エースの矜持 その4
翌朝、万全の準備をしてからフロア14に降り立った私達。左手に付けているデポウォッチ(グランドデポが出しているスマートウォッチ)で気温を計ると、マイナス20度だった。
ヤダヤダヤダヤダ、足元も雪と氷で覆われている。ベイルさんが言った通り、念のためと、冬山登山用のトレッキングシューズも買っておいてホント良かった。(実は昨日の買い物でこれが一番高かった)
キンキンに冷えたフロア14の階段を降りた瞬間、まるで、お約束のようにアイスウルフが物陰から飛び出して来た。
うわっ!防寒着着こんでるから身動き取りずらっ!!
不意を突かれて思わず尻もちをついた私を尻目に、普段着のままのエルウッドさんがパーティーの最前列に立つと、5匹で徒党を組んでいるアイスウルフに向かって指パッチン(フィンガースナップ)をする。
なにやってんすかエルウッドさん?
さっさとファイラでも唱えてよ……なんて思っていたら、その場でバタバタと倒れるアイスウルフ達。
そしてそのまま消えて行った。
パクパクパクと空いた口の塞がらない私を置いて、「うっひょー、流石はエルウッド、相変わらずキレキレだなー」と大はしゃぎのベイルさんと「久しぶりに見たなお前のそれ」とノエルさん。
えっ、えっ、えっ、何が起こったんですか?今……
すると、「今のはファイヤーシードと言ってファイヤーのさらに下の初級魔法ですよ」とナジームさん。
「えーっと、ファイヤーシードって、あの指パッチンで火花飛ばす奴?」って、僭越ながら私でもできる魔法だ。
「はい、それです」とナジームさん。
「で……でも、あんなん、マッチや100円ライターと変わんないじゃないですか?」(いや下手したらそれよりも劣るかも……)
そもそも、魔法の修行で一番最初に習う奴だし……系統関係なく。
「まあ、馬鹿とハサミは使いようってな」とエルウッドさん。
「はい!?」
と、その時、岩場の影に隠れていたアイスウルフの生き残りが……あっ、危ない!!
だが、エルウッドさんは全く慌てることなく、ノールックで飛びかかって来るアイスウルフに指パッチン。
その途端、勢いを無くしてバタリと倒れる。
「やーるねー、エルウッド」とベイル。
「さすが、スノードラゴン討伐で部隊長を務めただけはありますね」とナジームさん。
「えっ、えっ、えっ、今、何やったのこの人?ってかファイヤーシード自体全然見えなかったんですけど……」と、怪訝な顔してエルウッドさんを見てたら、いろいろ察してくれたのか、ナジームさんが説明してくれた。
「今のは、アイスウルフの脳幹にファイヤーシードを打ち込んだんですよ、エルウッドは」
「ハイッ?脳幹って、脳みその真ん中にある奴」と私はそう言って自分の頭を指さす。
「そうです。全ての生命活動をつかさどる脳幹の真ん中……ですよね」
「ああ、脳みそのど真ん中にファイヤーシードを打ち込むと、大体氷属性の生き物系だったら一発だ」と自分のこめかみを指さしてエルウッドさん。
随分と起用なんですね……ってか、怖っ!!
たしか、生物の授業で習ってけど、脳幹って針の先ほどの傷がついただけでも生命の維持が出来なくなるんですよね。そこにファイヤーシードとはいえ、脳幹を直接焼くんだ……火ぶくれを起こした程度でも十分致命傷には違いない。
「まあ、ゴーレムやアンデッド、ましてや炎系の魔物には全くのノーダメージなんですけどねー」とノエルさん。
「フンッ!」と機嫌悪そうに相槌を打つエルウッドさん。
なるほど、確かに。土の上にマッチ棒の火で炙っても何にもならないし、焚火の中にマッチ棒入れたところで何か変わる訳ではない。
「でも、どんな大きさの氷山だって、そのど真ん中で火が起れば一瞬でその姿を保てなくなるな」とベイルさん。
確かにその途端に亀裂が入って四方八方に砕け散る事お受け合いだ。そう考えるとえっぐいわね。
「ってか、そんな起用に狙えるんですか?ファイヤーシードって」
「「いいや」」とノエルさんとナジームさん。
それと同時に二人もファイヤーシードを出してみるが、目の前にポトリと小指の先ほどの火の玉が落っこちただけ。あっ、お二人とも出来るんですね。そういや魔力もってますもんね。
「じゃっ、じゃあ、何でエルウッドさんだけそれが出来るんですか?って炎系の魔導士ってみんなそれ出来るの?」
「いや、俺以外ではあんまし見た事ねーなー」とエルウッドさん。
「じゃあ、何で?」
「まあ、センスと才能じゃね?」と……あっ、それ、自分で言っちゃうんだ。確かにこの人、私の投げたガスボンベや火炎瓶にピンポイントで着火できるし、そう考えると、やっぱすごい人なの?
「ともかく、こんなとこで時間潰してるのも勿体ねーし、さっさと先行こうぜ、そのヒーターのバッテリーってあんまし持たないんだろ」とエルウッドさん。
確かに、これだけ寒いと2時間もしたらバッテリーが切れてしまう。それに地面が凍ってるんでデポ吉君は一つ上のフロアで待機してもらっている。
「じゃあ、さっさといくぞー」エルウッドさんはそう言うと、さっさと先に進んで行った。