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一般人以上、勇者未満  作者: 紅月
第三章:カロン王国
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3-2

「いや、失礼。優明がきたと聞いてうれしくなってね」


 優明に抱きついた貴族の男性はそう言ってナギたちに(・・・・・)謝った。優華と明華はまだ優明に抱きついてはしゃいでいる。あのあと、我に帰った執事が無理矢理引き離して落ち着かせたのだった。

 そして、その執事が体を二つに折りたたむ勢いで頭を下げていた。


「すみません。なにぶん私も初めてのことだったので対応が遅れてしまいました。まさか、主人がこんなにも危ない人だとは思ってもおりませんでした」


 さすがに怒る気もないらしい優明は苦笑いであった。それに対して主人である貴族の男性は危ない人ではないと異論を唱えている。

 そんな男性を無視して被害にあっていない客人たちであるナギとニミウスにも、見苦しいところをお見せしました、と頭を下げる執事を見ているとなんだかこっちがいたたまれない気持ちになってくる。執事はそのままお茶を用意してきますと部屋から出て行こうとする。


「そこのお二方、すみませんが主人がまた暴走したら止めてください。殴っても、蹴っても、魔法を使っても構いませんから」

「え? いいんですか?」

「はい。多少のことでその馬鹿は死にませんので」


 ナギの聞き返しにさらりとひどいことを言ってのけて執事は部屋から出て行った。呆然と見送るナギ、ニミウス、優明。


「ゆーちゃん。お茶だって」

「じゃあ、お菓子も出てくるね、みーちゃん」


 無邪気にはしゃぐ優華と明華の二人とうきうきとしている貴族の男性。ナギたち三人は大仰にため息をついた。


◆◇◆◇◆◇◆


「お茶をお持ちしました」

「戻ってきたし、それじゃあ、自己紹介といこうか。俺はレイス・ルデル・エンテンシア。この国では男爵の爵位をもらっている。で、こいつが……」

「執事、と言うよりもこの人の身の回りの世話をしております。ルーヴル・チェスです。ルルと呼んでください。あと敬語などは無理して使わなくてもよろしいですよ」


 初対面の人に愛称で呼ぶこと、タメ口でいいなどを自ら申し出るのは、貴族間では恥ずべき行為だといわれているがそれを気にせずにルルはお茶を注いでいった。

 お茶のいい香りが部屋に広がる。あまり香りが強くなく、味も軽い万人受けする銘柄のそれを執事が次々とコップに注いでいく。優華と明華はお茶よりも平皿に盛られた沢山のお菓子のほうに興味があるらしく熱い視線をそちらに送っている。


「それで、あなた方は?」


 ルルがナギたちに目を向ける。そこでナギたちは名乗っていないことに気付いて慌てて自己紹介をする。


「あたしはナギといいます。そこのニミウスと一緒に旅をしています」

「俺がニミウスです」

「私は杏優明(キョウ・ユウミン)です。今日からここで働かせていただくことになっているはずです。それとこの二人は私の娘で優華と明華です」

「ゆーちゃんなのー」

「みーちゃんなのー」


 優明の紹介にあわせてお菓子をつまんでいた二人は手を上げて自己紹介をする。敬語はいいと言われていたためか口調はかしこまったものではない。優華と明華はもともとかしこまってもいないのだが。

 自己紹介がすんだ後、双子はまたお菓子を食べ始めた。ルルは優明にいくつか質問をしてそれがすむと、契約書と働くに当たっての注意事項ですと言って紙を優明に渡した。優明がそれを読んでいる間に執事はナギたちに主人であるレイスが先ほどのような変なことをしでかさなかったかと聞いてきた。


「何でそれを俺に聞かないかな?」

「お客様に聞いた方が間違いがないので。」


 先ほどからの主人に対する態度には変わりが無く、その態度に面食らいながらも変なことは無かったことを伝えるとえらくほっとしていた。この主人は当たり構わず奇行をする人物なのだろうかと不安になってくる。

 お茶を飲んでしばらく話をする。どうやら主人は同行していた唯一の男性であるニミウスに優明との関係をしつこく追及していた。はじめはけんか腰だったもののニミウスと優明がそういった関係ではないと知るとあからさまに態度が優しいものになった。


「あの、あたし気になることがあるんですけど、さっきのマイスイートハニーってどういうことですか?」

「確か、俺たちは優明の旦那はヴァダリアの人だって聞いてたけど。」


 優明の旦那はヴァダリアの出身だと優明本人が言っていた。旅の途中で何度も旦那の話を聞いていた。事故で亡くなったとも。とニミウスとナギは出会い頭の主人の反応に疑問を抱いていた。


「よくぞ聞いてくれた!! 優明は俺の初恋の人なのだよ!!」


 何でも、昔のことだが皇国にレイスが行った時にであって一目ぼれしたとか。何度ももうアタックをしていくうちに、その時の優明はすでに結婚していて双子を授かってすぐのタイミングであったことを知り、おとなしく身を引いたのだとか。実はこの時点ですでに優明はレイスに苦手意識を抱いていたことはレイス自身も知らないことである。

 身を引いたと言っても、やはり愛する人のために少しでも何かをしたいと思ったレイスは王国にある自分の家の住所を教えて困ったら連絡してくれと、必死になって頼み込んだらしい。そして旦那が不慮の事故で亡くなってしまい、日々を暮らしていくだけの収入がなくなった優明が連絡を取ったとの事らしい。優明曰く、かなりの葛藤があったらしいが……。


「さて、それじゃあ、俺からも聞いていいかな?」

「なんですか?」

「ナギと、ニミウスって言ったよね」

「はい」

「君たちの(ファミリーネーム)は?」


 普通ならば名乗るはずの姓を名乗らなかったことへの疑問だったのだがその問いに対する二人の返答は次のようなものだった。


「ありません」

「言いたくない」


 上がナギ、下がニミウスのものである。それを聞いたレイスは首をひねりぶつぶつと何かを言っていて、さらに何かを言おうとしたがちょうど優明が契約書にサインをしてレイスに渡したことでうやむやになった。

 それからしばらくはお茶を飲んだり喋ったりしていたが、双子のお菓子がなくなったという言葉を合図にするようにレイスが立ち上がった。


「それじゃあ、俺が優明たちを案内するから後片付けよろしく」

「くれぐれも変なことをしないでくださいね」

「じゃあ、俺たちは宿を探しに行くか」

「そうですね」


 ニミウスたちも立ち上がった。とりあえず今日の宿を探さねばなるまいと急ぎ足になる。外は夕日が沈みつつあり、空は赤くなっていた。そんな二人にルルが声をかけた。


「宿が見つからなかったらまた来てください。部屋ならいくらでもありますから」


 ここは王国首都であるエリクシナである。首都なので必然的に商人や旅人、ミルフィアに所属する人間が多く集まるが、そういうところならばそれだけの人数を余裕を持って迎えることができるくらいの数の宿があるはずである。二人はそんなことはないだろうとルルに返して屋敷を出た。

 なんとなくルルに笑われたのは気のせいだろうと思いながら、登ってきた坂を下りながら宿屋を探す。一時間ほど後に、エンテンシア男爵邸の前に二人は戻ってくることになったのだが……。

「哀れ初恋。それでも引き下がらないとは……」

『まあ、優明が助かっているのだし何も言う気はないわね』

「ちなみにレイスのミドルネームであるルデルは男爵であることを示しているんだって」

『ふぅん』

「まあ、要は貴族の中でも下の方だって事だね」

『それ、何か大事な伏線?』

「さあ?」

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