3-14
「失礼します」
「なにやら騒がしかったみたいだけど」
「虹牙様に見つかりまして」
「なるほどなるほど。ご苦労」
ナディアスがいるのはレイスたちが一番始めに通されたあの部屋。そこにレイアについていた男が入ってくる。
彼は既に情報を得ているナディアスに驚きはしない。彼の目と耳は王宮全体にいるのだから。
あの後、レイアがナギを連れて行ったのを追いかけようとしたのを彼は止めた。時間を稼ぎ、レイアたちが逃げ切れるようにしたのだ。ここがカロン王宮である以上、地の利はレイアにあるのだが、彼は彼の敬愛する主人のために行動したのだった。
「それで、何でわざわざ来た?」
「ライア様より伝言を預かって参りました『僕はナギのところに行きます。他の誰にもそれは言わないでください。特にミナには』というものでございます」
「愛だね。本当にライアはいいやつに育った」
ミナハベールについてはなにも言わない。レイアとは違うということは言わずともわかった。
ナディアスは男を下がらせて一人物思いにふける。レイスはしばらく前に帰っていった。ナギたちがいないことについてはおそらく彼がうまいことやったのだろうと思う。
「それにしても東の姫君は本当に面白い……」
ナディアスはゆっくりと考える。これからのことを。これまでのことを。そして、一歩前進した息子のことを。
◆◇◆◇◆◇◆
ルルは唖然として、帰ってきた客人たちを家へと入れた。
客人がまた猫を拾ってきた。しかも拾われたのはこの国の王子。驚かずにはいられない。さらには客人の一人は王子に担がれてぐったりとしている。息はしているようなので気を失っているのだろうか。
なにも言えなくなっていることをいいことにニミウスはレイアをナギの部屋へと案内する。途中でシズミがニミウスの肩に乗ってきた。そう遠くないところで優華か明華がシズミを探している声が聞こえた。どうやらまた逃げてきたようだ。
「ナギさん!!」
ニミウスたちを見た優明が顔色を変えて駆け寄ってくる。ニミウスはそこで案内を優明に任せた。
「ニミウス君はどうするの?」
「とりあえずルルにナギが目を覚ましたときに食べるものを作ってくれるように頼んでくる」
「でしたら、冷めても飲めるスープにしましょう。ナギさんは皇国の人ですから、私が作りますよ。こんなときにあまり慣れないものを口にするのはよくないでしょうし」
優明の申し出をありがたく受け入れたニミウスはそれなら、自分の部屋で休んでいると伝えて、ナギの隣の部屋に入った。堅苦しいとは言わないがいつもよりも動きにくい服を脱ぎ捨てる。
「何があったのだ」
「虹牙とかいうやつに見つかったみたいだ」
それだけで通じたらしくシズミは黙った。ニミウスはこちらに来てから買った服を着る。先程まで着ていたものよりも動きやすい。
ベッドに転がり薄い暗闇のなか、天井を見上げる。
「なあシズミ」
「なんなのだ」
「ナギって、ひょっとして――」
ニミウスが虹牙の言っていたことをゆっくりと思い出しながらシズミに問いかけようとした言葉はレイアが勢いよく扉を開けて部屋に入ってきたことで遮られた。
優明に部屋から追い出されたと嘆くレイアに何があったのかと聞くと、ドレスで寝かせた方がよい。あなたは女の子が服を脱ぐところにいるつもりですか、と一括されたらしい。さらには、ナギが起きるまで立ち入り禁止とも言われたとも。
慰めの言葉が思い浮かばないニミウスはとりあえずルルに事情を説明しに行こうと話をすり替えることにした。
「ルルもなんでライアがここにいるのか知らないと困るだろ。それに王宮に連絡されてもいいのか?」
「なるほど確かに」
二人が部屋を出たときにシズミも一緒に外に出てくる。一声鳴いて存在をアピールしたあとはナギの部屋の前で丸くなった。どうやらそこにいるつもりのようだ。
「シズミじゃないか」
レイアが驚いたようにそう言った。部屋の前にいても中には入れないのでニミウスのあとについてきたが気になるようで何度か後ろを振り返っていた。
「どうして殿下がここに?」
「こちらの客人に興味を持ってね」
「でしたら先程のナギさんは?」
「ニミウス君と手合わせしてもらおうと思ったら人目があるところは嫌だって言われてね。じゃあどうしようかとなったときに、ここでしようと思いついたんだけど騒ぎだしたからおとなしくさせちゃった。城からはこっそり抜けてきたんだ。だから報告とかしないでね」
ルルを見つけたらこちらが話す前に質問攻めにあい、その質問すべてをレイアが答えきった。当然、嘘も混じっていたが、事実の脚色として混ぜたためか納得はしてもらえたようだった。
その頃にはレイスも帰ってきていて、レイアがいることに驚きはしたものの特に追求はしなかった。
◆◇◆◇◆◇◆
ああ、綺麗な月だなあ。そう思ったナギは体を起こす。月だと思ったそれは二つあり、それがシズミの目だと気づくまでにしばらく時間がかかった。
「どうかした――」
「虹牙に会ったと聞いたのだ」
心臓が飛びはねた。
「でも、それくらいで気を失うくらいの覚悟で出てきたはずではないのだ。ナギ」
呼吸が一気に早くなる。目覚めたあとの気だるさがあっという間に消え去り、代わりにやって来たのは意識が落ちる前に見た、懐かしい顔。
「いったい、何があったのだ?」
シズミはナギを優しく抱き寄せる。ボサボサの髪に隠れた金の目が光っている。
ナギは声がなるべく外に漏れないようにシズミの胸に顔を埋めた。ナギが家を出るまでの過程をすべて知っているシズミはそれ以上はなにも言わなかった。
部屋にはナギが押し殺す泣き声だけが音として存在していた。
◆◇◆◇◆◇◆
王宮。虹牙は廊下を歩きながら、何かを考えている。
王宮の一室でミナハベールは苛立ちをぶつける。
そして――。どこかで誰かが笑う。
「まもなく大会が始まる。大会が終わるとき、それがこの国の新たなる始まりだ!!」