降りやまない雨
町内会長から場所を聞き、ユタの家に着いたのは空が薄暗くなった頃だった。
「お邪魔します」
開いていた玄関をくぐり、チャイムを鳴らす。すると中から姿を現したのは、老人ではなく普通のおばさんだった。私がイメージしていた人物とは違ったので、少し驚いた。
「すみません。あなたがユタと伺って来たのですが。」
陽太の背中から降り、詳しく状況を話した。
おばさんは黙って話しを聞くと、一言だけ口にした。
「あなたが探している存在に、すでに出会っていますよ。」
探していたユタは、それだけしか教えてくれなかった。もう人魚に出会っているということなのだろうか。考えながら歩いていると、私は心臓が苦しくなりうずくまった。
「大丈夫か?」
心配そうに覗きこむ陽太。そんな私達を突然激しい衝撃が襲った。
時間がゆっくりと感じられた。1台の軽トラックが私にぶつかりそうになり。陽太がそれを庇って私を抱き抱え、二人ははねられたのだ。
軽トラックはそのまま走り去る。
「陽太?」
激しい痛みに耐えながら陽太を見ると、頭からひどい出血をしていた。揺らさないように気を付けながら声をかける。
「大丈夫か?」
自分が大変な時にも、私の心配をする。
「俺の血を飲め。」
視線をさまよわせながら陽太が呟いた。視界がはっきりとしていないのだ。
そして陽太のその言葉で、私は全ての謎が解けた。
住んでる場所を言いたがらなかったのも、老人と顔見知りなのも、ユタが言ったあの言葉も、全ては陽太こそが人魚だったからだ。
「早く飲んでくれ。」
再びそう呟いた。私は意を決して、陽太の額から流れる血を飲んだ。
身体の痛みが嘘のように消えていく。
「ありがとう。飲んだよ、陽太も早く飲んで。」
しかし、私の言葉に首を振った。その途端陽太の身体が白い光を放ちながら、薄く透けていく。
陽太の存在が消えていくのが分かった。
「待って、消えないで。」
私が必死に叫ぶ間にも、どんどん身体が薄くなっていく。最後にいつもの笑顔を見せて、陽太の姿は消えていった。
「何で、私まだ何も言ってないのに。陽太のこと大好きだったのに。」
涙が止まらなかった。陽太がいなくなって、抑えていた気持ちが爆発した。
今日1日の陽太との思い出がよみがえる。陽太の笑顔や、照れた仕草が次々と脳裏をよぎる。
しばらく思い切り泣いた後、惜しみながらも私はその場を後にした。陽太が救ってくれた命を無駄にしないために。
私は病院で検査を受ける事にした。結果は医師が驚くほど良好だった。
やはり陽太こそが探していた人魚だったのだ。
陽太との最後の夏が終わった。病院の外の雨はまだ降りやまない。
次の日、私は都会に戻ることにした。最後かもしれない南国での夏は、不思議な彼と降りやまない雨の記憶が強い。
忘れられないその思い出を胸に、私は喧騒の中今日も生きる。
END
良ければ、いいね、ブックマーク、評価
宜しくお願い致します。