3-17
エテノーラ・アインライは面食いである。面食いでない場合は運命的な出会いに、運命的に恋したい夢見る女性である。しかし本人にその自覚はない。
だからきっと今回も恋に落ちたのだろう、と幼少のころからの友人であるリッテナーヴァ・キュイフェはそう確信している。なにしろ美形であったし、初戦の相手というエテノーラにとってはまさに運命的なものだろう。
そんなエテノーラの心の内を知ってか知らずか。……リーベルは気づいていない素の発言だったのだろうが、間違いなくわかっているジノフは楽しそうに笑っている。まあいつものことだが。
エテノーラは面食いなのだ。しかしそれに輪をかけて人見知りする。正確には声をかける勇気がないのだ。声をかけれずに逃した回数数知れず。声をかけることができたもののそこから発展できずに始まることなく終わっていた回数は数えることができるほどしかない。
どうなるかはわからないが、エテノーラにはあまり引きずってほしくない。もうすぐ大会が始まるし、初戦は彼らだ。勝ち数で本選に進めるリーグ式ではあるがリッテナーヴァたちは勝ちに来ているのだ。いかにも勝てそうなあの二人には勝っておきたい。間違ってもエテノーラが引きずることで支障をきたすのは避けたい。
「とりあえずは……ジノフ!!」
「ん、わかったー。リーベル、行くぞ。たしか大会に向けて手持ちの道具の確認と補充したいって言ってただろ? 行こーぜ」
この状況を楽しんで笑ってはいたものの、そこは付き合いだけは長いジノフは言葉を交わさなくてもリッテナーヴァの意図を理解する。有無を言わさずリーベルを引きずって行った。
残ったリッテナーヴァは泣き出したエテノーラを宿屋まで引っ張っていった。
「全く世話の焼ける……」
◆◇◆◇◆◇◆
「で、どうやって勝とうっていうんですか?」
場所はエンテンシア男爵邸の庭。二人のことを興味深そうに見ている優華と明華をレイアがあやしている。
「ナギの属性ならとりあえず雷と氷の『纏い』は完成させろよ」
そのあと、ニミウスの指示はナギを驚かせるには十分すぎるものであり、その様子を見たニミウスは楽しそうに笑ったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆
「お父様!! レイアがいないとはどういうことですか」
時はこの日の朝に戻る。
王宮の一室。王の執務室として機能している部屋で王女のミナハベールが王女らしさのない大声をあげていた。
「兄なのだから呼び捨てで呼んだりしてはいけないよ、ミナ」
王がやんわりと諌めるが王女はそんなことを気にせず、止めることもせずに続ける。
王子の不在を大声で周囲に広めている娘を殴り付けたくなる衝動を王として耐え、それでも王は王女を叱るのでもなく諭すことに尽力する。
「レイアなら今探させている。それよりも、ミナは今年の大会には観戦に行くのかい?」
「ええ、今年は救世主が出ますし、私のことを馬鹿にした皇国のやつがやられるのを見ないと気がすみませんもの」
龍望に言われたことを根に持っているミナハベールはそう意気込んだ。
その事についてはすでに報告を受けている王はあきれたが王女の自惚れを少しでもへし折ってくれるならありがたいと何もしていない。
「ならば、警護は誰をつけようか。レイアがいればレイアにしたんだが……救世主様たちは大会に出るし」
この事に憤慨したのは王女だ。自分の腕が一流だと疑ってやまない彼女には護衛がつくということが自分への侮辱だとしか考えられなかった。
「遠慮します。兵士などと一緒に並びたくはないので」
王女はそう言って執務室から出ていった。
思えば一人で外に出たことがない。横には常に兄か、もしくは母や警護の兵、侍女などが自分のそばにいた。
しかも、兵ならともかく兄だけが帯剣を認められていた。
そして、その兄は。王女にとっては、剣も満足に振るえない兄は何かあってもなくても一人で勝手に外に行き、父もそれを黙認している。一応、その行動を監視する者はいるらしいが、兄には供の者がいないのだ。
母に王女たるもの一人で外に出るものではないと言われ納得していたが、それでも思いはむくむくと成長していた。
「レイアのやつばっかり贔屓して、私はいっつも我慢ばかり。お父様の意地悪!!」
悪態をつき歩いていく目的地は少々弱腰な救世主のところだ。
龍望にはああ言われたが、わざわざ自分がそのノルマをこなす必要はないと彼女は思っている。彼女はどこまでも自分の思い通りにすべてが動くと思っている。
あの救世主には自分の意見を押し通せそうだと思ったから、あれから日に何回も訪ねていた。
今日もおそらく剣の稽古だろうと思いつつ、足を進め―――。
「ミナハベール様」
ようとしたら後ろから声をかけられた。苛立ちを抑え完璧な作り笑いで振り向くことができたのは父と母と教育係による徹底した淑女教育の結果だろう。そこにいたのは初老の男性。着ているものは上質のもので、王宮にいるということは貴族であろう。
見覚えはないが白髪が少し混じっている彼はミナハベールにとある提案をする。
ミナハベールはその提案を受け入れて気分よく歩いていく。とりあえず、救世主のところに行こう。宣戦布告しに行くのだと。
そのあとは天気もいいしお母様とお茶でも飲もうかしら、と考えながら。
◆◇◆◇◆◇◆
「そこはこーやるんですよー」
ミールが実演してみせる。身の軽さはミールには及ばないもののこの中で一番メグミと体格が似ていて戦闘スタイルもメグミにできる範囲だったのがミールだった。
王国の兵士たちとともに訓練をしている。実践、特に多人数との相手を想定した動きをメグミはここで学んでいた。弓の名手であるミールは、矢が切れていた時のことを想定しながら話している。
「本当なら距離を取って、そこから矢を撃って攻撃するんですけど、メグミの場合は魔法ですねー。でもメグミは魔法の発動に時間がかかりますからねー。できれば投擲武器をいくつか持ってそれでけん制しながら魔法を発動させるといいと思いますよー」
「はい」
ちなみに、魔法使いであるハンナなら低威力広範囲即時発動の魔法を使って無理やり離脱してけん制しつつ高威力の魔法を撃つ。龍望ならば水魔法で離脱し、可能な限り逃げる。龍望は治癒術が専門の治癒術士である。治癒術は水魔法に分類される。体内の水の流れを操ることで治すからだ。
ちなみにジェフなら力に任せて薙ぎ払う。現にそれを今、別のところで実践している。
それを横で見つつミールはジェフのようなまねはしないようにと言った。
「あれができるのは人よりも体が頑丈すぎて力がありすぎるジェフだからですー。本来なら私たちはチームを組んでますから孤立するということはあまりないと思いますが、いざというときのために対処してみましょうー」
ミールが説明する前の形に兵士を散開させる。向かってくる兵士たちにメグミは先ほどのミールの動きを頭に浮かべながらなるべくそれをなぞるようにして動く。
難しいが充実している。メグミはそう思いながらミールからの教えを受ける。彼らに予選はないが、救世主一行として負けるわけにはいかなかった。
ちなみに、魔法専門のハンナと龍望は適当な武器を見繕いに行っていた。ミールの弓は消耗品なので適当でも多く買っておくに越したことはないと頼まれたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆
「んー。そろそろ?」
町を歩きながら女は隣の男に声をかける。
「わからんが……大会とやらはもうすぐ始まるらしいから、そう待つ必要はないと思う」
「ふーん。隊長も暇よねえ。わざわざこんな手の込んだことをして」
女がなんのことを指しているのかはわかったが男は何も言わない。
彼は彼で思うところがあるのだろう。彼は隊長のやることを否定するつもりはなく、意見することもなく淡々と自分のやるべきことを行っていた。
今もその一環で女と歩いている。
「これでよしっと。あと何ヵ所?」
「三ヶ所だな」
「こんなまだるっこしいことしなくても私たちが集まればこんな国あっさり潰せるのに、何でこんな物までいるのかしら」
「国をつぶせるところまでは同意しておこう」
そう言って二人は歩き出す。彼らもまた、大会の開始を待ち望んでいるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆
ふと、ハンナは足を止めた。しかし、それは少し龍望から遅れる程度の時間だけでありハンナ自身は気のせいだと思ったからだ。
エルフは大気中の魔属粒子の存在、というか流れには人よりも敏感である。しかしハンナ自身はエルフの中ではその手の感受性は低い方だった。だから勘違いだと思ったのだった。もしもこの時、ハンナが知り合いのエルフにこのことを話していたら何か変わっていたかもしれない。
ハンナが足を止めたのは二人の男女がその作業を終えた、ちょうどそのときだった。




