2-6
「何故、ここまで来た?」
そう尋ねてきた男の服装は簡素なもので布一枚で全身をゆったりとおおっている。黒の髪と瞳は森の薄暗い闇のなかであっても、淡く発光しているようだ。威圧しているつもりが向こうにあるのかはわからないが、その言葉だけで彼らは地面に膝をつけてしまうような重さを感じる。
「あなたは、何者ですか?」
尋ねたのはハンナだ。金色の瞳をじっと男に向けている。
「魔属粒子すら清めてしまうなんて、人間にはなかなかできることではありませんわよね。」
感心したように男が目を細める。
魔法を使う、という行為は空気中にある魔属粒子に干渉することを言う。魔力は魔属粒子に干渉するための力であり、形を持たない魔属粒子に形を持たせるための力でもある。また、人によって魔属粒子に与えられる属性には幅があるし、形を与えられる範囲も違ってくる。魔属粒子に属性を与えて魔法を放つことならば、魔力の使い方をわかっている術者には容易なことであるが、魔属粒子に属性を与えずにその状態を変えるのは、全属性を扱えるハンナであってもできることではない。世の中にはそれができる人間もいるらしい。龍望が昔会ったと言っていたが太陽のランクらしいが、あれはもう人間と言えるか微妙な領域だったとか。幸か不幸か、ハンナは会ったことがなかった。
一方、尋ねられた男は答えるためにか、口を開くが、何も言わずに口を閉じる。
「馬鹿に、してらっしゃるんですか?」
「……。」
相変わらずの重圧が続く。拮抗とは言えない沈黙を破ったのはメグミだった。男を睨み、けん制するようにしながらであった。
「ここに、最近人が来ませんでしたか?」
「何故、それを問う。」
「四寿の村の子供を助けてもらったそうで、その子供がこの森に入ったことを心配していたので。」
「ふむ。」
顎に手を当てて考え出す男。考えていて意識がメグミたちから離れたせいか、重圧が無くなる。その瞬間にジェフとミールが斬りかかったが、男をすり抜けてしまう。それを見ていたメグミ、ハンナ、龍望は驚いていたが、それ以上に衝撃を受けたのは斬りかかったジェフとミールだった。なぜなら、男を斬ったという感覚が二人にはしっかりと感じられていたのだから。
あまりのことに全員が呆然としているなか、何もなかったかのように考えるのを終えた男がメグミに声をかけた。
「お前は何者だ?」
「私は佐野恵。救世主です。」
「そうか、ならば……。」
男が指を鳴らすと先程の重圧が襲ってきた。だが先程のはなんとか立っていられるというものだったのに対し、今回はあっさりと地面に押し付けられてしまう。
「何しやがる!!」
怒るジェフを冷ややかな目で男は見る。それに気圧されたのかジェフは押し黙る。
「おそらく、お前たちが探しているだろう者たちなら、つい先程この森を出ていった。」
「それじゃあ、こんなことをする説明になってませんよー。」
「それでだ。娘の方に頼まれたのだ。もしも、自分を追って誰かが来るならそいつを最低でも三日の間、ここで足止めしてほしい、とな。別に貴様らが救世主一行だからというわけではない。」
メグミが救世主だと聞いた後の行動だったためか、男はそう弁解する。が、その弁解がメグミたちには余計に白々しく感じられたのは向こうに行動を起こされたからだろう。
「その娘の名前って、ナギじゃないですか?」
「何故、その名を……。ああ、助けられたとかいう村の子に聞いたのか。」
メグミの問いに驚いたのか、軽く目を見張りながら男は頷いた。メグミもまた、目を見張りそして悔しそうに唇を噛んでいた。四寿の村の子供を助けたというその人物に礼を言えないのがそんなに悔しかったのだろうか。
「救世主、メグミと言ったか? 貴様、なぜあの娘を追う? ただ、礼を言う、安否を確認するというだけにしてはえらく固執しているように見られるが。」
「そんなこと、あなたに言う必要はありません。」
確かに、それもそうか。と頷き、男は続けた。
「何故、あの娘が逃げ、お前が追うのかは知らんが、頼まれた以上足止めはさせてもらおう。なに、そちらがなにもしなければこちらもこれ以上のことをする気はない。」
それだけ言うと男は姿を消した。残されたメグミたちは、色々と(光魔法やらハンナの最強魔法など)試してみたのだが、全てが無意味に終わった。結果、この拘束から逃れる術は無いという結論にいたり、ただおとなしくしているしかなかった。
「それにしても、アレはなんだ?」
アレ、とは先ほどまでここにいた男のことだろう。確かにそう問いたくなるような存在であったと言えるだろう。
「知らないですよー。でも、私たちの敵ですー。」
「いえ、彼は僕たちの敵ではないはずです。『頼まれた以上』とも言っていましたし、これは彼自身の意思ではないと、僕は考えますね。しいて言うならナギという少女の味方であると見るべきだと思いますよ。」
「なら、あれじゃないのか? えーと、そう。そのナギってやつが魔物なんじゃねえの?」
「それは、違います。」
何気ないジェフの言葉。ジェフ自身は、救世主の邪魔をするのは世界中でも魔王を殺されて困るのは、その魔王の命令に従っている魔物しかいないだろうと思っての言葉だったが、メグミがそれに強く反発した。
「メグミはどうしてそう思うんですー?」
ミールの疑問は当然の物である。メグミに四人の視線が集中する。
「それは……そうですね。まずは、魔物なら人を助けないと思います。それに、先ほどハンナさんが言ったようにここの空気はきれいなので魔物にはつらいかと思います。
あと、これは空雅さんから聞いたのですけど人型の魔物は発見されてないそうですから。」
魔王が現れてから魔物の動きは活発化したが、人と魔物の戦いの歴史はそれなりに古い。そこまで頻繁にあったわけではないので魔王が現れるまでは国の防御も最低限のものだった。皇国の首都の砦を調べればわかるが、あの砦はそこまで古いものではない。そして、過去の記録や、現在の研究、観察によっても人型の魔物というのは発見されていないため、いないという意見が多数を占めている。
多少の間を不思議に思いつつも、メグミの回答に納得する。 そこから三日の間は特にすることもなく、過ぎていった。三日の時が経っているのかは彼ら自身では判断できていない。太陽の光を確認できないほどに葉が茂っていたのもあるし、空腹を感じることもなかったのだ。眠くはなったが、三回眠る=三日経った、ということにはならないと考えていたので男が再び現れて三日経ったと言われてはじめてそうだと理解したのだった。
「頼まれ事とはいえ悪いことをした、体に支障はないか?」
その問いに全員が首を布留。何も食べていないのに調子は悪くない。むしろ森に入った頃よりもいいくらいになっている。
「ならば、今から貴様らを森の外まで送ってやろう。入ってきた場所に飛ばしてやるから後は好きにするといい。」
「わかりました。最後に一ついいですか? ききたいことがあるんですが。」
「なんだ。」
「この森はかつて十寿と呼ばれていたのではありませんか?」
男は驚き、その後にしてやったりというような顔をして、龍望の問いにそうだと答えた。
「他に何かあるか?」
「いえ、それだけ聞ければ満足です。」
「そうか。では今、きっと貴様の中である結論に至っただろうがその事をあの村の者たちに言うことは許さん。仲間にも、目上の者であっても尊敬する人物であっても誰一人にもそれを話すな。」
「わかりました。そうしましょう。もともとこの質問は僕の好奇心を満たすためだけの物ですしね。」
龍望がその返事を言った直後に景色が切り替わる。辺りを見てみるにどうやら男が言っていたように、メグミたちが森に入ろうとした所のようだ。
メグミたちはそこから四寿の村へと戻る。道中、何度もあの問いの意味は何だったのかと龍望に尋ねたが、龍望はあの男に言われた通り一切答えなかった。
龍望が説明をすると言って村の人には「会えなかったけれど、それらしい死体も見なかったのでおそらく生きているのではないか。」ということを伝え、森のなかにいた男のことは一切話さなかった。村の人は感謝をしてくれて、彼らを丁寧に見送った。
馬車の中で、村で待ちくたびれていた虹牙に怒られながらも、彼らはカロンへ向けての旅を再開した。
「紅月が風邪ひかなければ昨日更新する予定でした。すいません。」
『それにしても、今回の話なんだけど。メグミたちって結構強いのよね?』
「らしいよね。メグミはこの世界では中の上ほどで、他の面子は得意分野に差があれども上の方だって言うことらしいよ。」
『それを一瞬で戦闘不能にもっていける男って一体何者なのかしら?』
「さあ?でも間違いなく人じゃないでしょう。」
『アレが人だというなら世の中の人がびっくりするでしょうね。』
「それは、まあ、そうだろうね。ボクらはこの話には出演予定は全くないしね。」
『つまらないわ。』
「いいじゃん。なんかボクが主人公の話を考えてるみたいだし。二次創作だけど。なんでも、普通にやるとチートすぎて話にならないとか。」
『ああ、そういうこともあったわね。本当に書くかはわからないけど。』
「で、次回は?」
『次回はナギたちのほうに視点が戻って、二章終了という流れのようよ。』
「話は長くないけど、長かったね。」
『あんまり言っちゃだめよ。紅月本人も悔やんでるんだから。』
「それではまた次回。」