3-8
「は?」
「はい?」
二人が揃って首を傾げたのはレイスが優明の手作りの朝ごはんを堪能しているときだった。
「俺が思ってる以上に君たち有名らしい。昨日、君たちが出掛けてる間に来たんだよ」
レイスが話した内容によると、こうだ。
昨日、レイスのところに王室からの使いがやってきた。何でも近いうちに一度王宮に来るようにとの書状を持ってきただけだったらしい。それだけならば不思議ではない。レイスはこの国では男爵の地位にいるのだから。
問題はその書状に書かれていた、続きであった。
『貴殿の家には現在ヴァダリア皇国から来ている者がいるとのこと。ミルフィアに登録しており駆け出しの身でありながらこの度行われる大会にも参加するとも聞いている。それほどの方となると並大抵ならぬ実力をお持ちでしょうからぜひとも見てみたい。』
要は『変わったやつがいるらしいから見てみたい』ということだとレイスは二人に言った。
「はあ」
「絶対嫌です!!」
消極的に返事をするニミウスに対し、ナギは強く拒否を示した。
王族ってきどってるイメージがあって嫌いなんです。だから嫌です。いや、これ王室からの正式な書状だから。レイスがそう言ってもナギは聞かない。
気まずい空気になった中、ナギはそのままさっさと食べて食堂から出ていった。
「しかたない。ニミウス君、説得してきて。こういうの無視されると俺の立場が無くなるから」
そう言われては嫌とは言えずニミウスも席を立った。シズミが着いてきたがそれは気にしなかった。
ナギを探すために屋敷を歩いて鍵のかかってない扉を順に開けてその中を確認していく。面倒だが確実な方法で探す。退屈で単調な作業だがそれはシズミと話をすることで紛らわした。
「ナギは王族が嫌いなのか」
「嫌い、ではないと思うのだ。会いたくないだけだと思うのだ」
シズミは勢いをつけてニミウスの肩に乗った。猫がしゃべるというところはあまり人に見られたいものではない。
ニミウスには聞こえるくらいの音量でシズミはしゃべる。人の姿をとってもよかったのだろうけど、この屋敷では猫ということになっている。誰に見られるかわからないのでやめたようだ。
「おそらく、会うことで見つかるのを恐れているのだ」
「誰に?」
「……ナギが家出中だとは聞いてないみたいだったのだ。失言だったのだ」
シズミのため息に少しムッとしたものの聞いていなかったことは事実だったので何も言わなかった。逆にシズミの方は「知っておいた方がいいと思うのだ」と言ったきり黙ってしまった。
どうやらシズミから喋るつもりはないようだ。ニミウスもため息をついてナギを探す。
やがて見つけたナギは自分にあてがわれた部屋のベッドにうつぶせになって転がっていた。ノックもせずに扉を勢いよく開けたときにナギの体が震えたような気がしたがそんなことは気にせずに入っていった。
「……なんなんですか」
「ルイスに頼まれて、説得」
「ならとりあえず扉を閉めてください。シズミも人の姿になれますし、そっちの方があたしも気が楽です」
ニミウスはおとなしくナギの言った事に従った。明かりはつけず、窓もカーテンをしっかりと閉めている。扉を閉じれば薄い闇に包まれた。
すぐには闇には慣れないので薄闇とはいえ手探りでナギの横に座った。すでにシズミは人の姿になっており、部屋にもともとあった椅子に足を組んで座っていた。
ニミウスはナギが語りだすのを待ったが、それでもナギはしばらく何も言おうとせず、うつぶせのままでうなっていた。
「ナギ」
「待ってください。ちょっと言いたくないこととか言わないといけないこととか考えてますから。せっかくだから、あたしが王族に会いたくない理由もちゃんと言います」
「シズミからは家出してるとか聞いたぞ」
ニミウスが闇に慣れた目でシズミを見ればそちらは何も言わずにこちらを見ている。闇の中で金色の瞳が異様に光っている。月のようにも見えるその色はガラス球だと言われても納得できそうだった。
ナギもシズミを見た。余計なことを、とも思ったがいずれ話さなければいけなかったことだ。むしろきっかけを与えてくれた事に感謝しよう、そう思って最低限の、言わなくてはいけないことだけを考える。
「あたしは……」
――もしナギが自分のことを話したら、ニミウスがそう考えはじめたときにナギは語り始めた。
「あたしは、シズミが言ったとおり家出をしています」
ニミウスの方を向いた顔にどんな感情が張り付いているのかはわからない。だが、その声音には嘲笑が混じっているような気がした。
ごろんと転がって仰向けになり天井を見上げながらナギは続ける。
「ヴァダリアではそれなりの家でして、ヴァダリアの兵も、動かせます。ニミウスさんと出会ったときにあたしが兵士に追われていた理由は、家の人間が命令したからでしょうね」
淡々と語られる言葉には一切の重みが感じられない。ナギがあえて軽くするつもりで喋っているのか、それともどうでもいいのか。少なくともその話がナギにとってはいいものなのかわからないニミウスには判断する基準はない。
ニミウスはナギが語るがまま、一切の口出しをしない。
「まあ、そこまではいいんです。過程。……いえ、ただの結果ですね」
ナギはさらに姿勢を変えて今度は窓の方に向かって横になる。そうなるとニミウスからはナギの表情をうかがえなくなった。
「あたしはですね。それなりの家で、それなりの教育を受けて、それなりの交友関係を築きました。この国、カロンの王族も、その一部です」
ナギの家は相当位の高い家だと言うことがわかる発言だった。しかし、ナギはまだ話す。これで話は終わりではないようだ。
「あたしの家出のことは面子がありますから何も言っていないでしょう。でも、あたしが顔を出すとどうしてあたしがここにいるのか、という事になります。そうなればあたしは強制送還です。そしてあたしは、絶対にあそこには戻りたくはありません」