<第1話> お嬢様、この世を退場致します。
ああ、眩しい。 私はきっと、助からない。
白飛びした視界のその中心には、光と同時に巨大な影があった。
大型トラックがヘッドライトを向け、近付いて来ているのだ。
当の私は、道路へ投げ出された姿勢のまま、立ち上がれないでいる。
この距離では、もう助からないのは明白だった。
私、小鳥遊雅は、一大企業の一人娘として、この世に生を受けた。
これだけ聞いたら、きっと勝ち組だという自己紹介に聞こえることだろう。
しかし私は、自分が勝ち組だったとは思っていない。
私は幼い頃から、企業令嬢として厳しい環境に置かれてきた。
教養を身に付ける事は勿論として、交友関係にまで制約を受けていた。
家庭教師を置かれ、監視され、多くの習い事をこなしてきた。
しかし家柄を重んじる者であれば、将来を憂う者であれば、このくらいは当然かもしれない。
私には、これ以上に気に掛かることがあった。
ハッキリ言うと、私は名前に見合わない容姿だった。
…醜かったのだ。
重たい瞼に、平たい鼻が付いていて。
体型こそは体重制限を頑張ったものの、身長は低くって。
名前通りの見目を期待されていたのは、知っていた。
しかし、努力でどうにかなるものではなかった。
両親はモデルにこそ劣るものの、それなりの整った顔立ちをしていた。
お父様に似れば格好良く、お母様に似れば麗しくなったことだろう。
しかし私は、そんな二人のどちらに似ているとも言えない容姿だった。
寝静まった頃にたまたま、両親が珍しく喧嘩していたのを見たことがある。
「私たちのどちらにも似ていない」
「本当は誰の子供なんだ」
「私だって知りたいくらいだ」
そんな、内容だった。
後にDNA検査までして、二人の子供であることは証明された。
しかし、誰一人として納得できたものではなかった。
両親は諦めた様な、苦虫を噛み潰した様な顔をしていた。
私も私で、どうして二人に似なかったのだろうかと、嘆かわしい気持ちだった。
お金はあったものの、両親は整形手術には反対的だった。
「見た目を偽るのか」
「そんなもの、誠実ではない」
とまで言われたこともある。
その言葉に、私は何も返せなかった。
結果として整形手術は諦め、私は次第に鏡を避ける様になっていった。
そんな私でも、将来は家の為に結婚をする。
数こそ少ないが、告白された事はある。
だが私の家柄であれ、内面であれ、私の何かを認めてくれた告白を、断ってきた。
家の為だった。仕方のないことだった。
友人と呼べるかは分からないけれど、共に過ごした人たちも、私の家や容姿の恩恵を受けたいだけ。
企業令嬢の友人という肩書き、自分の容姿を際立たせる存在が欲しかったのだろう。
許された交友関係の中ですら、そんな人達しかいなかった。
そうして過ごした中で、高校生の頃に婚約者が決まった。
人当たりの良さそうな印象の男性で、安心していた。
家柄も良く、いつもこんな私を気遣ってくれていた。
そんな彼に、両親も結婚を後押ししてくれた。
幸せな結婚生活が待っている。
そんな風に思っていた。あの頃は。
彼には、別に愛する人が居た。
黒髪の美しい、見知らぬ女性が彼と手を組んでいたのだ。
それは結婚する少し前に、分かったことだった。
彼は女性の存在を知られても、何とも反応を見せなかった。
まるで私は、空気のように、知らないフリをされた。
彼の人が良さそうに見えた態度は、私の両親に取り入るためだけでしかなかったのだと、静かに理解した。
それでも、家の為の結婚を破談にする勇気が無い私には、何も出来なかった。
心を許せる人が、居なかった。
心を許せる場所が、無かった。
それでも私は、笑顔を取り繕って生きてきた。
笑顔を取り繕えたのは、あのゲームのおかげ。
私の孤独感を埋めてくれたのは、とある一本のゲームだった。
乙女ゲーム『魔導学院と王子様』 通称:まどプリ
魔法が存在する、洋風ファンタジーな世界。
その中心にある魔導学院で、タイトルにもある、王子様やその他のイケメン攻略対象と恋愛をするものだ。
正統派イケメンの第二王子、知識に長けるハンサム眼鏡、相棒は妖精の脳筋青年、魔法に愛されたオッドアイ少年など…
様々なキャラクターが登場し、どのキャラも人気の高いゲームだ。
恋愛ゲーム、乙女ゲームなだけあって、それだけキャラの魅力に溢れていた。
そんな中で、私は悪役令嬢ロベリアに憧れていた。
テンプレよろしく、ヒロインの恋路を阻む令嬢。
しかし彼女は私とは違って、出立ちが美しく、思ったことをズバリ言ってのける。
その姿に、魅せられていた。
作中では自由奔放で非道な悪役として描かれていたが、それでも『悪の華』と言えるような姿に、強く惹かれたのだ。
攻略対象を相手にする時よりも、胸が高鳴って止まなかった。
彼女の一挙手一投足から、目が離せない。
いつしか彼女は、私の人生で唯一『推し』と呼べる存在になっていた。
同じく令嬢と呼ばれる私も、彼女のように生きられたら、もっと人生が楽しかったかもしれないとさえ思った。
もっと知りたい、もっと見たいと、気が付けばゲームを何十周とプレイしていた。
ーそこにあった事実は、残酷なものだったが。
けれど私は、死にたかったわけじゃない。
今日はまどプリの最新作、続編を買ってきたところだったから。
ダウンロード版もあったのに、パッケージ版を買いに行ったのは、早く実物をこの手に収めたかったから。
発売決定からすぐに予約して、店頭まで買いに出たおかげで、1日フライングで入手まで出来たっていうのに。
これは私の、かけがえのない生きがいで。
これをプレイ出来ないで、私の人生は、終わるのか。
死ぬ前に、最新作もプレイしたかったな。
もっと、彼女が生きた世界を知りたかった。
…でも既にそれは叶わぬ夢。
一体誰が、信号待ちの私の背を押したのだろう。
視界の端に、今や見慣れた黒髪が映った様な気がした。
いや、もはやそれも、どうでもいいことか。
自分の死を理解した私は、
眩しさから逃げるようにして目を閉じた。