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扉から入ってきたのはきれいな身なりをした女性だった。四人は弾かれたように立ち上がり彼女にたいして礼をした。彼らは知っている。その女性に名はないことを。
そう言うと変な感じかするだろう。皇国では皇帝の家系に嫁入り、婿入りする際にそれまでの名前を捨てさせるという風習がある。嫁入り、婿入りするというのはその時の皇帝の伴侶となるときのことを指しており、その人がそれまで所属していた家と縁を切ることも表している。皇族に嫁いだ人間はそれまでの家の人間ではなくなるので、それまでの家の名を名乗ることは許されなくなる。では、皇族として名を与えられるのかというとそうでもない。ただ、こんなことをしているのは皇族だけで、皇国の民の婚姻の際には単純に姓が変わるだけである。そんなわけで、彼女に名はない。が、彼女の立場を表す現在の呼び名である記号はある。
「あなた方が救世主様と旅に出られる方ですね。わたくしは皇華皇妃です。」
皇華皇妃というのは皇帝の妃のことだ。賢帝と呼ばれる現皇帝を政治面でも、生活面でも支えている彼女のことを周りは皇妃と呼んでいる。そんな彼女の後ろにいるのはこの国の宰相。そしてもう一人、彼女の後ろに隠れるようにして縮こまっている人物がいる。皇妃が促すことで前に出てきた。口をパクパクと動かして何かを言おうとしているが、声が出ていない。
「は、はじめまして。サノ・メグミといいます。これからよろしくお願いします。」
緊張しているせいか声が出なかったらしい。ようやく出た言葉と一緒に勢いよく頭を下げる少女、サノ・メグミを皇妃が紹介する。
「彼女が救世主様よ。カロン風に言うならメグミ・サノになるわ。」
黒い髪に黒い目。皇国の人間と見た目はほとんど変わらない。年齢もまだ二十歳になっていないだろう。ただ、彼女から感じることのできる魔力の質がこの世界のものとは違うもので、それに気づいたハンナが息をのみ、龍望はメグミを凝視していた。
それに気づかなかったミールは挨拶を返していた。
「へぇ、こんなお嬢ちゃんが救世主かよ。すげぇなぁ。」
ジェフはメグミの肩をバンバンと叩きながら自己紹介をした。メグミは叩かれるたびに体勢を崩していたが笑顔でそれに答えていた。
そして彼女の視線がハンナたちの方に向いた。
「あなたたちの名前はなんですか?」
「わたくしはハンナ・ガボットですわ。ハンナと呼んでくださいませ、救世主様。」
「僕は郷龍望。よろしく。」
「こちらこそ、です。あと、ハンナさん。その救世主ってのはやめてください。結構恥ずかしいです…。」
慌てて返事をする二人に首をかしげつつもメグミは二人に苦笑しながらそう言った。ハンナは何かを言おうとしていたが結局、了承の意だけを口にした。メグミは興味深そうにハンナを見る。
「どうかなさいましたか、メグミ様。」
「できれば、その、様ってのもやめてほしいんですが・・・。」
「救世主様に、様をつけないなんてばちが当たりますわ。それよりも、わたくしがどうかなさいましたか?」
「あ、それは。その・・・。ハンナさんってエルフなんですか?」
「ええ、そうですけど、それがどうかしました・・・」
「本当ですか!!うわぁー。私、エルフってはじめてみたんです!!本当に耳が長いし、肌も白いんですね!!」
なにやら一人で盛り上がり始めたメグミを皇妃がなだめている。どうやら、メグミのいた世界にはエルフはいなかったらしい。
◆◇◆◇◆◇◆
「龍やら妖精やらもいませんよ。だから、彼らに会うのも楽しみなんです。」
時間は過ぎて、皇妃や、宰相も部屋から出て行って、彼らは互いに話をしていた。だいぶ打ち解けたらしく、一番初めの緊張やらも無く。メグミが萎縮することもなくなっていた。主に話しているのはメグミの方で、異世界の話を聞きたいというミールとジェフに押された形だ。もともと、この世界の住人であるハンナたちには信じられないことばかりであったし、半信半疑であった異世界の存在を見せつけられた、というのが正直な感想であった。
一番信じがたいのが『科学』というもので、メグミがどれだけ「魔法ってすごいですね」と言っても、四人の感想は「いや、科学のほうがすごいというよりもおかしい」であった。
「とりあえずー、メグミの戦力を聞きましょうかー。」
「あ、はい。どのくらいの強さかは他の人とあまり比べたことはありませんから、よく分かりませんが、空雅さんからは星ニレベルの魔物なら普通に倒せるって言われました。あと、魔法は光属性しかつかえないです。」
ミールに促されてメグミは喋ったが、思わず、席を立ったのが二人いた。
そのうちの一人はジェフで、皇妃の側近の一人である空雅に鍛えてもらったということに興奮していたし、驚いていた。
「そんなに空雅さんってすごい人なんですか?」
「すごいも何も、あの人は短期間で月まで上り詰めて、そのまま皇妃に雇われた"伝説〟なんだぜ。しかも・・・」
「ジェフの話はどうでもいいですわ。それよりもメグミ様。本当に光属性しか使えないんですか?」
ジェフが熱く語りだしたのをさえぎって、メグミにたずねたのは立ち上がったもう一人、ハンナだった。ハンナがたずねたのには理由がある。光属性しか使えないなんてことは本来ならありえないからだ。
魔法の属性は、基本属性の四つ(地水火風)のほかに、派生属性の雷、氷、上位属性の光、闇がある。闇は主に魔物が使い。光は聖職者や、エルフの中にその使い手が多い。普通は基本+派生+(使えれば)上位の属性を使えるがメグミは光しか使えないらしい。
「そう、ですよ。」
メグミの顔が少しばかり引きつっていたが、それはハンナの剣幕に押されてのことだろう。ハンナはハンナで、やはり、異世界からやってきた救世主だからありえるのだろう、と考えることで納得していた。
「いやぁー、大変お待たせしました!!ようやっと続きです。」
『一月半ぶりかしら?三月頭に更新する予定だった割には遅すぎるわ。』
「まぁ、遅れた理由は単純に書いてなかったってのがあるね。」
『ま、テストの結果があれじゃあね。』
「紅月の事情なんてどうでもいいよ!!それよりも、空雅、空雅だよ。」
『まさか、皇妃様の側近だなんて驚きねぇ。』
「嫁ぐ時のシステムも変わってるねー。そんなわけで、次回予告!!」
『唐突ね。しかも次回予告なんてはじめてじゃない。』
「ここで、書いとくと、次の話が書きやすいとか書きやすくないとかって紅月が言ってた。」
『そう。』
「そういうわけで、次回!!救世主様ご一行、皇国を発つ!!」
『サブタイトルは章始めの時だけじゃないの?』
「えーと、なになに?『まぁ、最終目標はそこまで書くことです』だって。紅月の目標だったねー。」
『少しでも早く書いてくれることを願うわ。』
「それではいつになるかわからない次回でまた会いましょう」