<第15話> お嬢様、新たな1日を迎えます。
…ウーン、眩しい。
でもこれは、怖いものじゃない。
朝を告げる日差しだ、暖かい。
私は伸びをしながら、ベッドからその身を起こす。
この部屋は、朝の日差しがよく入ってくるらしい。
その分夕方頃は暗かったが、ここまで心地良い寝起きが迎えられるのなら、案外悪くない。
なぜだろう、よく寝たはずなのに、体が少しばかり重たい。
夢を見た覚えもないし、グッスリだったと思うんだけれど…?
いや転生して初めての睡眠でグッスリとは、案外私ってば図太い質だったのかもしれないな。
それだけこの体も馴染んだってことなのかな。
そんな事を想いながら、ベッドから滑るように降りる。
…あれ?
花瓶に挿しておいたはずの青薔薇が、テーブルの上に落ちている。
おかしいな、茎も花瓶も長いから、そんなことは。
花が重くて、滑り落ちでもしたのだろうか。
まぁ、細かいことはいいか。
私は青薔薇を花瓶に挿し直し、元の状態に戻す。
さて、私は朝から忙しい。
なんといったって、今の私は『公爵令嬢ロベリア』様なのだ!
昨日も心躍ることばかりだった。
たくさんの人に出会えた。
しかも、半数はゲームをやり込んでいた私が名前も知らないような人たちだ。
ロベリア様の周りにいる人を知ることができた。
これは大ファンの私としては、大いに喜ばしいことだ。
そしてこれからのロベリア様としての生活としても、活かしていける大きなポイント。
そう思うと、昨日部屋に閉じこもりそうになっていたのが、今ではバカらしく思えてきたのだ。
よって、今日からは精一杯、外に出て伸び伸びすることが目標だ。
味方も増やしていけると、より喜ばしい。
であれば、朝起きてからの一分一秒を無駄にしたくないのである。
そう意気込んだところで、私が何をするかと言えば…。
「…なんだかとても、着替えたいかもしれないわ」
どうにも服が背中にピッタリ張り付いて、むず痒いのだ。
今はとにかく、これをどうにかしたい。
いやはや、またもどうしたら良いのかは分からないのだが…。
どうにか湯浴みをしたい。
しかし今の私にはその術がない…これが今日最初の課題だ。
昨晩はルリに協力してもらった。
今まで彼女はどうしていたのかと聞き、使用人が使っている場所を紹介してもらったのだ。
一定の時間を過ぎると、皆朝早くからの仕事に備え、そこを使う者はほとんど居ないとのこと。
素直に彼女の助言に従ってみると、まさにその通りだった。
一人で湯浴みをするのに少し苦労はあったものの、誰にも見つかる事はなかった。
しかし、だ。
その場所はお屋敷内の私の部屋と、正反対の方角にある。
つまり使用人用の部屋が多く立ち並ぶ場所なのだ。
そして時間は既に日が登って、少し経過している。
もう使用人は起きている時間だろう、それでもその中に突入する!
…などというわけにはいかない。
非常に悩ましい問題だ。
このまま湯浴みをしないということも、選択肢にないわけではない。
だが、汗でぐっしょり濡れた背中に綺麗な服を着たところで、また新たな服が犠牲になるだけ。
この不快感を拭うことすら叶わないのだ。
私は部屋の中をペタペタと歩きながら、ああでもない、こうでもないと頭を悩ませていた。
すると、コンコンコンと部屋の扉がノックされる。
昨日はすぐに入るよう促していたが、今の下着が張り付いたような姿で、軽率に入室させることもできない。
「…どなた?」
まずは、そう問いかけてみることにした。
扉の先から返ってきたのは、低く落ち着いた声だった。
「おはようございますロベリアお嬢様、セバスでございます。」
思わぬ声の主に、私はつい驚く。
セバスは執事長だと言っていた、重要な話かもしれない。
私は咄嗟に布団を被って、なんとか取り繕おうと試みた。
「入っていいわ、どうぞ」
「失礼致します」
そう言い、入ってきたのは確かにセバス本人であった。
しかし背後に、ジェシーと二人のメイドを連れてきている。
「重ね重ねとなりますが、昨日の私めの無礼、誠に申し訳ございませんでした。お嬢様のお言葉を胸に刻み、このセバスめ、この度しかと愚考させて頂きまして…」
礼をしたセバスは、顔を上げて私を見るなり、ハッとした顔で言葉を止めた。
そして華麗なターンで半回転し、私に背を向ける。
その急な動作に、背後のメイドたちも驚いている。
「主に背を向ける非礼、どうかお許しください。現在のロベリアお嬢様は、湯浴みが必要なご状態にあると思い、そのようなレディのお姿を私の目に入れない為の処置にございます」
…驚いた。
頭から布団を被っていたのに、顔を上げた一瞬で見抜いたというのか。
「セバス、どうしてそう思ったの?」
「はっ。僭越ながらご説明差し上げます。頭から布団を被って応対する必要性はお嬢様ご自身にはないと考えましたが、そのお髪に汗が滲んでいる事をお見受け致しました。これより先は私めの推察となってしまいますが、おそらく衣服にも汗が染み込み、乱れた状態にあるのではと愚考致しました次第です。」
「…本当に驚いたわ。大正解よ、セバス」
「恐縮でございます。これしきの事、察せぬ様ではこのお屋敷の執事長など務まりません」
そのやりとりを目にし、メイドたちはソワソワと目配せを始めている。
「ホレ、しゃんと立ちなさい」
セバスがそう言って手を叩くと、メイドたちの背筋が伸びる。
「まずお連れ致しましたこのメイドらは、立候補があった上、私めの指導下にある者でございます。今後はこの者らをお使い下さいませ。お嬢様のお気に召さなければ、人員を変えて頂いても構いません」
「皆、ロベリアお嬢様にご挨拶を」
セバスに促され、彼女らは順番に礼と挨拶をする。
「ひ、引き続きお嬢様のお世話を担当させて頂きます…ジェシーです」
「お嬢様のお話はかねがね伺っておりました、お仕えできること光栄でございます。私カミラと申します」
「昨日はお見事でございました、思わず感動致しましたの。私はローラですわ」
緑髪の少女、ジェシー。
ふっくらした老婆、カミラ。
赤目の女性、ローラ。
大雑把に覚えるのなら、こんなところだろうか。
「ありがとうセバス、今のところは問題ないわ」
「それは何よりでございます。では私めはこれにて失礼致しますので、ジェシーらに何なりとご命じ下さいませ」
そう言うと、律儀にも背を向けたまま礼をし、彼は立ち去っていく。
残されたのはメイド三人と私。
命じる…と言われても、まず最初に何を言うべきか。
そう考えていると、ローラがソワソワとした様子で声をかけてくる。
「それではお嬢様、湯浴みに参りましょう?」
「確かにそうしたいけれど、出来る場所が…」
「何を仰いますか!お隣のお部屋に準備がございますよ」
「えっ?」
昨日見た時は、隣の部屋は物置同然だったはず。
そんな、湯浴みの準備があるなんて…
「そ、そうですよお嬢様!ジェシーたち、昨日から準備していましたから」
「ええ、ええ。セバス殿のご意向で、既に準備させて頂きました」
「行きましょうお嬢様!!」
「わ、分かったわ、行くから…」
メイドたちは三人揃って、私に詰め寄ってきた。
それに圧倒されて行くと言ってしまったけれど…そもそも湯浴みの準備は時間がかかりそうなものだが…。
「さあさ、行きましょうねえ」
カミラに背を押され、私は部屋の外へと追いやられる。
おばあちゃんみたいに見えるカミラだけど、とっても力持ち…?
いや、私にはまだ筋力がない上、軽いだけか。
私は新任のメイドたち三人衆に、あれよと言わぬ内に湯浴みへ強制連行されることとなった。
確かに湯浴みはしたかったけれど、まさかこんな展開になるなんて…
「「「さぁお嬢様、こちらですよ!!」」」
「ちょっと!行くからあんまり押さないで!!」




