3-12
こいつはどの兵士よりも巧い。より強い力を持つことをよしとするジェフがそう思うくらいに彼は巧かった。
例えば剣の振るい方。そこまでの力はもともと持ち合わせてはいないとは言っていた。けれども、その剣は威力よりも速さと手数に重きをおいている。彼の得物が突きを主な攻撃とする細身な物だということがよくわかる。
例えば体の使い方。身長はジェフよりも大きい。おそらくは一マテと八十センテは越えているだろう。その体はさほど筋肉がついているようには見えず、ひょろりとした細身の体である。手足が長く、扱いがたそうなその体を彼は余分な力を入れず、無駄なく使いきっている。
ただただ感心しかできないがジェフの方が強い。互いの動きはゆっくりとペースを落とし、止まった。
「ありがとうございました。やっぱり貴方は強いですね」
「いや。お前さんもかなり強いぜ。魔物を狩りに行きゃあ並みのやつらよりはよほどうまく戦える。あ、いや……戦えますよ」
相手が昨日まで相手をしていたこの国の新米兵士とは違い、確かな手応えのある相手だったのでちょっとばかし稽古に飽きてきていたジェフは大満足である。ついつい稽古に夢中になってしまったので相手が王子であることを忘れていた。あわてて敬語に直す。
そんなジェフに彼は敬語でなくていいという。
「後から直す方が面倒だと思いますし」
と言われては仕方ない。むしろ気が楽になったとジェフは豪快に笑った。相手もつられたように笑う。
「お前さえよけりゃ仲間にできないか聞いてみるが、どうだ?」
ジェフの言葉に裏はある。もともと言葉に裏表のない性分ではあるのだが、彼にしては遠回りに彼の実力を認めたことへの表れだった。
しかし彼は悩む間もなくその誘いを断った。それだけ鍛えているのにもったいないとジェフは言ったが、彼は首を振った。
「僕は敵と戦うために剣の腕を磨いた訳ではありません。大切な人を守るために剣の腕を磨いたのです」
それを聞いたジェフはしばらく考えた後に言った。
「我儘だな」
「ええ。我儘ですね。でも僕はそれでいいんですよ」
そばかすが張りついた人懐こい笑みで王子はそう答えた。
ジェフはもったいないと思ったが本人にその気がないなら仕方がないと諦める。ふと王宮の方を見ればそこには一組の男女がこちらを見ているのに気づいた。どこかの貴族が面白半分に見ているのだろうと、そう思った。
王子もそちらに気づいたが、その反応はジェフとは異なるものだった。
「すいません。僕はこれで」
と言うとあっという間にその二人組のところへ走っていった。
◆◇◆◇◆◇◆
「あれがこの国の王子です。名前はレイア・カロン・フンデルト。もう一人王女もいます。彼の方が兄なんですよ」
稽古を見ながらナギはニミウスにそう言った。相手の方は誰か知らないがおそらく今滞在しているという客じゃないだろうかとも推測した。
しばらくして稽古が終わり、二人がこちらに気づいた。王子の方がこちらへ向かってくるのを見たナギがどこかに隠れようとしたがそんな場所はなかった。
「やっぱりナギだ」
透けるような金髪に、そばかすのある顔。垂れ目でにっこりよりもへにゃという音が似合うような笑い方は人に安らぎを与えるようだった。
「どうしてこんなところにいるの? 家を出たって話は聞いたけどなにしたのさ。それに、そこの人はなんなの?」
彼は睨むようにニミウスを見た。垂れ目のせいで怖くはないが、敵視されたのはわかった。
「こちらはニミウスさん。この人のおかげで人の常識を学べましたし、旅も大分楽になったんです」
「よろしく」
ナギがその敵意を流すようにしてニミウスの紹介をする。ニミウスはその意図が読めたので笑顔で挨拶をして手を差し出した。レイアは納得しがたそうな顔でその手を握り返した。
「はじめまして。僕はレイア・カロン・フンベルト。ライアと呼んでください。ナギの婚約者です」
「ちょっと!!」
ニミウスにとっては初耳であるその情報にニミウスはレイアが自分に向ける敵意の意味を理解した。
要はやきもちなのだろう。そりゃあ自分の好きな人の横に見知らぬ男がいれば敵意も抱きたくなるのかもしれない。今まで恋人のような存在がいなかったニミウスはそう思った。
「愛されてるんだな」
「そんなこと言わないでください。恥ずかしい……」
ナギの言葉はどちらに向けているのかよくわからない。おそらく両方なのだろう。顔を真っ赤にして東屋へと二人を急かした。
ナギは見えている東屋へとかけていく。レイアはその辺にいたメイドにお茶の用意を頼むとニミウスと並んで歩き出した。
「ナギはああ言ってたけど、本当にナギに変なことしてないよね」
「してないしてない」
「今後する気も」
「ないない」
「ならいいや。僕は君も歓迎するよ、ニミウス君」
二人は改めて手を握りあった。東屋につくとそんな二人を不思議そうに見るナギがいたが、ナギが何かを言う前に仕事の早いメイドたちが紅茶と茶菓子を用意してきたため、何も言えなかった。
その後、和やかに流れる時間の間、ナギはずっと顔を真っ赤にしていた。
ニミウスが旅の途中でのナギが忘れ去りたいようなことを次々とレイアに暴露したのだ。はじめは反論したりもしたが今は何も言わず、それでも恥ずかしさに顔を赤くしながらお茶菓子のケーキを口に運ぶ。苦い紅茶に甘いクリームがよくあった。
「あたし、席を外してもいいですか?」
何度目かの頼みはレイアの笑顔によってあっさりと却下される。そんなナギが顔色を変えたのはレイアが救世主の話を持ち出したあとだった。
「そう言えばさっきまで僕に稽古をつけてくれた人。ジェフさんって言ってね、救世主さんと一緒にヴァダリアからこっちに来たんだって」
その時のナギの反応はすごいものだった。それまで真っ赤だった顔から一気に血の気が引いていったのだから。
「皆さんとても強いんだけどね。救世主さんはまだまだ成長途中って感じかな…………。ナギ?」
カタカタと震えだした音を聞いてレイアがナギの異変に気づいた。心配する声を無視しナギは声を震わせた。
「ライア……。救世主、と言いましたか?」
「うん。ねえ大丈夫? 真っ青だよ」
「名前、その方の名前は……」
「メグミ・サノって名乗ってたけど……。ナギ!!」
ナギは気を失い椅子から落ちる。そばにひかえていたメイドが慌てるがレイアがそれを押さえた。
「ニミウス。ナギを抱えて僕についてきて。僕の部屋に案内するよ」




