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アンチノミー

作者: 花織


「ねぇ、どうしてあなたは生きているの?」


僕はその問いに答えられなかった。そう言い残して目の前で飛び下りる彼女を止めることも。

あれからずっと考えている。生きる意味ってなんなんだろうか。

生きるってなんだろう。彼女はなんで死を選んだんだろうか。あの時の目を今も夢に見る。あの何もかもを悟ったような光のない目。何度それで飛び起きてももちろん彼女なんてもう居ないわけで。とっくに葬式も終わってお墓参りする人もいないその墓に向かって問いかけるしかないんだ。


僕のウォークマンからは悲しい歌ばかりが流れ続ける。彼女なんかより僕の方がいつも死にたいと口にしていた気がする。本当に自殺する人ほどその兆候をを見せないというのは本当なのかもしれない。そんなことを考えながら今日もSNSに死にたいと書き込む。なんて滑稽なのだろうか。死のうとしたこともないくせに。自分でも馬鹿じゃねーのと思い溜息をつく。こういうことばかり書くからよくアカウントも凍結される。自業自得だ。そんな自分に酔ってるのか?ほとほと呆れる。


そこらのつまらない芸人よりもつまらない人生を送っている僕にとって死とは救済だ。あまりにもつまらないゲームやドラマなんか見てたって誰しもがチャンネルを変えるか消すだろう?それと同じことだ。僕は自分の人生という名のつまらないワイドショーを延々見させられているのだ。

誰に?そんなの僕自身しかないだろ。彼女にはそれをいつも話しては元気づけられていた。鬱なんじゃないかって精神科に連れていったのも彼女だった。ひょっとして僕が移してしまったのだろうか。


僕もひとりの思想家。人間みんな思想家だ。それぞれの考えの元動いて生活して楽しいことを選んだり悲しさに浸ったり、時に死を選んだりする。

それが悪だと誰が言えるのだろう。自分の子供を助けるために自分の命を差し出す人だっている。それが馬鹿げているのか勇敢なのかは人によって異なるだろう。悲しい物語を見て涙を流せるほどには感受性は豊かだという自負はある。

有名人が死んだ時に後追い自殺がいくらか起こることも有名な話で、それはその人にとってのその人が命よりも重たい存在だったからなのだろうし。そういうことには一定の理解はある。

ただ彼女の死はそんなことではなかったと思うのだ。僕が死にたがっているから先に待っているのだなんて自惚れも大概にしろと言いたくなる。


何日考えても出ない答えにとうとう僕は全てを放り出し考えるのをやめた。死を悼んで終わりにすることにした。

僕はあと何年こんな生き方をするのだろう。人と合わないことばかりでいつも自分が下がって転職を繰り返す日々を。口癖のように死にたい死にたいと戯言をほざく日々を。


自殺は地獄に落ちるだなんて言うやつらもいるが僕は天国も地獄も信じちゃいない。どこぞのアニメのような女神も待っちゃいないだろうと思ってる。何をどう言ったって信じたところで結局は無なのだ。死とは無に帰るだけの作業なのだと。

言葉には言霊が宿るなんて言う人もいるが信じちゃいない。そんなんなら僕はもう死んでいるはずなのだから。


彼女は僕に追いかけて欲しかったのだろうか。自分が死ねば臆病者な僕も決心が着くと思ったのだろうか。だが僕は生き続けてしまった。死ぬ機会を逃してしまった。死ぬのが怖いんじゃないのだ。上手く死ねなかったことを考えると怖くて体がすくむのだ。そういう人も多いのではないだろうか。そうしてこの歳まで生きてしまっている。

楽しみなんてひとつもない。悲劇が起こる度にそれが自分だったら良かったのにと思い続けるだけだ。


でもそれは偽りだ。それら全部が嘘だ。本当は死ぬのが怖くて仕方ないのだ。だからこそ彼女がここでなら確実に死ねると示してくれた場所でさえも死ななかったのだ。とんだ大嘘つきだ。何が死にたいだ。クズめが。要は死なない理由付けが欲しくて仕方ないだけだ。喉が渇いて仕方ないのだ。だから手当たり次第に死ななくていい理由をかき集めては飲み込み吐き出し続けているのだ。

それをクズと言わずになんと言うのだ。彼女を殺したのは僕だ。いっそ自殺とされた彼女の死を利用して服役囚にでもなってやろうか。それで気が済むならやればいいだろう。それさえもしない僕は正真正銘のクズ野郎だ。ああ、なんてことだ。

またしても朝を迎えてしまった。迎える資格もない人間のくせして堂々と享受するその姿はあまりにも醜いじゃあないか。


希望の歌なんか聞きたくない。うるさいうるさいうるさいうるさい。分かりきった説教なんか聞きたくない。うるさいうるさいうるさいうるさい。他人の笑い声なんか聞きたくない。うるさいうるさいうるさいうるさい。一番うるさいのはそういう自分の心だ。八つ当たりに隣の家に怒鳴り込んでも解決なんかしない。いくら頭を打ち付けても何も変わりやしない。だったら自分がいちばん可愛いのだと言って見せろよこのクズ野郎が。

それすらしないで今日も何回も送信失敗の文字を目にする。その程度がお似合いだよ全く。僕がこの世で一番嫌いな人間はかつてのいじめっ子でも昔いびってきた元上司でもうるさい現隣人でもなくこの僕だ。


いっその事世界が滅びればいい。そうすれば僕だって死ぬしかなくなるだろ?世界に当たるなよと思う心もうるさくて仕方がない。だから今日も血が出るほど頭を打ち付ける。数回首を吊ろうとしても上手くいかなかったからって諦めるほどの気持ちなのかよおい。出来ることはやったのかよ。僕が何年かけても1ミリもできなかったことを彼女は一瞬でやってのけた。それがまた劣等感を刺激する。今の僕は世界で一番最低な人間だ。さあみんな罵れよ。ほら。せめてクズ野郎って、死ねよクズって罵ってくれよ。

誰にも相手にすらされてないから今日もこの部屋は静かだ。明日も明後日も来年もきっと静かだ。

頭がおかしくなりそうだよ。全部お前のせいだよと彼女を恨む心が憎い。そうしてまた頭痛に悩まされる。いっそこのまま頭が破裂して死んでしまえればいいのに。僕に明日が来る資格なんかない。彼女がいて少し死にたい気持ちが薄れたところだったのにこの仕打ちは神が下したのか僕のせいか。こうして終わりの見えない苦悩と苦痛を一生背負っていくしかないのだろう。

その一生が不幸な事故で終わればいいのに。はたまた理不尽な暴力で終わればいいのに。そう考えているのは死にたいんじゃなくてただの自己顕示欲だろうが。

悲劇的に伝えられて少しでも多くの人に同情されたいだけだろうが。いい加減にしろよ。結局彼女の命をもってしても変わりすらしなかった自分が憎くて仕方ない。


「どうしてあなたは生きているの?」


分かんねぇよ。こっちだって死にてぇよ。お前が突き落としてくれればよかっただろ。そうやって責任転嫁する時点でこうなるのは分かっていただろ。そうだよ。これが死にたい死にたいほざく人間の末路だ。手が震える。頭を抱える。動悸がして震える手で息を切らし死にものぐるいでテレビをつけて抱えている問題なんかとは全く関係ないことで笑ってそうしてまた無益な一日をまた消費する。なんだよ。何笑ってんだよ。そうして怒りを自分にぶつける。その繰り返しだ。そうなってから今何日目だっけ。そもそも彼女って誰だっけ。彼女は何人目だっけ。

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