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一般人以上、勇者未満  作者: 紅月
第三章:カロン王国
25/37

3-9

「でもそれでレイスに迷惑をかけるのは間違っているのだ」

 シズミの静かな言葉は静かな部屋にはっきりと響いた。彼はしっかりとニミウスの向こう側に転がっているナギを見据えてそう言った。

「家出したのはナギのわがままなのだ。王族に会いたくないというのもそうなのだ。理由があるからと言ってそのわがままでレイスに迷惑をかけてはいけないのだ」

「直球だな」

「そう言いたくもなるのだ」

 シズミはそれだけ言って部屋から出ていった。あとは任せるということなのだろうが、この状況でナギと二人きりというのは気まずいものがあるニミウスは恐る恐るナギを見る。

 窓を向いたままのナギは動こうとはせず、呼吸の分だけ体が動いている。その顔はわからないが、なんとなく泣いているような気がして、よけいに声をかけることが憚られた。

 沈黙の間にニミウスは先ほど中断した考えに手を伸ばす。もしも、ナギが自分のことを聞いてきたら――。

 一緒になってまだ日は浅い。ニミウスはナギが貴族の出だろうと予想はついたがそれを聞こうとはしなかった。ナギもニミウス自身のことについては何も聞こうとしなかった。

 皇国で互いに追われる身であるとわかったからなのだろうか。互いの素性については探りあいこそすれど、実際に話し合ったりはしなかった。それでいいし、問題はないと思っていたけれど――。

 頑なになっているナギを見て、ぽつぽつと語られた内容を聞いて、ニミウスはちょっとだけ、その気になった。ただ、ニミウスが口を開く前にナギが話し出した。

「賢いと褒められて、賢すぎると疎まれて。女だからと軽く見られて、女のくせにと蔑まれて。そんな場所から逃げ出したのは確かにあたしのわがままです」

 やはり向こうを向いたままナギはそう言った。やはり、シズミに言われたことが堪えているようだ。

 しかし、ナギの言葉はそこで途切れてしまい続かない。そんな沈黙を破ったのは今度はニミウスだった。

「俺も、似たようなもんだよ。いや、やっぱり違うな」

「え?」

「俺も、追われてるってのは知ってるだろ? 俺は裏切り者なんだよ」

 ほんの少しだけ、ナギが語ったことよりはずっと少ないがニミウスは自分のことを語る。

「だから追われてる。俺の場合はどこに相手がいるかがわからないからむしろ開きなおっているけどな」

 こそこそ隠れてもいつかは見つかる。ナギを追っているのとは違い、ニミウスの追っ手は手段をあまり選ばない。でも俺だって捕まる気は全くない。そう言ってニミウスは苦笑した。

 ナギはのろのろと起き上がってニミウスの顔を見た。半信半疑といった表情は当然だろう。タイミングがよすぎるのはニミウスだって承知している。

「本当なんですか?」

「こんなときに嘘なんてついたら後が怖いだろ」

「それはまあ、そうですけど」

「お前は国境を越えたらあんまり問題はないだろうけどな、俺は国境を越えようが関係ない」

「じゃあ、救世主様の仲間になりたいというのはどうしてですか?」

「そしたら追手が手を出しづらくなるかなと思ったんだよ」

 少し不機嫌になっているナギはニミウスから顔を背ける。どうやらニミウスは嘘をついてはいない。……と思う。むしろそう思いたい。

 国境を気にせず動くということはかなりの勢力だと予想はできた。きっと自分を追っているのよりもさらに大きいということはありえないだろうとも予測できたが。

 しかし、二人とも追われる身だったのか。

 ナギは声を出して笑った。その声はさほど大きくはなかったが、ニミウスにはその声はしっかりと届いていた。

「いえ、ただあまりの偶然にビックリしただけです」

 訝しげにナギを見るニミウスにナギはそう答えた。しばらく笑っていたナギはやがて笑うのをやめるとまっすぐニミウスを見て諦めたように言った。

「仕方ありませんね。同じように追われているらしいニミウスさんは王族に会いに行くんですよね」

 そう言われてニミウスは目的が王族に会うことを嫌がるナギを王宮に連れていくために説得させることだったと思い出す。慌てて曖昧に頷くとあっさりと忘れていたことを見透かされた。

 苦笑しながらナギは王宮に行くことを了承した。もしも追われたらその場からすぐさま逃げ出す、と条件をつけてきたがそれは仕方ないだろうと受けとめた。

 その後、どんな服を着ていくかで優明とナギがものすごい口論を繰り広げるのだが今はまだ関係のないことである。


◆◇◆◇◆◇◆


「そう言えばニミウスさん」

 無理矢理という感じはなく、ナギは話題を変える。その目にあるのは先ほどまでの淡々としたものではなく、なにかを期待するようなもので、はしゃいでいるような雰囲気もある。

「杖に名前をつけたんですよ。聞きたいですか?」

 まるで子供が自慢話をしたいかのような物言いで、実際そうなのだろう。部屋の隅に立てかけてあった真っ白なその杖を持ってきた。

 すらりとした直線的で細身な杖は、杖から感じさせられる気品がなければただの棒にしか見えない。上部で渦巻きを作るようにして緩やかな曲線を描くそれを高々と掲げる。

白羽(シラハ)、と名付けました!!」

 ニミウスの返事を待たずにナギは声高に言った。

「白は見たままですね。羽は、あたしにとって自由の象徴です」

 ようやく手に入れた自由をあらわしました。そう言ってナギはその杖の曲線部分をなぞる。気のせいかなぞられたのにあわせて明滅したきがした。

「さあ、ニミウスさん。今日は特訓といきましょう」

「その杖を早く使ってみたいんだな」

「そんな子供じみたことありませんよ。あたしはただこの杖で魔法を使ったらどんな感じなのか試してみたいだけです」

「変わらないのだ」

 同じだろう、とニミウスがあえて言わなかったことをシズミはあっさりと言った。ナギはそれに若干むくれたものの、機嫌よく外に見えた太陽に向かって杖を勢いよく突き出した。

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