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ダンジョン「204高地」フロア5

「サファイヤ、ちんたらやってんな、さっさとノエルにポーション振りかけろ!!」


「はい、エルウッドさん。ポーション、ポーション、えいえいえい!!」


 私は背中に背負っていた皮のバックからなけなしのポーションを取り出してノエルさんに振りかける。


「ごめんな、サファイヤちゃん、大切なポーションなのに、下手打っちまった」


 ノエルさんの命綱でもある右腕が火傷で焼けただれている。


「これは、ちょっとまずいかもしれませんね」とこんな時でも冷静なナジームさん。


「サファイヤ、ノエル、お前ら後ろに引っ込んでろ」


 エルウッドさんはそう言うと、『ファイヤーストーム』と上級火炎魔法を唱える。


 火炎の竜巻が目の前にいるモンスターを包み込む。


 が、次の瞬間、「いかん、エルウッド、伏せろー」とベイルさん。


 エルウッドさんの『ファイヤーストーム』によって前列にいたアンデッドウルフは倒れたのだが、その陰から今度は炎属性のファイヤーウルフが飛びかかって来たのだ。


「危ない、ベイルさん」


 エルウッドさんを助けようと、身を挺したベイルさんの背中にファイヤーウルフが襲い掛かる。


「ぬおぉぉぉー、この犬ッコロめがー!!」


 ベイルさんは身を翻しながらファイヤーウルフと引き剥がすと、


「ウオラァァァー」と叫び声を上げながらスレッジハンマーをファイヤーウルフの脳天にクリティカルヒット。


「どないなもんじゃーい!!」ベイルさん。一撃で中級モンスターのファイヤーウルフを倒したのだ。


 ……が、岩場の影から次々と新たなモンスターが現れ始める。


 みると、上のフロアにいたアンデッドウルフをはじめ、毒属性のポイズンウルフに、水属性のウォーターウルフ、そして難敵であるファイヤーウルフまでもが……


「おい、聞いてねーぞ、一度にこんなたくさんの属性のモンスターが来るだなんて」と顔を青ざめてノエルさん。


「うるせーよ、まとめて『ファイヤーストーム』で焼き尽くしてやるよ」とこんな状況でも強がりを言うエルウッドさん。


「ダメだ!!お前の『ファイヤーストーム』じゃあ、まだ一撃でファイヤーウルフを倒せない。さっきみたいにカウンターを食らうのがおちだ」と苦しそうにベイルさん。


 そうなのである。炎属性のモンスターには炎属性の魔法はよほど強力な場合でなければ一撃では倒せない。


 かといって、エルウッドさんがそんなに得意ではない水魔法や氷魔法を使ったところで、今度は水属性のウォーターウルフにカウンターを貰ってしまうのがオチだ。そのうえ、ファイヤーウルフすらも倒せる保証などどこにもない。

 

 じゃんけんで言うところの、グーチョキーパーを同時に出されたようなものなのだ。


 こんなはずではなかった。


 パーティーの誰しもの頭にそんな考えがよぎる。


 先程まで、今日は順調すぎるくらいにフロア4までやってこれたのだ。


 もしかしたら、今日一日でフロア5を制圧できるかも……など、このパーティーの誰もがそんな能天気なことを考えていたのだ。そもそも、このフロア5に来るまでにこんなに属性が混ざった状態でモンスターと遭遇することすらなかったのだ。


「とりあえず、サファイヤさん、ベイルさんにヒーラーを」とどこまでも冷静なナジームさん。


 見るとベイルさんの背中は先程、ファイヤーウルフに噛みつかれた火傷の跡が痛々しく残っている。


「いや、俺は大丈夫。それよりもノエルの腕を直してくれ。俺はここで時間を稼ぐから」


 炎、水、毒、アンデッドと属性に関係なく攻撃を加えられるのが戦士のベイルさんと弓使いのノエルさんなのだ。


「ヒーラー、ヒーラー、えいえいえいっ!!」


 私は必死になってノエルさんの右腕にヒーラーを掛け続ける。


 ポーションとヒーラーの相乗作用で確かにノエルさんの右腕はみるみる回復しているけど、次のモンスターの攻撃までに治るのか?


「ナジーム、『エスケープ(離脱)』は!?」とエルウッドさん。


「危険です、これだけ敵に囲まれたら、失敗したら全滅しますよ!!」とナジームさん。


 『全滅』というこれまであえて誰もが目を背けていた言葉を突きつけられみんなの背中に冷たいものが走った。


 そのリスクを冒すにはまだ早い。もっと、もっと私達にも何かできることを。


 『全滅』というショッキングな言葉に私もスイッチが入ったのか、出し惜しみすることなく、バックの中にあるアイテムを使い始める。


 薬草、ポーション、ハイポーション。そして万が一の時のためにとなけなしの貯金を叩いて買ったエリクサーも……


 だが、どんなにモンスターを倒しても次々と私たちの周りにモンスターが集まっていく。


 そうなのである。実はダンジョン「204高地」フロア5に侵入したパーティーは私たちが初めてだったのだ。その為にフロア5にいる全てのモンスターが私たちがいるこの場所に集まってきたのだ。


 ここが、ダンジョン「204高地」の最前線なのだった。


 私たちはその覚悟が無いままに、迂闊にもフロア5に足を踏み入れてしまったのだ。


 このフロアには私たち以外のパーティーは誰もいない。


 最前線で敵に囲まれてしまったのだ。


 考えうる限りの最悪の状況がまさしく今なのだ。


 衆人の前で婚約を破棄されたとか、両親の逆鱗に触れ実家から追い出されたとか、この状況に比べたら取るに足らないことだったのだ。



「ヒーラー、ヒーラー、ヒーラー、ヒーラー……」私は声の続く限りヒーラーを唱え続ける。


 少しでも、ほんの少しでもいいから、エルウッドさん、ベイルさん、ノエルさん、そしてナジームさんの力になれるようにヒーラーを唱え続ける……が、「ヒーラー……ヒーラー」ヒーラーが出ない。


 薬草を使い、エリクサーすら使い、今日何回強制的にMPを充填させたか分からない。


 今日何度『ヒーラー』を唱えたのか分からない。


 私は恐る恐る、パーソナルゲージを開く。


 私の目の前に数字の羅列が現れる。


 知力、体力、体重、身長、そして、残り3と赤く記されたMPが……


 もう、役に立たないと言われた『ヒーラー』すら出せなくなったのだ。


 私がパーソナルゲージを見ている間にも仲間は次々とモンスターからの攻撃を受けHPが削られていく。


 普段戦闘に加わらないナジームさんですら、最前線に立ちモンスターと果敢に戦いを繰り広げている。


 私は、何を、……MPもアイテムも失った私は一体何を仲間に捧げられるのだろうか。


 皮のバックの中には、おそらくもう使う予定の無くなった財布と、家紋の付いたナイフが一振り。


 私は皮のバックの中からナイフを取り出すと、覚悟を決めて鞘を外した。


 と、その時、「止めとけ、サファイヤ」とエルウッドさんが……そして、「お前までこんなところで死ぬ必要な無い」……と。


「そうだぜ、サファイヤちゃん、調子に乗った俺達の道連れになる必要なんかねーぞ」とどこまでもお気楽そうにノエルさんが……


「いざとなったら、命に代えてでも、あのフロア4に続く階段まで送り届けるからさ」とベイルさんが。


「そこは、ベイル、ベースキャンプまでじゃねーのかよ」と陽気にツッコミを入れるエルウッドさん。


「できればそうしたいんだが……さすがにちょっとキツイかな……と」そういうベイルさんの背中は焼けただれたままで目を背けたくなる程に痛々しい。


 けれど、私はその時、決して目を背けてはならないのだと思ったのだ。


「ちょっと、まだ、そこまで覚悟決めるのは早いですよ。最後に『エスケープ』を掛けます。最後の瞬間まであきらめない」


「「「そりゃ、そーだ」」」とみなさん。


 そうだ、最後まであきらめてはならないのだ。


 最後の命の尽きるその瞬間まで……まだ、なにか……私に残された力がまだ何か……と、その時、「天からの啓示」が下りてきた。


 このタイミングで、「啓示」が!?!?


 すると、残りMP3と引き換えにスキル『グランド デポ』が3/50発動可能……と。


 『グランド デポ』!?!?


 もう、この私に残されたものは『グランド デポ』とかいう得体のしれないスキルしかないというのか。とこの期に及んで『グランド デポ』が魔法ではなくスキルだということが分かった私。


 もう、私に残されたものはこれしかないのか……この、絶体絶命の状況で、一か八かのスキルを初めて発動させる。私みたいな役立たずの人間にはお似合いなのかもしれない。


 少なくとも、皆さんの足を引っ張る事だけは無いように……私はそれだけを願いながら、私に残された最後のスキル『グランド デポ3/50』を発動させる。


 私はゆっくりと深呼吸をし、そして、「『グランド デポ』発動』」と言った。



 私はダンジョン「204高地」フロア5にて、『グランド デポ3/50』を発動させたのだ。



 直後、私の周囲は白い光で包み込まれたのだった。

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