3-11
よく晴れた日の朝。それなりに日が高くなったころ、一台の馬車が王宮に到着した。中にいるのはレイス・ルデル・エンテンシア男爵。そして、彼の邸に現在住んでいるという二人。
ミルフィアに登録しているというその二人。女の方は青いドレスを、男の方は男爵と同じような礼服を着ていた。二人からは戦う者という雰囲気は感じられず、逆に気品が漂っているように感じられた。
女、ナギは縛っていた髪を下ろしている。強い意思の宿った目とすらりとした立ち姿が近寄りがたい雰囲気を出している。周りからしてみれば高嶺の花であるが本人は一刻も早く王宮から出ていきたいという思いでいっぱいだった。
対して男、ニミウスはカロンでも少ないといわれる銀色の髪に海のように深い青い色を持っている。嫌でも目を引く整いすぎた容姿は着ている礼装によってさらに際立っていた。こちらはこちらで近づきがたい雰囲気を出していた。
「レイスさん。この後王様に会って、多少会話して、そのあと適当に時間をつぶしたら帰れるといいますし、夕方には、出れますよね?」
「よほど困ったことがない限りは夕方にならないうちに帰れると思うよ」
そう言ってレイスは二人を案内する執事に話を振る。彼はレイスの言葉を肯定した。そして、ナギたちを対象として王宮の説明を始めた。
「勝手に行動されることはないと思いますが、もしも迷われたりしたら……後ろのほうに高い塔がございます。それは一応王宮からならばどこからでも見ることができますのでそちらへ行ってくださいませ。先ほどの門に出ますからそこの門番に声をかけていただきましたらお迎えに参ります」
執事は他にも、ここには入らないように、お手洗いはその辺を歩くメイドにでも聞いてもらえればわかると王宮内の説明を行っていく。王宮は広い。入るな、と言われたところでも迷った末に入ってしまうかもしれないが、そういう場所にはたいてい見張りがついていたので問題はないようだった。
王宮は左右対称に、細長く作られている。今、ナギたちが歩いているのはその中央であり、右翼、左翼と呼ばれるところへの出入りは基本的に自由のようだ。代わりに、今いる中央棟の上へは行ってはいけないと言われた。
右翼の方には今客が滞在しているて、左翼には王族の皆様の部屋がある。左翼の一階は城の食堂があったりと城で働いている人のための設備があるそうだ。
「そしてこの先が王宮へのお客様と王が会われる、謁見の間でございます」
奥まったところに見える穴のようなところから向こうが開けているのがわかる。中央棟を抜け、その奥にある少し小さな建物。
必要最低限の物しか置いていないと言わんばかりの質素な部屋に、この国の現国王、ナディアスがいた。
「エンテンシア男爵だね」
「はい」
「それにそちらの二人は……」
「今、私の邸に滞在している者たちです」
「わかった」
ナディアスは三人に簡単な歓迎の言葉を述べた。レイスはやや緊張した面持ちで、ナギは優雅に笑顔を浮かべながら、ニミウスはガチガチに緊張しながら三者三様の礼をしてみせた。
緊張しなくていいとは言うがそれは無理な話である。
皇国の皇帝は見るからにそれらしい威圧感があった。言うなれば上からの力で、ナディアスは違う。周りから染み込んでくるような、よくわからない威圧感であった。というのは救世主の中では相手の力を読むのに長けたジェフの言っていたことだが、三人は知るはずはない。
「本当に緊張しなくてもいいんだ。これは公式なものではない。そうでなければもっと大層な格好をしているよ」
ナディアスの格好は確かに品はいいものを使っているようだが地味なものだった。藍色のズボンをはき、肌着と見間違えてしまいそうな白い半袖の服を着ている彼はここが王宮でなかったら普通に町にすむ普通の人にしか見えなかった。
彼はさっさと話を終わらせた。今度の大会への意気込み。そもそもなぜ参加しようと思ったのか。さらには二人の出会いについてまで聞いてきた。
「王様。それは言いたくないことですから」
こんなところでも余裕たっぷりなナギが優雅に微笑んではっきり拒絶しなかったなら、ニミウスは洗いざらい喋ってしまったことだろう。
「やれやれ。東の姫君は手厳しい」
東の姫君と、ナギのことをそう称した。ナギは一瞬だけその笑顔を崩したが家出をするまでに叩き込まれた教えによりすぐさま元の笑顔に戻った。
「エンテンシア男爵。この後もしばらく話があるからここに残ってくれ」
「はい」
「君ら二人は好きにしていてくれて構わない。ただし、この部屋からは出ていくこと。それと進入禁止の所には入っていかないこと。これだけは守ってくれ」
そう言われてさっさと追い出された二人は適当に歩き始めた。まずは中央棟に戻る。そして、今は右翼の方で王子が客人から剣の稽古をつけてもらっていると聞いた二人は迷わず右翼に行くことを決めた。
王宮の敷地は広い。右翼の方は客をもてなすためも兼ねて、綺麗に手入れされた庭園が広がっている。貴族の婦人たちが集まり、茶会を開くための東屋がたてられている。庭園や東屋、それに景観のためにあるらしいちょっとした池と小川を除いてもなお余るその庭で剣の稽古は行われていた。
がっしりとした体に木剣を持った男は救世主一行のジェフ・ゴーディ。対するのは話によればこの国の王子だろう。ひょろりとした細身の体を軽やかに動かし、攻撃。ジェフの動きにあわせるかのように防御し、最低限のステップで回避をしてみせる。強いというよりは巧いという方が正しいような動きだった。