3-15
「それではニミウスさん、いきますよ!!」
ナギは集中のために目を閉じた。
場所はミルフィアのトレーニング広場。ナギとニミウスの二人はここで、目の前に迫った大会に向けての特訓を行っていた。大会直前ということもあり、いくつものグループが広場に集まっていて、動きを確認したり剣を交わらせたりと調整を行っている。
そんな彼らはナギたちのことをちらちらと窺うように見ている。大会の試合表が発表されたときから二人は注目の的だったのだ。
試合に参加するにあたり、ミルフィアは他チームへの偵察を禁止したりはしていない。むしろ奨励しているくらいである。戦いにおける事前知識がどれだけ大事なのかを知っているからだ。だから、ミルフィアは問われたらそのチームのことを包み隠さず教える。そうやって互いに対策を練るのもまた大会の一部であるからだ。
しかし、いつもなら名の知れたチーム、それなりに功績のあるチームががエントリーしてくる大会に無名の、功績もないチームがエントリーした。言わずもがな、ナギたちのことである。
今、ここにいる人たちはナギたちの実力を知ろうと二人を窺っている。
ナギの体がふっと浮き上がった。集中を終えたのかナギは目を開けてはにかんだ。
「やっぱりこの杖はしっくりきますね。『纏い』だってできちゃいました」
「今までできなかったのか」
二人はそんな周りの視線を気にすることなく会話する。
『纏い』とは魔法を使う技術の中では中級に分類される。そもそも魔法を使うには魔力が必要となる。しかし、魔力を持っているだけでは魔法は発動しない。魔力の質を変えて、空気中に存在する魔属粒子というものに働きかける必要がある。この時、魔力の質にあわせて魔属粒子が変化し、それが魔法として発動される。属性というのは、魔力の質を変えられる幅のことを言うのだ。
「『纏い』は結構難しいんですよ。魔力をとどめるのがですね……」
魔力は放出するものでありとどめるものではない。『纏い』は質を変えた魔力を自分の周りにとどめておく技術なのだ。今ナギが纏っているのは普段からよく使う風だ。ちなみに基本の四属性は纏うことで発生する効果がある。風を纏えば素早くなり、水を纏えば回復速度が上がる。炎なら攻撃力が、土なら防御力が上がる。だから使えて損はない。
もともと、魔法が得意だと言っていたナギでも短時間での習得には難しいものがある。しかし優秀な杖の力により、なんとかできるようになった。
「これなら普通に詠唱した方が早いと思います」
「馬鹿いうな。ヴァダリアで俺の追手のやつらに発動を先攻されたの忘れたのか?」 ニミウスの追手が使っていたのは『纏い』ではなく、『省略』である。詠唱においては長さはあまり変わらないが、前者は属性の宣言を、後者は発動する形の宣言を省くことができる。そして、形を宣言する方が発動させやすいことから『纏い』の方が簡単とされている。
ナギはヴァダリアでのことを思い出しているのか渋い顔をした。
「とりあえず、あと三日もたたないうちに『省略』をマスターしろと言われなかっただけよかったとしますよ」
ちなみにではあるが、ニミウスはすでに『纏い』は習得している。訓練を始めたときに、「じゃあニミウスさんは?」と聞かれてナギに披露した。するとナギが落ち込んでしばらく訓練にならなかったのだった。
「とりあえず、その状態で魔法を発動させてみろよ」
「白羽で魔法を使うのは初めてですよ。ドキドキします」
初めてのことで緊張しているのかナギの顔の赤みがました。胸に手をあてて深呼吸を繰り返す。
ナギが今纏っているのは風の魔力であり、これから行うものはそよ風を生み出す魔法。
「『形成すは小波』」
吹き荒れた突風。一瞬のことだったが、突然のことに慌てる周りからの声を聞きながらナギは首を傾げた。自分は確かにそよ風、小さな波を想像した。しかし、発生したのは突風だった。
「ちゃんと小波って言ってたよな?」
ニミウスの質問に無言で頷き、ナギは手に握る白羽を見た。どうやら――。
「杖で魔法使いは変わるというがここまで変わるもんなのだな」
ニミウスの感想に肯定せざるを得ない。しかし、杖ひとつでここまで変わるとは魔法を使ったナギ自身も思ってもいなかった。
「さすが白羽です!!」
(確かに、ユグドラシルの樹でできているだけのことはある)
ニミウスがそう考える横でナギは嬉しそうにはしゃぐ。しかし、魔法はただ威力が大きければいいものではなく、また、風属性だけで『纏い』が成功しても意味がない。
仲間を巻き込んだりするのは論外であるし、纏う属性を素早く変えることができなければ『纏い』を活かしきれない。
「じゃあ、他の属性もとりあえず纏えるようになれ。魔法の威力は追々考えよう」
「無理ですって。あたしがあといくつの属性を使えるのかわかってるんですか?」
「三つだろ? その杖があるんだから大丈夫だろ」
ニミウスさんのいじわる。そういいながらもまじめに『纏い』の習得に取り組むナギ。対するニミウスは暇そうに腰を下ろした。ナギとの近接戦闘はナギの実力的に訓練にはならない。レイアはミルフィアに登録はしているが、今日はルルにこき使われているため、ここにはいない。そしてナギが気兼ねせず魔法を使うことができる場所なんて限られてしまう。
「暇そうですね」
暇だと声にする前に逆に声をかけられた。相手は今の自分と同じ目の高さ。今のニミウスと同じように腰を下ろしている。ニミウスに合わせたのだろうか。
彼女は流れるような金髪を耳にかけなおしてはにかんだ。と言っても先ほどのナギのにぱっという感じとは違いふわっ、という形容詞の方がよく似合うはにかみ方だ。
「まあ、暇だね」
初対面の美人に対してニミウスは特に気兼ねすることなく返事をした。彼女の方は逆に顔を真っ赤にしている。優雅な感じは損なわれていないが、大人っぽさが少しだけ抜けた気がした。ナギがちらっとこっちを見てきた。その目がまたか、と言っているように感じた。ニミウスはそれを気にはしなかった。
なぜ話しかけてきたのかと聞けば、彼女たちのチームの人と手合せしてほしいとのことだった。身もふたもなく戦力調査です、と言われ、もともと退屈していたのだからとその誘いを受け入れたニミウスはナギに移動するようにと言った。
「美人さんの誘いですからねー」
ナギはにやにやと笑いながらニミウスについて行った。