<第12話> お嬢様、弟と王子殿下と庭園を探索致します。
アベルの唐突な提案。
それは「庭園探索に第一王子も参加しないか?」というもの。
姉である私は内心ヒヤヒヤ、背中は冷や汗ダラダラといった心境である。
そもそも、ローレンス様がここにいる理由も聞いてないのに!
お忙しかったらどうしようとか、いやいやその前に不敬じゃないかとか…
どうしたらいいの、この状況!?
まずはお伺いした上で、謝罪をするべきか…
そう思った私は、ぎこちない笑顔で、恐る恐るローレンスの方を見る。
しかし彼は、意外な表情をしていた。
その頬は、仄かに朱く染まっていた。
そしてその瞳を、静かに輝かせていたのだ。
「あの…ローレンス様?」
「ほぇ!?え、あ、行きます!ぜひ僕もお供させて下さい!!」
(…えぇっ!?)
危ない危ない。
あまりに意外な返答に、つい驚きの声を上げてしまうところだった。
それにしても…想定外に彼は乗り気だ。
忙しいとか不敬だとかは、全然問題なかったらしい。
その辺りは良かったと思うが…そんなに我が家の庭園が気になるのだろうか?
「じゃあ一緒に行きましょう!おてても繋いで!!」
「「はい???」」
弟よ…まだ、まだそんな隠し球を持っていたのか…
そんなこんなで、私たちは庭園を歩いていた。
アベルを中心に、三人で手を繋いで。
ローレンスはというと、ぎこちない様子でアベルの隣を歩いている。
第一王子をここまで振り回すとは。
私の弟は将来大物になるかもしれない…
いえ、お付き合いさせて申し訳ございませんローレンス様…
私は胃が痛くなりそうで仕方がないというのに、アベル当人は満足げで上機嫌だ。
今までで一番軽いんじゃないか?
そう思うような歩みをトテトテ進めていく。
私とローレンスはといえば、無言でアベルに連れられて歩いている。
ローレンスもあんなに食い気味でついてきたのだから、正直なところ少しは話してほしい。
しかし今の彼は、ぎこちなく歩くことで精一杯な様子だ。
乗り気でついてきたのに、どうしてだろうか…。
そんな私たちをお構いなしに、アベルはとんでもないことを言い出す。
「ローレンスさまってやっぱり、おにーさんってかんじ!ぼくにもおにーさまがいたら、こんなかんじだったかな?」
私、絶句。
ローレンスに対して、その話題は禁句では!?
もはや隣を伺う勇気すら出ない。
「僕は、優秀な兄ではないから…きっとアベルの期待には沿えないよ」
あれ?意外と…話してくれてる?
「ユーシュー?とかってむずかしいけど、ぼくにとっては、やさしくてカッコいいおにーさんだよ!」
そう言われると、ローレンスがフフッと笑ったのが聞こえた。
「そっか、ありがとうアベル。これからもそういられるように頑張るよ。」
「うん!ずっと仲良しでいようね!」
「約束するよ、きっとずっと、アベルと仲良しでいるって」
「やったぁ!うれしーなー」
幼い子と話すのが上手な人だ、アベルはすっかり上機嫌になっている。
…というか、普通に話してる!?
あれ?さっきまでのどもっていたローレンスは、一体…?
「ローレンス様はお話がお上手でいらっしゃいますね」
「ふぁい!?えっ、あの、ありがとう、ございます…」
…どうして?
えっ、私と話すと…緊張するの…?
ああ、もしかして…
「少々不躾かと思いましたが、もしかして、ローレンス様は私が苦手でいらっしゃいますか…?」
よく考えてみるべきだった。
アベルこそ、そりゃもう可愛い天真爛漫な幼な子だが、一方私は?
そう、『災厄の悪魔』と外見的特徴が一致している…悪魔のような女だ。
いくら幼馴染みと言えど、言わないだけかもしれない。
ノワゼットだって内心では嫌っていた。
描写こそなかったけれどローレンスも、不器用で隠しきれていないだけで、怖かったり嫌いであったりするかもしれない。
今日は可愛い弟アベルに連れられた先で、自分の味方だと言うガーデナーに出会ったりと、ちょっと調子が良すぎた印象もある。
もっと他者に配慮して行動するべきだったか…
そう反省していた時、ローレンスが重たい口を開く。
「ロ…ベリア嬢を嫌う理由は、僕に、ありません。苦手、なのは貴女との会話、で…」
「…私と話すのが怖いのですか?」
「そう、ですね…正直に、言えば、少し不安に、なるんです…嫌われ、ないかって…」
これまた意外な回答だ。
幼馴染みとはいえ、私からの評価を気にしていたのか。
いや、でも…
「アベルとは、普通にお話しされてましたよね?」
「アベルは…その、別、と言いますか…」
まぁ確かに、アベルは適当な理由で人を嫌うような子ではなさそうだ。
それに加えて、まだまだ幼いというのもあるかもしれない。
話しやすさで言えば、アベルに軍配が上がるのも納得だ。
私が一人で納得していると、アベルが割って入ってくる。
「ぼくとは別だもんね、だってローレンスさまは…」
アベルが何かを言いかけたところで、今度はローレンスが大声で割り込む。
「あ、アベル!!目的の場所ってもう着くかなぁ!?」
突然の大声に驚いた私は、アベルの言葉の続きを聞きそびれてしまった。
アベルったらまさか、第一王子の弱みでも握っているの…?
一方でアベルは、特に気にも留める様子もなく、コロコロと笑っている。
「うん、あそこにお花があるんだ!」
そう言い、笑顔で前方を指差す。
もう少し歩けば目の前、庭木のようだが花が咲いている。
あれは…?
「ガードナーにたのんだんだよ!ぼくの自信作、すっごいでしょー?」
そう言って、自慢げに鼻を鳴らす。
すると花を見たローレンスが、口を開く。
「これは…ニマ・ローゼだね。こんなに見事に咲いているのは、王宮でもなかなか見ないよ。」
ニマ・ローゼ?
女神の名前を冠する花ということは、この世界のものなのだろう。
その形は高芯咲きの薔薇だ。
しかし驚いたのはその色、アベルの煌めく青い瞳のような、真っ青な花だったのだ。
前世の世界でも、ブルーローズという品種はあった。
花弁を青く染め上げる技術もあった。
しかし庭木の薔薇が、ペンキで塗られたような色であるところは見たことがない。
私は息を呑み、ニマ・ローゼを見つめる。
自然に三人は互いの手を離し、その花々に近付いていく。
吸い込まれるような魅力がある、不思議な花だ。
アベルはそんな中、小さな胸を張って、上機嫌で話を続ける。
「これはね、ぼくの〝魔力〟がこもってるんだよ!」
「アベルの魔力?」
魔力が込められているとは、どういう意味だろう。
そう思っていると、ローレンスが花を見つめたまま、言葉を紡ぎ始める。
「…ニマ・ローゼはまず、咲かせること自体が難しい花だ。他の花々より慎重に手入れをしなきゃいけないってところもあるけど…毎日欠かさず一定量以上の魔力を与えなきゃいけない」
「そして花が咲く頃には、与えられた魔力の色に染まっていく。だからこのローゼは、アベルと同じ瞳の色をしているわけなんだけど…どうして緑色が混じっていないんだい?」
その言葉を聞き、アベルは待ってましたとばかりに応える。
「みどりはね、葉っぱにあげたんだ!それでお花にだけ、あおをあげたんだよ!」
そう言われてみれば、葉の部分も色は濃くパッキリとした緑色。
アベルの瞳と見比べてみれば、どうやら同じ色をしている。
ペンキで塗られたようだったのは、この庭木全体だったわけだ。
「アベルったら…すごいじゃない」
素直に感心していると、私の横ではローレンスが、慎重な面持ちで俯いていた。
どうしたのかと思えば、何かをブツブツと呟いている。
何か気になることでもあったのだろうか。
「…ローレンス様?」
そう声をかけても反応がない。
私は彼の視線の先で、手をヒラヒラと振ってみる。
すると、ローレンスは弾けたように顔を上げた。
そしてそのまま、アベルの方を振り向く。
「アベル!それは一人でやったのかい!?」
そう言われたアベルは、少しだけ驚き、首を横に傾げる。
「えっと、そうだよ?お花のお手入れはガードナーにしてもらったけど、魔力はぼくだけで…」
それを聞いたローレンスは、アベルの肩を勢いよく掴む。
「やるじゃないか!!二種の魔力を一人で込めた例なんてなかなか聞かない、アベルは天才だ!」
「ぼく天才?やったぁー!」
アベルが天才?
確かに花は綺麗だけれど、どこからそう思ったのだろう。
「ねえローレンス様、どの辺りが天才って思った箇所なのかお聞きしても?」
「ああ、構わないよ!まずこのニマ・ローゼは〝無詠唱〟で大量の魔力を注がれないと発芽しない、『魔法の花』なんだ。まずそれを自分の保有魔力量の半分以下でやってのけたんだ。アベルは綺麗なオッドアイだから、10歳の適性検査を受けなくても、最低二種類の魔法適性があるはずだ。もしかしたらさらに複数の属性に適性がある可能性がある。けれど魔力の色は保有魔力量の中でも均一じゃない、全部が違う色なんだ。それを緑一色、風魔法力だけで発芽まで育て上げただけでも偉業と言えるよ。でも本当に凄いのはこの先で、アベルはこの庭木のどこにどの魔力を送るかまで操作したってところ。魔法はイメージの世界だ、だからイメージすればできる、けれど庭木の中で花と他を分けるなんて緻密な操作を、たった3歳でやってのけたんだ!これが天才以外のなんだって言うんだ!!」
ローレンスは怒涛の勢いで、そう語る。
『魔法』を操る技術、それはイメージ力が主だというのはゲームで知っている。
その中でも、〝無詠唱〟と、〝略式詠唱〟の詠唱方法がある。
略式詠唱が存在するのは、魔法の発動イメージを固定化するため。
無詠唱では、具体的なイメージがないと発動できないと言う欠点があるからだ。
例えるなら、車の構造を知っていないと、無詠唱では、車は現れない。
しかし精密に構造をイメージできるのであれば、車が現れる…といった具合だ。
今回の場合に例えるのであれば、花と他とを分けて魔力を注ぐのであれば、庭木の血管…葉脈への作用を指定しなければならないのだ。
加えてアベルの瞳は、両眼共に瞳の色が濃い。
魔力測定をするまで、正確なことは分からないが、水属性と風属性の高い適性があると推測は出来る。
その魔力保有量が、それぞれどの程度かは分からないが…ローレンスがここまで語り出すほどのものではあるのだろう。
そう考えると、確かに天才と言うのも納得できる。
前世の知識がある私でも、できるか怪しい範囲だ。
だが…
私は背後の光景を見て、溜息を吐く。
興奮したローレンスに、アベルが両脇を抱えられるように抱き上げられ、高い高いをされている。
二人とも大層上機嫌なのはこの際喜ばしいこととしよう。
ただ二人はそのままの体制でくるりと回ったり、ジャンプしてみたり、大はしゃぎだ。
これは…一体いつ落ち着くのだろうか…?




