北壁の村 その1
――3年前、(ユーレシア歴1021年8月)
「レオン・エルウッド少尉、動くな、動いたら撃つぞ!!」
俺の背後に立った少年が言う。
「いいぞ、そのまま両手を上げて!!」と、その少年の傍らに立つ少女が言った。
「ゆっくりと10数えるから、そのままこっちを向け!!」と少年が、
「1・2・3……」ゆっくりと数を数える少女。
と、その時「バン!バン!バーン!」
「うわー、やられたー……」
「ダメだよ!レオン兄ちゃん、ちゃんと撃たれたら倒れないと!!」とゾリクが言う。なかなか要求が厳しい。
「そういうところがしらけるんだよねー、りありち―に」とゾリクの妹のトマ―。
「がっはっはっは、少佐様もお子様には形無しだなー」とのんきにその様子を見ていたベイル。
すると、「バン!バン!バーン!」とゾリクがベイルに向かって指鉄砲を撃つ。
「うぎゃーやられたー」ベイルはそう言ってから、空中で三回転半回ってから地面に倒れた。
「このくらいやらないとだめよ」とトマ―。
「レオンもベイルに倒れ方教えてもらっててね」とゾリク。
お前、最近、妙に軍服が汚れてたのはこのせいか?
ここは北壁の村、ソリル。
俺達は、最近この近辺でローレシア軍が散発的に軍事活動を展開しているという噂を聞き、辺りのパトロールに駆り出されていた。
もっとも、この北壁の周辺での、両国の軍事活動なんざ、千年前にローレシアとユーレシアが建国した当初からあったことだから今さらという感もある。
ただ、こちらもそれなりに警戒をしているというポーズを見せておかないと、万が一、大規模な軍事侵攻なんざあった日にゃ、この第五方面司令部の首が全員跳びかねない。
そういう理由もあり、俺達はこのソリル(タタール語で『流星』という意味)という名の村にここ数カ月駐屯しているのだ。
「というか、ホントにローレシアの野郎どもいるのかよ、こんな辺鄙な所に」とノエル。
「辺鄙な所で悪かったわね、嫌ならおうちに帰りなさいよ」とトマー。
「そもそも、ユーレシアの軍人さんがなんでわざわざこっちまできてるの?」とゾリク。
実は、このソリルという村はユーレシアの国には属してない村なのだ。
この北壁を中心に、このあたりの山岳地帯は、タタール自治区という国が収めていることになる。
もっとも、タタール自治区自体、ユーレシアとローレシアの両国の思惑で作られた国であり、緩衝地帯として存在する国でもある。
まあ、敵国同士が国境隔てて睨み合っているというのもなかなか精神衛生上よろしくないということであるし、このアルタイ山脈にそって、防衛のための軍隊を駐屯させていると両国の財政にものすごく負担が掛かるらしい。
上のお偉いさんたちの考え方はよくわからんが、ともかく、軍事衝突を避けるために俺達がここに派遣されたというのが本来の目的らしい。
まあ、戦争には金がかかるってのは昔から変わらない真理ってやつだな。
「ノエル、第一班の戻ってくる時間はそろそろか?」
ノエルは太陽の方角を確認して、
「偵察もかねてボクド山に行ってる連中はそろそろだね」
「明日はお前ら第二班の番だろ、準備はいいのか?」
「準備って言ったって、村の周辺をグルッと回って、辺りの様子を確認するだけだろ?」そう言いながらも弓矢の手入れ怠らないノエル。
もちろん全員に小銃は渡されているのだが、ノエルの奴は銃は音が煩いので、「こういう偵察任務には昔ながらの弓矢の方が都合がいいんだ」と自分の弓矢の腕を信頼している。
まあ、そう言ってくれるのは頼もしい限りなんだが……
すると、「第一班が戻ってきましたよー」と指令室とは名ばかりの掘っ立て小屋からナジームが出てきた。
肩に止まっているはクロウの奴か。大方、あのカラスがナジームに教えてくれたんだろう。
伝書バトというのは聞いたことがあるが、伝書カラスってのは奴が仕込んでいるの以外で見たことが無い。
空を見ると、今日も抜けるような青い空だ。
標高2000mを越えるこのソリルの村。
願わくば戦などとは関わりの無く、このまま時が過ぎ去ってくれればと、俺はその時思ったんだ。