友人が俺のために描いた漫画が、間違いなく漫画の歴史に残るんじゃってくらい面白い
ある日、友人が突然こんなことを言ってきた。
「漫画描いたんだ。よかったら、見てくれないか?」
場所はカフェ。俺は思わず耳を疑った。
元々漫画家を目指してるような奴だったらともかく、そんな素振りもなかった奴から、こんなことを言われたら誰だって面食らうだろう。
「なんでまた?」
俺が聞くと、
「お前って漫画好きだろ? だからお前を楽しませるために、漫画を描いてみたんだ」
「はぁ……」
確かに俺は漫画好きだ。
購読している漫画雑誌は三冊あるし、単行本も結構買ってる。流行りの漫画、古い名作も、だいぶ読んでいる方だと思う。
今はアプリもあるから、スマホで一日漫画を読んで過ごしてた、なんてことも珍しくない。
とはいえ、俺以上の漫画オタクなんていくらでもいるだろうし、俺の漫画好き度はせいぜい“人並み以上”ってところだとは思うけど。
俺としては「素人の漫画なんて……」と思うところもあるが、友人との関係を壊したくはない。断る理由はなかった。
「別にいいけど」
友人はさっそくバッグから茶封筒を取り出した。
おいおい、原稿に描いてきたのか。本格的だな。
「ドキドキするなー」
友人ははにかみつつ、俺に原稿を差し出す。30ページか40ページぐらいはありそうだ。
「楽しみだよ」
俺も愛想笑いをする。
原稿を受け取ると、俺は心の中でこう決意する。
つまらなくても、褒めてやろう――
初めて描いた漫画が面白いわけないし、先ほども言ったように友人関係を壊したくない。
どんなにつまらなくても、拙くても、いいところを見つけて褒めてやろう、と決めた。
厳しくするのは、友人がもっと描いてからでいい、と思った。
さて、お手並み拝見……。
「……!」
第一印象は「絵、うまっ!」だった。
こいつ、こんなに絵が上手かったのかよ、知らなかった。
流行りの絵柄を取り入れつつ、友人のオリジナリティもあって、独特な魅力のある絵柄に仕上がっている。
俺はただの漫画好きで、偉そうに絵を批評する権威はないけれど、“プロ級”といっていいんじゃなかろうか。
とりあえず、これでひどい作品をいやいや褒めるということはなくなった。
次はストーリーだ。
1コマ、1コマ、丁寧に読み進めていく。
うん、面白い。面白くないか、これ。
ストーリーは王道なんだけど、設定は斬新で、一気に引き込まれてしまう。
展開には起伏があり、意外性もある。
主人公は応援したくなるし、ヒロインは可愛いし、敵はきちんと憎たらしい。
いや、面白いぞ、これ。俺が今までに読んできた名作たちと比べても遜色ない、と感じてしまう。
こいつ、今までこんな才能を隠してたってのかよ。
あっという間に全部読み終えてしまった。
「どうだった?」
友人が聞いてくるので、俺としては素直に答えるしかない。
「いや、面白かったよ……。すごい面白かった」
こういう時って逆に「こうした方がいいよ」みたいなアドバイスもした方がより“ちゃんと読んであげた”感が出るかもしれないけど、正直悪いところが見つからなかった。
俺なんかの意見を取り入れたら、確実につまらなくなる、と思えるほどに完成度が高かった。
「ホントか!?」
友人は喜ぶ。俺はうなずくしかない。
「実は続きの構想もあるんだけど、これからも描いてきていい?」
「もちろんだよ。是非読ませてくれ!」
こんな面白い漫画の続きを読まない手はない。
俺は喜んで快諾した。
***
それからというもの、友人は週に一度のペースで俺のために漫画を描いてきた。一話につきだいたい20ページ。
これは週刊連載のペースであり、アシスタントもいないのに、よくやってると思う。
それと、原稿をむやみに持ち歩くと汚したり折れたりしそうなので、俺からの提案でコピーしたのを手渡してくれるようになった。
肝心の漫画はというと、物語は加速度的に面白くなっていく。
絵も荒れるどころか、むしろ洗練されているように感じる。
こうなると、友人の漫画を読むことは俺の楽しみの一つになっていく。
「いいところで終わっちゃったな~、続きが気になりすぎる!」
「また来週にでも持ってくるよ」
「頼むよ!」
こんな会話もするようになった。
俺はすっかり友人の漫画のファンになってしまった。
だが、こんなレベルの漫画を読み続けていると、俺は当然こう思うようになる。
俺だけが読むのはもったいないよな――
例えば出版社に持ち込むとか、賞に応募するとかしたら、絶対結果を出せると思う。少なくとも爪痕は残せるはず。
それぐらいの作品なことは間違いなかった。
だからある日、こう提案してみる。
「なぁ、この漫画、出版社に持ち込んでみたらどうだ? そういうのが嫌ならネット上で公開してみるとか……絶対すごい反響あると思うんだ」
てっきりいい返事が来ると思ったが――
「いや、そういうことをするつもりはないんだ。この作品はお前のために描いてるから」
「そっかぁ」
どうやら漫画で一攫千金、みたいなことは考えていないようだ。
まあ世の中、金儲けがしたい、チヤホヤされたい人ばかりじゃないだろうし、無理強いするようなことじゃないよな、と思った。
しかし、友人の漫画はますます面白くなっていき、俺の中で「本当に俺だけが読んでていいのかな」という思いは強くなっていくのだった。
***
しばらく経ってから、俺は再び持ち込みやネット公開を提案してみた。
だが、友人は首を横に振る。
「お前のために描いてる作品だから……」
以前はここで説得をやめたが、今日はあえてさらに食い下がってみる。
「ようするに目立つのが嫌なんだろ? なら、俺が代わりにどこかで公開してやろうか? もちろん、それでいい結果が出たら、俺は何も要求しないよ」
心の底から、友人のことを思っての提案だった。
こんな作品が埋もれてるなんてもったいない。
絵もストーリーも、間違いなく漫画の歴史に残るレベルなのだ。
だからつい、俺はこう言ってしまう。
「お前の漫画のコピーは俺も持ってる。だから俺が勝手に公開しちゃおうかなー……なんて」
冗談のつもりだったのだが、友人の顔が一変する。
そして、一言。
「そんなことしたら、お前を殺すぞ」
無表情だったが、目は殺意でみなぎっていた。
友達同士でふざけ合って言う「殺すぞ」なんかじゃない。
本気の「殺すぞ」だった。
もし俺が今言ったようなことをやったら、こいつは俺を本気で殺す。どんな手を使っても、どこに逃げても殺す。そう確信できる目だった。どんな手段で身を守ろうと、無駄な気がした。
この怒りは、俺が友人の手柄を横取りしようとしてるとか、そういうことに怒ってるんじゃない。
俺はお前のために漫画を描いてるんだから、他の人間の目に晒すようなことをしたら殺す。そういう怒りだった。純粋に俺だけに読んで欲しいのだ。
俺は慌てて言いつくろった。
「悪かったよ! もちろん、そんなことしないって!」
「そっか、よかった!」
友人は普段のようなにこやかさを取り戻す。
しかし、そのことがかえって俺の中の恐怖心を高める結果となった。
***
あれからだいぶ経ち、俺と友人の関係は今も続いている。
週に一度、あいつは俺だけのために漫画を描いて、原稿のコピーを手渡してくれる。
絵もストーリーも、劣化するどころか、ますます進化してるといっていい。
「こう来たか~、今回も面白かったよ! 続きが楽しみだ!」
「ありがとう!」
あいつの作品は超がつくほどの傑作だ。
世に出れば、きっと漫画史に残るといっていいほどに。
だが、世に出すことは俺には許されていない。
時折、罪悪感で押し潰されそうになる。
こんな傑作を独り占めしてていいのかなって。
「殺すぞ」とは脅されてるけど、俺が命を捨てる覚悟さえできれば、この傑作を世に出すことはできる。
ウェブで拡散されたら、さすがのあいつもどうしようもないだろう。
俺はおそらくあいつに殺されるが、みんながこの作品を楽しめるようになる。
だが、そんなことしたら、俺はこの作品の続きを読めなくなるし、やっぱり命は惜しい。
だから今日も俺は、罪悪感を抱きつつも、あいつの傑作を一人で楽しむしかないのだった。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。