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一般人以上、勇者未満  作者: 紅月
第三章:カロン王国
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3-10

 カロン王都の中心部に近い片隅で互いの過去を打ち明けるという静かな時間に対し、同時刻、王宮に繋がる大通りは人の熱気に溢れていた。ナギたちの入国に遅れること二日。ヴァダリア皇国の皇位継承権第三位の虹牙が救世主を伴ってカロン王都へ到着したのだった。

 王国には魔物の攻撃がないと言っても王国の民には被害が出ている。それは漁のために出ていった先の海であったり、動物を狩るために入っていった山であったりする。それで大切な人を失ったりした人にしてみれば救世主は魔物たちを倒してくれる、敵討ちの役割を持った人として認識できる。

 とはいってもその人数は多くもなければ少なくもない。これだけの人が集まっているがここにいるほとんどの人は救世主が今日この場所を通ると聞いた野次馬たちである。そして多くの人が集まりこの熱気と人混み。下手をすれば馬車が通れるかどうかが微妙な所もある。

 やがて馬車が通る。馬車の中をのぞくことができる窓はそこまで大きなものではないので、救世主を見ることができた人は少ない。人々はどれが救世主様かと馬車に惹かれない程度にぎりぎりまで近づき、覗き込もうとする。

「すごい人気ですねー」

 ミールがのんきに外を見ながらそう言った。メグミたち六人は馬車の中からその熱気を受けている。実際には熱は感じないもののその様子を見れば容易に想像できた。彼らもまた救世主(メグミ)に期待しているのだと。

「でもよお、その救世主様がこれじゃあよお」

「仕方ないでしょう。あまり外に出ない方だと言っていましたし」

 当のメグミは馬車の隅。できるだけ外が見えない場所で小さくなっていた。おとなしい性格であるメグミは人前に出ることもあまり得意ではなく、むしろ人ごみには近寄らない生活を元の世界でも行っていたらしい。そのため、今、とてもじゃないが窓の外を見れず、窓の外からも見られたくないそうだ。

 ハンナがそんなメグミを外から隠すようにして陣取っている。どうにかして外の人に顔を見せて欲しいと思っているハンナだがそれはなかなか上手くいかないようだった。

 そしてそのまま馬車は王宮を囲む塀の中へと吸い込まれていった。

「そういえば虹牙様は?」

「ハンナー。あの人は外でなんかアピールしてますよー」


◆◇◆◇◆◇◆


 王宮の一室に案内された虹牙は救世主一行とは別に与えられた個室にメグミを呼んだ。他の仲間はいない。虹牙がそれを認めなかったのだ。今頃仲間たちはゆっくりとくつろいでいるだろう。

 しかしそれは、この部屋ではくつろげない、という意味ではない。部屋に用意されていた紅茶をメグミが淹れて、虹牙の前に置いた。

「座れ」

 メグミはおとなしく虹牙と向かい合うように座った。

 自分で、自分の淹れた紅茶を飲む。

「お前の目的は理解しているな」

「はい」

「この国で最近不穏な流れが発生していると我が国の間者から報告を受けている」

「はい」

「ついででかまわん。そちらも処理しておけ」

「はい」

 それ以降二人は何も話さず、先に紅茶を飲み終わったメグミはさっさと部屋から出て行った。

 それなりの広さの部屋にたった一人残された虹牙は一口、紅茶を飲む。

「しかし、あいつはやけに茶を淹れるのがうまいな」


◆◇◆◇◆◇◆


「あなたが救世主さまなのかしら?」

「はい?」

 虹牙の部屋から出たメグミはそう声をかけられた。そこにいたのは細部に豪華さをちりばめた、はたから見れば質素なドレスに身を包んだ、メグミと見た目の年はそう変わらない少女だった。

 この国は王女と王子が一人ずついるというのは事前に学んでいたメグミはそのどちらかだろうと思い恭しく礼をした。

「はい。私は救世主と呼ばれています。名前は――」

「名前なんてどうでもいいわ。私のこと、知ってるかしら?」

「この国の王女殿下でですよね」

「ええ、そうよ。ミナハベール・カロン・フンデルトよ」

 王女、ミナハベールはえらそうに胸を張った。

 こちらがミナハベール、王女らしい。噂によると王子と違ってかなりわがままな性格をしているという。王子の方は今は見当たらない。きょろきょろしているメグミを見て、王子を探していると気づいたのかミナハベールは今はいないと言った。

「ヴァダリアの女に惚れてていつも鍛錬してる弱虫レイラのことなんてどうでもいいのよ。私はあなたに用があるの」

 いつも鍛錬していることのどこが弱虫なのだろうと疑問に思いながらも、自分に用があるというところにメグミは違和感を持った。

 なぜ、皇国の皇位継承権を持つ虹牙にではないのだろうかと。

「何でしょう?」

「私をあなたの仲間に入れなさい!!」


◆◇◆◇◆◇◆


「――で、今に至るというわけですね」

「……はい」

 場所は変わって、メグミたちに与えられた部屋のうちの龍望(ロンホウ)の部屋でメグミは小さくなった。龍望はあからさまに迷惑ごとを持ってくるなという顔をしている。

「僕よりもハンナの方がそういうことには向いているでしょう。同じ女性ですし」

 ミールとジェフをさりげなく除いたのは龍望も彼らがその手の事にむかないのを知っているからだろう。ミールはこういうことから逃げるのが得意であるし、ジェフはこういうときの対処が全くできないからだ。

 なので、こういうときでも頭がよく回るハンナを推挙したのだがそれをメグミは否定する。

「ハンナさんは、その……。私の好きなようにすればいいって言うと思うんですよ。あの人って他の皆さんと違って私をなんかすごく偉い人に見てるような気がして……」

 確かに、龍望はメグミのことを仲間としてみている。ひどい言い方をすれば金蔓であるが、お金を運んでくるからといって崇めようという気はないし、敬意を払う対象でもない。

 しかし、ハンナは違う。エルフ一族特有といわれる光信仰と呼ばれる宗教を、エルフである彼女もまた強く信仰している。そのため、光の使い手の象徴とされる救世主であるメグミは彼女にとっては神に限りなく近い存在である。それゆえに、神に近い存在にあまり強く口出しはできないだろう。

 それを理解し、龍望は大きくため息をついた。どうやらこれは自分がなんとかしないといけないと思った龍望は一番手っ取り早い方法でお引取りを願うことにした。

「ミナハベール様」

「あら、何かしら。いろいろといってたみたいだけど、私を仲間にする気が起きたということでいいのかしら」

「ええ」

 メグミは困ったように龍望を見る。断って欲しい、というのははじめからわかっていたし、龍望もそうするつもりだ。しかし、面倒なことを持ってこられた龍望はちょっとだけ意地悪をする事にしただけだ。結果を変えるつもりはない。

「しかし、ミナハベール様。僕たちはあなたの実力を知らない」

「結構強いのよ? 先生にもあなたに勝てる魔物はなかなかいない、と言われたくらいですもの」

 その自慢に満ち溢れて高くした鼻をへし折ってやりたいと思った龍望ははっきりと言ってやる事にする。

「では、証拠を」

「何でよ!! 私の言うことが信じられないというの?」

「ええ、信じられませんね」

 メグミがおろおろしているがそれにかまう気なんてない。これはすでに龍望に任されたことだ。好きにさせてもらおうと龍望は言いたい事を言う。

「そこの救世主様はまだ戦闘の場に立って日が浅いですが、僕たちにはそれなりの実力を見せてくれています。しかし、あなたは違う」

「じゃあ何かしら。私の実力を示せばいいのかしら」

「おや、話が早い。その通りです」

「あなた、気に入らないわね。私をなめてるのかしら、私はこの国の王女よ」

「知っています。でもそれはあなたを仲間にできる条件じゃない」

 いらいらするミナハベールを龍望は顔には出さず嗤いながら言葉を続ける。

「仲間になる条件ですがね。一人で魔物を倒してきてください」

「そんなことでいいのかしら」

「ええ。ただし、出発は明日の朝。帰りは王宮での夕飯までに。その間に最低でも魔物を十体以上狩ってきてください」

 驚愕の声を上げたのはミナハベールではなくメグミのほうだ。魔物の被害が少ないこの国は魔物の出現場所は山か海か、ヴァダリアとの国境となっている森か。そのどれもがここからでは一日かかっても行けないところにある。ミナハベールのほうは絶句である。どうやら龍望が言ったことがよくわからなかったらしい。

 しばらくして顔を真っ赤にしてミナハベールは怒鳴った。そんなこと不可能だと。

「ええ、不可能だとわかって言っているのです」

「なんでよ!!」

「一つ目はメグミが嫌がっているからですね。二つ目。僕は戦闘職ではありませんからミールやジェフには劣りますがそれでも他人の強い、弱いというのは見ればなんとなくわかります。あなたはろくに鍛えてすらいません。ここの新兵にも勝てないでしょう」

 そこまで言って龍望は言葉を一度区切った。そしてはっきりと言い切る。

「最後に三つ目。僕はあなたのような自分を過信し、その上で他人にも過信で成り立った現実を押し付ける馬鹿な餓鬼は大嫌いだ」

 わなわなと震え、怒りに顔を真っ赤にして、それでもミナハベールは何も言わなかった。言わないのではなく、言えない。龍望の意見を受け入れたわけではない。怒りで何も言えないのだ。無理やり足を動かして龍望に近づいて大きく腕を振るう。

 なにやら手に感触があったがその感触が何に触れたものかわからないままにきびすを返し、ミナハベールは部屋から出て行く。わけもわからず口が動いた気がしたが、その内容すらミナハベールは理解していなかった。

「龍望さん。大丈夫ですか」

 メグミは頬をさする龍望を心配そうに見る。ミナハベールは龍望の頬をたたき、今に見てなさいと叫んで部屋を出て行ったのだった。

「別にいいんですよ。あの手の輩は次は間違いなく親を持ち出してきますから、それに気をつけておきましょう」

 いざとなったら僕が叩きのめします。

 よほどミナハベールのことが気に入らなかったのか、龍望はそう言った。

 はじめはただの相談だったのに、余計な迷惑をかけてしまったと思ったメグミはひたすら謝り続ける。それをやんわりと受け入れながらも龍望はこの話は終わりだと言わんばかりにメグミを部屋から追い出した。

「あ、そうそう。心の準備ができてないと困りますから他の皆さんにも今の話をしておいてください。あなたがするんですよ。僕は絶対にしませんから」

 最後にそう言われてメグミは完全に部屋の外へと追い出されてしまった。とりあえず部屋に戻って休もう。すべてはそれからだとメグミは思った。

 現在は夕方。夜ご飯の後に話そうと思ったのだが、ついついタイミングを逃したまま、メグミは王国の兵士と手合わせをしたり、ジェフに鍛えてもらったり、ハンナに魔法を教わりながら数日を過ごす事になる。そしてミナハベールが何も行動を起こさなかったため、このことをすっかり忘れてしまうのであった。

 かくして、逃亡者と救世主の道は交差する。

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