、懐から何か取り出した。
あれは…チョークだろうか。
彼女はそれを持ち、バスタブの下に何かを描いていく。
その手先を目で追って見れば、魔法陣のようなものを、素早く繊細に描き上げていた。
魔法陣を描き終えると、カミラは何かを呟き始める。
聞き取れこそしないが、これはおそらく〝祝詞詠唱〟…つまりは『魔術』だ。
部屋に効果を及ぼすものだろうか。
しかし、彼女が魔法陣を描いたのは、バスタブの下だ。
であれば、変化が起こるのはバスタブ…?
そう思った私は、バスタブを注視していた。
…特に何かの変化は感じない。勘違いだったのか。
そう思い始めた頃、カミラの言葉が止まる。
するとバスタブの底から、フツフツと水が湧いてきたのだ。
やがてその水位は上がり、バスタブにちょうど良いくらいまでの大量の水が現れた。
私はカミラの魔術に関心を持っていた。
しかし次の出番はと言わんばかりに、ローラがバスタブへ歩を進める。
そしてバスタブの水の中に、スッと手を潜らせる。
今度はいったい何が見られるだろうか。
私の心は、魔導の世界に揺らされていた。
ローラがその赤い瞳を閉じ、一瞬何かを呟いたのが分かった。
今回は〝略式詠唱〟 による『魔法』だろう。
数瞬の後、バスタブの水面に、泡が浮かび始める。
その横から、カミラが何かを放り入れた。
徐々に水面に上がってくる泡は増えていき、次第に熱気を発し始める。
そして気付けば、ボコボコと音を立てる水は、泡をも纏い始めていた。
ものの二分もあったかという短い時間の中で、そうして泡風呂が完成していた。
きっと途中でカミラが投げ入れたのは、この泡を完成させるための石鹸かバスソルトか。
ローラがその手を中心として水を急速に温め、その最中に混ぜ合わせることで、効率よく泡風呂を作り上げたのだろう。
それが終わる頃には、部屋にはそれなりの熱気がこもっていた。
すると窓際から、コンコンと音がした。
振り向いてみてみれば、ジェシーが木琴のバチのような物で、壁の何かを叩いていた。
壁に設置されたあれは…換気扇にとてもよく似ていた。
だがそれを回すためのスイッチ、紐の類は見当たらない。
ジェシーには、何らかを詠唱した様子はなかった。
しかし、その換気扇に似たものを叩くという行動を起こしていた。
…であれば、あれは『魔道具』だろうか。
『魔道具』は一般的に魔術が組み込まれた道具で、所定の操作をすることで活用できるのだと、ゲームの紹介で読んだ。
あれはきっと生活魔道具、暮らしを豊かにするためのごく一般的なものだろう。
とは言っても、制作工程が多いことから、安くはない物のはずだ。
これも公爵家パワー、だろうか。
そうこう考えていた私に、側からカミラの声がかけられる。
「さぁお嬢様、お召し物はこのカミラがお預かりしますからね」
「…へ?」
その間にもジェシーとローラが、私ににじり寄るように迫ってきていた。
「し、失礼致します!!」
「「さぁお覚悟ですわ、お嬢様!!」」
そう言って二人は私の着衣を取り上げていったのだった。
覚悟をしていたつもりだったが、これは案外恥ずかしい…!
慣れるには、まだまだ時間がかかるかもしれない。




