<第13話> お嬢様と、青い薔薇。
ニマ・ローゼの大成功に、ローレンスとアベルはまるでお祭り騒ぎといった様子。
高い高いと中に持ち上げ、そのままくるりと回り、ジャンプまでする。
喜ばしいことはいいのだけれど、これは少々はしゃぎすぎだ。
いつかアベルが吹き飛んでいってしまいそうで、側から見ていると不安になる。
しかし水を差すわけにもいかない、どうしたものか…。
しばらくそうしてはしゃいでいた二人だが、アベルは側から見ている私の目線に気が付いたらしい。
ハッと表情を変えると、ローレンスに向かって言葉を投げる。
「ローレンスさま!ぼく大事なことわすれてた!!」
「大事なこと?どうしたんだい、アベル」
そう言うと、ローレンスはようやくアベルを地に降ろす。
しばらくぶりの大地に少しよろめきながら、アベルは一際大きなニマ・ローゼの花の元へ向かっていく。
そしてポケットからハサミを取り出すと、その花を指差し、ローレンスの方を向く。
「あぁ、アベル。姉君に贈り物…」
そう言葉を投げかけたローレンスだったが、その間にアベルは彼の手にハサミを握らせていた。
それにローレンスは驚いたようで、反応が遅れたばかりに、半ば押し付けられたような形になっている。
「…アベル?僕にくれるのかな?まさか…」
「ローレンスさまが、やるの!」
自信満々でそう言い切るアベルの前で、ローレンスは何かショックを受けたような顔になっている。
正直私も自分にくれるものだと思っていたものだから、少し驚いている。
「本気かい?アベル?」
動揺しながら、アベルに許しを乞うように伺いを立てる。
「もっちろん!ほんきのほんきだよ!!」
どうやらアベルは譲らないようだ。
ローレンスもそれを察したようで、一際大きな花の元へと足を向ける。
「アベル、キミ分かっててやってるだろう…?本当にいいんだね?」
「いいったらいいの!オトコギだよ、オトコギ!!」
「男気ねぇ…僕には向いていないよまったく…」
もはやローレンスは小さなアベルに言われるがまま、メソメソしながら一輪の花を摘み取る。
一体二人は何をしているのやら。
アベルは本当にローレンスの弱点を握っているんじゃないだろうか。これは。
しかし男気なんて言葉がこの世界にもあるのかという事実を知り、私は前世の懐かしさに耽っていた。
「…ロベリア、嬢。こちらを…」
唐突な呼び掛けに私は振り向く。
そこには膝まづき、一輪の青薔薇を私に捧げる、ローレンスの姿があった。
彼は頭こそ地面に伏せているが、その体はしっかりこちらに向いている。
第一王子に膝をつかせている状況。
あまりにも突然で、衝撃的な光景だった。
私はつい動揺してしまう。
「ろ、ローレンス様?こちらは一体…」
「…受け取ってはもらえないだろうか」
そう言って、彼は顔を上げる。
その顔は、そのベビーブルーの瞳は、潤んで震えていた。
まるで捨て犬が「拾ってください」と訴えかけているかのようだ。
これを受け取らないわけにもいかないだろう。
何よりこうさせたのは、おそらく弟のアベル。
その上で姉である私が反故にするわけには…。
当のアベルはというと、後ろで目を光らせ、無言で見守っている。
この青薔薇の行く末が気になるのかもしれないが、それなら自分で渡せばいいものを。
私は覚悟を決め、ローレンスに言葉を返す。
「有り難く頂戴致します、ローレンス様」
それを聞いた彼は、次第に顔を緩め、綻ばせる。
ホッとしたような、それ以上に喜ばしいような、温かい感情を表情から感じる。
そんな顔をされては、こちらも嬉しくなるというもの。
たぶんこの対応で…合っていたはず。
そう思っていると、いつの間にやら、近くに来ていたアベルに抱きつかれる。
「よかったね、おねーさま!ローゼとってもお似合いだよ」
とても満足げな声で、私にそう言う。
「アベルが渡してくれても良かったんじゃないの?そもそも、ローレンス様がいたのだって、偶然だったじゃない」
「ううん。ローレンスさまは、おねーさまにわたすのがお似合いなのー」
そう言われたローレンスは、恥ずかしそうに頭を撫でながら立ち上がった。
「ハハ…アベルにそう言われると、困るなぁ。ちゃんと内緒にはしてくれるんだよね?」
「うん!するよ!」
「一体何が内緒なのかしら?」
そう私が口を挟むと、ローレンスはギクっとした様子を見せる。
「い、いやぁ。一体何のことだか…僕には…そ、そろそろ僕はお暇しようかな!?」
また声が少し裏返っている。
どうやらこの人は、動揺を隠すのが上手くないようだ。
だが空を見れば、青かった空が赤みがかり始めている。
確かに、今日は全員帰路についた方が良さそうだ。
「時間も時間みたいね、今日は解散にしましょう」
「えー?もう?」
アベルは残念そうにする。
それでも頭では分かっているのか、元来た道へ足を向けていた。
「それではローレンス様、ご機嫌よう。頂戴したお花は大切にいたしますわ」
「そ、そうかい…ありがとう、ロベリア嬢。アベルも、ありがとう。また二人と会える日を楽しみにしているよ」
「ぼくもだよ!またあの…ふるーと?だっけ、してね!」
「あら、それでは次にお会いした時、私は教わろうかしら」
「えー!?おねーさまだけは、ずるっこだよぉ!!」
私とローレンスは、また駄々をこねるアベルを見て、顔を合わせて笑ったのだった。
そうして礼をし、手を振り、私たちの庭園探索は終わった。
元来た道を戻りながら、私はアベルとお喋りを楽しむ。
また二人で手を繋ぎ、お屋敷の建物へと向かう。
彼は本来、両親に私と会うことを禁じられている。
ローレンスだけでなく、アベルにだっていつ会えるのか分からない。
だからせめて、この帰り道を満喫することにした。
「ねえアベル?」
「どうしたの、おねーさま」
「そういえば、私の部屋に来た時に持っていたウサギさんは?いつの間に落としたの?」
「ジャックはね、おねーさまのおへやで、おるすばん!」
「お名前はジャックっていうのね、でもどうして私のお部屋でお留守番なの?」
「それはねぇ、ぼくがおねーさまのおへやに、もう一回行けるからだよ!」
「あら、アベルったらずるっこしてるじゃないの」
「そ、そんなことないもん!!」
そんなくだらない話をしては、お互いの顔を合わせる。
そしてフフッと笑い合う。
なんともない、特に意味もない時間。
でもこの時間は、確かに暖かいものだ。
ルリは何も言わないけれど、この暖かさが伝わっているといいなと思う。
建物に辿り着き、埃っぽい廊下を歩く。
その間も、二人で話し、笑い合う。
すれ違う使用人に幾度笑われたって、今は関係ないというように笑うのだ。
しかし楽しい時間は、いつか終わりの時が来る。
気が付けば、帰路はあっという間にゴールが見えてしまった。
そう、私の部屋に着いたのだ。
私はその扉をゆっくりと開き、繋いだ手を離して、この帰路を終えた。
私が部屋の扉を開くと、アベルは小走りで入っていった。
質素な部屋にトタトタと、軽い足音が響く。
アベルの言葉の通り、ウサギのジャックは私の部屋の椅子に座していた。
「ただいま、ジャック!」
アベルはそう声をかけ、ウサギのぬいぐるみを抱き上げる。
先程自分がローレンスに抱き上げられていたように、高く持ち上げてはクルクルと回る。
少し前の出来事が思い出されるようで、思わず笑みが溢れる。
アベルが振り返るが、彼にはなぜ笑っているのか、見当が付かないという表情を浮かべていた。
アベルは、膝の上にジャックを乗せ、今度は自分が椅子に座る。
そしてこっちを見て、コロコロと笑う。
その嬉しそうな笑顔のまま、テーブルに頬杖をついて、私に語りかけてくる。
「ねえねえ、おねーさま」
「どうしたの、アベル?」
「おねーさまって、ホントーにおねーさま?」
一瞬、息が凍る。
何が、え?一体、どういう意味で。
まさか私が、転生者だとバレた…?
「…私は私よ?」
咄嗟に取り繕う。
何か、失敗した?何を?
え、どこから???
「…そっか。それならいーんだ」
アベルは納得したように、笑みを和らげる。
「だっておねーさま、ずっとぼくがきらいって言ってたから」
「今日がぜーんぶユメだったら、いやだなぁって思ったの」
アベルは足をブラブラさせながら、言葉を続ける。
「おねーさま、おててにぎって?」
少し悲しそうな、寂しそうな顔で、両手を前に差し出す。
…私がロベリア様じゃない、という意味ではなさそうだ。
この子は、やっと姉と仲良くできた今日という日とお別れするのが、怖いのかもしれない。
「ええ、もちろん構わないわ」
私はそっと優しく、自分の手を、アベルの小さな手に重ねる。
小さいけれど、確かに暖かい手だ。
今日はどれだけ、この手に救われたことだろう。
どこにも行けないカゴの中の鳥になってしまった私を、救い出してくれたのはこの手。
セバスやガードナー、ローレンスと話せたのも、この手のおかげ。
他ならぬ、アベルの手のおかげだ。
優しく大切に、手を撫でる。
するとアベルは、声にならない音を上げて、手を一瞬引っ込めようとした。
私はそれを見逃さなかった。
「…アベル、手を見せてくれる?」
私がそう言うと、アベルは少しもったいぶる。
「んー…分かったぁ」
そう言って、私の方へ再度手を差し出す。
その手をひっくり返してよくよく見れば、指先が僅かに赤く濡れていた。
「…ニマ・ローゼ?」
静かにそう聞くと、アベルも静かにコクリとうなづいて返事を返す。
私は手元を漁り、ある物を取り出す。
そしてアベルの指に、それを巻いてやる。
「それって、おねーさまがもらった…」
そう、ガードナーから貰った絆創膏だ。
剥がれないように、丁寧に扱う。
「いいの?おねーさまにって、もらったものだよ?」
アベルは不安そうに言う。
「いいのよ、私がこう使いたいのだから」
「ほら、できた。ジャックのお友達がいっぱいで可愛いじゃない」
私の言葉を聞いたアベルは、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
そんな彼をそっと抱きしめてあげる。
「大丈夫、また一緒に遊びましょう。女神様に誓っても、約束よ」
アベルはポロポロと、堪えきれなくなった涙を溢れさせる。
「お姉様はアベルの味方よ。だから今は、泣きたいだけ泣きなさい」
私はアベルの小さな体を優しく抱える。
年相応に、アベルはわんわんと泣き声を上げた。
この小さな背中はどれだけの重責と不安を背負い、この小さな手はどれだけのものを繋いだことだろう。
大切に撫で、言葉ではなく、態度で示す。
「もう一人ではない」と。
きっとこの子は、今後も私の為に、両親や使用人と対立することもあるだろう。
私、ロベリアは、ずっとそれを知った上で、この子を拒絶し続けてきた。
でもそれは、もうお終い。
これからは仲良く一緒、その気持ちに応えられる様な味方になろう。
アベルに伝わっているかは分からない。
けれど、それも今は重要じゃない。
私が私の心のうちで、決心することが重要なのだ。
そうして、アベルが声を涸らし、しゃくりあげる音だけが響く時間が過ぎていった。
もう窓からは明かりが差してこない。
だいぶ時間が経ってしまったみたいだ。
アベルは小さな声で「もう大丈夫」と言う。
赤く泣き腫らした顔で、微笑みながら。
「ねえ、おねーさま」
「どうしたの、アベル?」
「ニマ・ローゼにはね、わたした人とわたされた人の縁がつながりますようにって、おねがいがあるんだよ」
「ナイショだよ」
それだけ言うと、椅子から立ち上がり、部屋の扉へ駆け寄っていった。
「またね、おねーさま」
手を振り、ジャックと共に部屋を去っていく。
部屋に残されたのは、私と、静寂と、青いニマ・ローゼ。




