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「では、まずはじめにカロンへ参るというのか?」
場所は再び謁見の間。メグミをはじめとした五人が皇帝に頭を垂れていた。
「はい。みんなで話したのですが、そうしようということになりました。」
「それは、なぜか説明してもらおうか。」
口を挟んだのはこの国の防衛を一手に引き受けている将軍だった。実は、この国、ヴァダリア皇国は大陸の中でいちばん魔物による被害が大きい。魔物は大陸の中心にある、ノーストリ山脈からやってくることが分かっている。彼としてはさっさと山脈へ向かい、本拠地を探し出し、魔物を殲滅してほしいのだろう。それに対してハンナが返した。
「魔物がノーストリ山脈からやってきているのはわたくしたちも知っていますわ。ですが、気になることがありますわ。」
「気になることだと?」
「ええ、同じように人種族が多く住むカロンにはヴァダリアほどの被害が見られないことですわ。」
ヴァダリアが、首都を守るために砦を作り日々砦を強固するために砦に強化の魔法をかけているのに対し、カロンには首都を守るための物が何も用意されていない。二国に対する魔物の態度が違う、というとおかしいが、魔物はカロン領に現れてもカロンの民を襲うことは滅多にないという。
「ですから、わたくしたちはカロンの何かに魔物が嫌うもの、あるいは魔物を退けるものがあるのではないかと考えているのですわ。」
なかなかに説得力があったのか、将軍は不承不承ながらもカロン行きを認めた。
「ふむ。もとより我はそちたちの行動を制限する気はない。我のもとへの報告さえ怠ることがなければどこへ行っても構わん。」
「よろしいのですか?」
そうたずねたのはメグミだ。驚いているのは他の面々も同じようだ。
「我がこの国を統治しておる間なら、最終的に魔物を根絶やしにしてくれるのならば構わん。その代わり、というと悪いが時折、我の方から依頼をするかもしれん。その時にはそちらを優先してもらいたい。」
「それくらいなら、別にいいですけど……。」
「では、早速だが…」
メグミの了承をうけ、皇帝は早速依頼をしてきた。
「虹牙は知っておるな?」
「はい。」
「近々、カロンの方へ挨拶へ行こうと思っておったのだが、虹牙が行くと行ってきた。道中には魔物も出てくるから、わが国の兵をつけるつもりでおったが、そちたちがカロンへゆくなら、虹牙の護衛をやってもらいたい。」
どの道カロンへ行く予定だったメグミたちは快く了承し、退出した。皇帝からは出立は明日だと告げられた。
◆◇◆◇◆◇◆
「母上。」
「どうかしたのですか、虹牙。」
皇妃のもとへ一人の青年がやってくる。黒い髪をきれいに結い上げ、烏帽子のようなものをかぶっている。ゆったりとし、きらびやかな衣装の上からも鍛えられているのが分かるほどしっかりとした体つきをしている。警護職ではない限りは帯剣を許可されていない宮中で帯剣をしているのはひとえに彼が皇位継承権の持ち主だからなのかもしれない。
「このたび、私はカロンへ行くことになりました。救世主一行が護衛につくそうです。」
「そうですか。」
「はい。これがうまく行けば、私はまた一歩皇帝の座に近づきます。」
この国の皇位継承権を持っているのは四人。彼はその三番目に当たる。わずかなことでも、うまく働けば彼はよりいっそう皇帝の地位に近づくのだ。
「それでは、気をつけて行ってくるのですよ。」
「はい!!それでは、準備がありますので失礼します。」
晴れやかな顔で母親である皇妃のもとを去っていく彼とは対照的に、皇妃はそれまでたたえていた微笑を崩し、暗い顔をする。
「暗い顔をしているのだ、皇の妃よ。」
まるで影から語りかけるようにして、皇妃の後ろに人が現れる。黒い、という印象なのに眼だけが金色に輝いている。その目はどこか楽しげにゆれる。
「そうね。わたくしの息子も皇位にしか興味がないのだと見せ付けられてしまったようで、悲しいわ。」
ただ一人を除き、他の皇位継承権を持つ三人は、『いかに国を統治するか』ではなく『いかに皇帝となるか』に対して躍起になっている。それではだめなのだということを皇妃は知っている。ここは皇帝が国を統治するあれこれについての絶対的な決定権を持っている国なのだ。だから、意識が違うということもあり、他の三人とその一人には絶対的な差が生まれている。
「だからこそ、わたくしは彼女に皇位をついで欲しかったわ。」
だが、そんな彼女はもういない。四人の中でただ一人『統治』に意識を傾けていた、東宮と呼ばれていた皇位継承権第一位の彼女はいなくなってしまったのだから。
「僕も同じ気持ちなのだ、皇の妃。だからこそ―――。」
「ええ、分かっています。彼女の頼みである『東部の統治』わたくしが誰になんと言われようともやってみせましょう。」
それが、皇妃にできる唯一の償いであることを、彼女は自覚している。自分たちが彼女を追い詰めたのだと、理解している。そう理解しているのは皇妃だけなのかもしれないが。
「ふむ、ならば僕はもう行くのだ。」
「あなたの主のもとへ?」
「そうなのだ。さらばなのだ、皇の妃よ。」
そのまま、その『黒』はそこから消えた。
◆◇◆◇◆◇◆
次の日、虹牙や救世主一行を乗せた馬車が皇国を出た。
虹牙とメグミたちは同じ馬車に乗っている。
本来ならば虹牙とメグミたちが同じ馬車に乗るのは身分が違いすぎて、許されないのだが、虹牙がそうしたいと言い張ったために、その主張が通った形となった。
「それじゃあ、お前らに確認しておく。まず、カロンまでの道中はお前らが俺の護衛をする。」
「はい。」
「そして、俺の命令には絶対服従しろ。」
「…はい。」
「勝手な行動をしない。」
「はい。」
「今言ったことをしっかりと肝に銘じとけ。」
それだけいうと虹牙は何があっても起こすな、と命令し眠り始めた。
「なんなんですかー?この俺様野郎。」
「この人はヴァダリアの皇位継承権第三位の方なんです。」
「偉い人って感じだけどよぉ、いけすかねぇな。」
「わたくし、いまさらながら皇帝にやめたいって言いたくなりましたわ。」
昨日の皇妃の前とはまったく違い態度が横柄となった虹牙を見た感想がこれだった。彼らは后妃の前での態度を知らないが、こっちが地であろうことは容易に考えることができた。
「僕も気に入りませんね。」
「珍しいですわね。龍望がそう言うなんて。」
てっきり、いい金づるになりそうとか言うと思ってましたわ、とハンナが茶化したが龍望は言った。
「僕が人を駒のように扱うのはいいですが、僕が駒のように扱われるのは嫌いなんですよ。自分で選んだ仕事ならまだしも、選んだ仕事のおまけでこんなことをされてはたまりませんからね。ちょっといたずらしてやりましょうか…。」
くっくっく、と龍望は笑う。それに黒いものが混じっているのに気付いたほかの一同は何も言うまい、龍望と虹牙の間に何が起きても首は突っ込むまいと強く肝に銘じたという。それこそ、虹牙に命じられた以上にというのは言うまでもないことだった。
『今日で春休みが終わるそうなので頑張って投稿したみたいよ』
「失踪が欠片も進んでないのにね」
『まぁ、そっちも結構悩んでいたみたいよ』
「今回は皇族が出てきました」
『虹牙のキャラは「皇族なら俺様、腹黒、真面目、弱気!!」という紅月の意見のもと俺様系よ』
「それをうまく表現できるかは紅月の腕にかかっているけどねー。」
『というわけで、次回、その龍は影に潜む』
「では、いつになるかわからない次回にまた会いましょう。」




