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一般人以上、勇者未満  作者: 紅月
第三章:カロン王国
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3-19

 二人の初戦の時間は昼ごろだった。

 二人でチームを組んでのエントリー、これまでに何か依頼を達成したかというとそうでもない。かといって別の何かで知名度を上げているわけでもないという二人の試合は実力を見るためにとそこそこ観客席が埋まっていた。

「ああ、ナギがけがをしたらどうしよう」

 場に現れたナギを見たレイアの心配をシズミは心の中だけで笑う。ネコの姿をナギとニミウスの前でしか見せていない彼は今はネコの姿をしてレイアの膝の上に乗っていた。

 双子やレイス、ルルはいない。彼らは今日、明日限定で開催される大がかりな見世物に行っている。

 二人は闘技場の真ん中まで行く。ここで正々堂々と戦うことを誓う握手を交わし、それぞれのチームがあらかじめ決めているであろう作戦の配置につく。それから試合が始まるのだ。

 今は関係ない話だが握手は本選になるとやらなくなる。

 ナギは楕円形の闘技場の中から周囲の観客を見る。

 中から見ると、観客席から見ていたよりもずっと広い気がして余計に緊張する。

(緊張してたらうまくいきません。ただでさえぶっつけ本番なんですから)

 大きく首を振ればそれに合わせて高い位置で片方に寄せて結んだ髪も揺れる。それが自分の顔に当たってちくちくする。

 ちくちく痛いので深呼吸するだけにして、エテノーラ、リッテナーヴァの二人と握手をかわす。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫です」

「まあ、無理せず戦えばいい」

 心配されるナギ、心配する蒼空の獅子の女性陣。

 一方のニミウスたちは試合前から口喧嘩でもしているのか、口がよく回っている。

「結局来たのかよ。不戦敗の方が傷は浅かったかもしれないのにな」

「あいにくとそれを決めるのはお前らじゃないんでね」

「お前らとの対戦は消化試合みたいなもんだろ? 纏いもまともに使えない魔法使いなんてこの大会でははじめてじゃないのか?」

「珍しくリーベルがまともなことを……」

「どういう意味だよっ」

 はじめはニミウス対ジノフとリーベルだったはずだが気づけばリーベル対ジノフとなっている。

「まあ、言ってろ」

 すでに握手は終わっている。ニミウスはそう言って予定していた場所へと向かってナギと合流した。

 場所は中央からやや後方。二人の距離があまりないことから作戦が大体読める。

「おおむね予想道理だな」

「ふむ。では私は前衛だな」

 蒼空の獅子はそれに合わせたフォーメーションを組む。

 リーベル、ジノフ、リッテナーヴァの三人が前衛に。それから距離をとってエテノーラ。

 ナギたちが防御に徹するとみて攻撃重視のフォーメーションだ。

「気をつけろよ。ああいう感じは魔法使いが大技撃つまでの時間稼ぎが目的だからな」

「そんなこと、リーベルに言われなくてもわかってるからお前は突っ込んでいって陣形を崩せ」

「おうよ!」

「だからエテノーラは魔法でのサポートよろしくな」

「ええ」

 軽く言葉を交わしていてもそこにこの間のような雰囲気はない。

 多少緩んではいるもののそこそこ真剣だった。腕試しとして参加しているのだ、相手を格下だと思い余裕を持っても手を抜いていいということにはならない。

 試合開始の合図を聞き、三人は一気に近より攻撃しようと加速した。

 しかしそれは突然現れた土壁に邪魔をされる。壁は巨大で、幅は闘技場と同じ、さらに高さもある。見上げれば一番上は見えるが、飛ばなければ越えることはできないだろう。

 とりあえず、蒼空の獅子は集まり、これからの作戦を練る。時折、壁に変化がないかを確認するためにリーベルが壁を見ている。

「あれはおそらく壁を越えてきたところを狙い打つつもりでしょうね」

 エテノーラの予想に周りも同様の意見だと示す。

 全員が風の纏いを使えると対戦相手は知っているはずだ。だからこのような手を取ったのだろう。

「全員で越えていったところを大技で一網打尽ってどころか?」

「こんな簡単な作戦しか持ってこれないのかよ。ド素人だな」

「相手は二人ですし、確実とは言えませんが勝率の高い作戦を選んできたのでは……」

「ふむ。ならば誰か見に行くか」

 話している間に壁の向こうから攻撃してくることはなかった。

 四人は話し合った結果、ジノフを行かせることにした。

 ジノフはこの四人の中では一番、戦闘における立ち回りがうまい。いつもリーベルの特効をフォローするために動いているというのもある。

 何かあったとき、三人が応援に行くまでは持ちこたえるだろうという思いもある。

 ジノフが壁を越えたことを確認してから三人は壁の破壊を試みる。風、炎での攻撃はあまり有効ではないのでエテノーラの水魔法を勢いよくぶつける。

 意外と固かったが壊すことは容易で穴を抜ければジノフが相手の前衛であるニミウスと交戦していた。その奥で集中のためかナギが杖を両手で握りしめ一歩も動かずに立っている。

「やるな」

「こっちはいっぱいいっぱいだよ」

「喋る余裕があるなら問題ないだろ。『形成すは棒』」

 ニミウスは自身で作った壁に向かって魔法でジノフを吹っ飛ばす。しかし、常時風の『纏い』を発動させているジノフは壁の手前でできる限り減速、衝撃を抑えて着地。近くの穴から出てきた仲間と合流する。

「時間は稼いだ。俺たちの勝ちだ。あきらめて降参しろ」

 そう言った。どうやら後ろの魔法使い(ナギ)による大技で一網打尽を狙っているのだろうが仲間がそろった今、その集中を終了させるなんていう愚行はしない。

「やってやるぜ!!」

「ええ、総攻撃です!!」

 リーベルが加速し、エテノーラもそれを支持する。しかし彼女は前に出ない。代わりにではないがリッテナーヴァが前に出る。ジノフもだ。

 対してニミウスは迎え撃とうとはしない。彼は大きく下がった。ナギよりも後ろにだ。

 それに不信感を抱いてジノフは様子を見るために停止しようと減速する。あとの二人は何かする前に叩き潰せと言わんばかりに加速した。リーベルとリッテナーヴァが近づく、二人の剣が迫る。自衛のために、回避のために、奇をてらうために本来ならばここでナギは何かしなければならない。

 その結果、彼女がしたことは手にしていた杖を手放すことだった。

 魔法使いが杖を手放すというのがどういうことを意味するのか。それがわからないわけではない。

「っ!!」

 エテノーラたちに凄まじい吹雪が襲いかかる。

 二人が選択した手段は魔力の暴走だった。

 魔法は自身の持つ魔力に、空気中の魔属粒子が反応することで魔法という形になる。普段は魔属粒子もまとめて魔力と称される。そして魔法の威力というのは、魔力に反応した魔属粒子の量に比例する。

 同量の魔力を空気中に放出しても反応する魔属粒子の量は違う。それは誤差ではなく、魔法の威力を大きく変えるレベルで違う場合があるのだ。反応する魔属粒子の量が違うというのは正しくない。反応する魔属粒子の量は誤差の範囲内だ。

 どれだけの魔属粒子が反応したかを、どれだけ正確に把握して操作できるか。

 これが魔法の威力を左右する要因である。そして把握する能力は才能に依るところが大きい。一流の人間ならば都市一つの範囲をカバーすることができるというし、使い方によっては人の動きを把握することもできるらしい。

 では、杖とはなんなのか。

 なぜ、ナギが杖を手放すことで魔力が暴走するのか。

 魔法の威力が魔属粒子の量によって変化する。その量とは魔法が発動する場所での物だ。

 そして、杖の役割は魔属粒子の操作を行いやすくすることである。杖で指し示すことで周囲の魔属粒子をそこに集中させ、一点での火力を飛躍的に上昇させることが基本的な物だ。

 魔力を持つ杖となると、その他に持ち主の魔力を増加させる機能がある。それらの杖を使用すると、魔力に反応する魔属粒子が増加し、より大きな魔法を放てる。

 しかし、これには欠点もある。魔力に反応したかを魔属粒子を正確に把握、操作することができなければ魔属粒子が暴走し、予期せぬタイミングで魔法が発動してしまう。しかも、術者によって制御されるはずの威力も制御できないため、通常のものよりもはるかに高威力だ。

 ナギは今、それを意図的に起こした。杖を持った状態でありったけの魔属粒子を自身の魔力に反応させ、急に制御を手放した結果がこの吹雪であった。

 フィールドを舞う氷はその場に立つ人間を傷つける。

 地面が真っ白になるまでそう時間はかからなかった。

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