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どこまでも果てしなく続く白い空間。
ゼノンも下僕も見当たらない。目の前に横たわっていたガブリエラと一緒にアタクチは白い空間に投げ出されていた。
「久しいな、ヒメ」
落ち着いた声がする。声がしたはずの方向を見たが、白い空間しかない。
「こっちこっち」
今度は反対から声がする。
何度かそんなことを繰り返すと、目の前、ガブリエラの向こうに誰かが立っていた。
神だ。
髪が長く中性的な姿を見ることが多かったが、今回は長髪ではあるものの髭を生やした濃い顔の男性のような姿をしている。今の流行りはこれなのだろうか。
「人間は戻ってこない。ガブリエラは復活しては封印され、いっそ殺してほしいと嘆くだけ。ヒメは私の気持ちを分かってくれたようだね」
いつの間にか出現した白いイスに神は腰掛けて足を組む。神は姿も一人称もよく変わる。
「どういうことでしょうか」
「さっきガブリエラに話していたじゃないか。すべては私の計画の内だ。人間を追放したのも、ガブリエラを魔王にしたのも、ヒメの記憶を封じて堕としたのも。ヒメ、ガブリエラだけでなく私は君にも戻ってきてほしかった。君は自己中心的に見えて犠牲心も同じだけある。なぜガブリエラだけと考えた? 自分を抜かしてはいけない」
神はいたずらっぽく微笑んだ。
「でも、まさかあんなにエゴが暴走するとはね。人間を追放したけどすぐ戻ってきてくれると思っていたのに。まさか子供同士で殺し合いをし、親を殺し、友を殺すなど誰が予想できただろう。一対一の愛を説いているのに平気で浮気をし、愛人まで作るのだから救いようがない」
「人間の今の姿は神の範疇ではなかったということでしょうか」
「あぁ、あそこまでエゴが肥大化して暴走するなんて思っていなかった。違うものを信仰し、まったく違う愛の形まで生み出す。なんとも恐ろしい。ヒメも体験しただろう?」
アタクチはそこで気付く。神の座っているイスに白いヘビが巻き付いていた。ダンはこちらを見ながら虹色の舌を出したりしまったりしている。
「ダンには役割があった。人間、ガブリエラ、そしてヒメ。君たちを唆すという役割だ。うまくやってくれた」
神はそう言いながらダンの頭を撫でた。
確かに、アタクチはダンに唆されたと言っていいだろう。でも、最終的に地獄へ行くと決めて行動したのはアタクチだ。ダンはきっかけを作ったに過ぎない。
人間の時だってそうだ。ダンは「あのリンゴめっちゃ美味しんやで。食べたらあかんことないやろ」なんて言っただけだ。リンゴを食べてしまったのは人間。
「アタクチには何か役割があったのでしょうか」
「ヒメとガブリエラは形が違うものの人間を愛した。面白かったよ。このすべてが揃った私の庭にいるにも関わらず、愛を忘れ不足感だらけで、足りないものを拾い集めるだけの人間を愛すなど」
するりと神は自身の立派な茶色い顎鬚を撫でる。ダンは相変わらず神の近くに侍ったままだ。
「ちょうどいいと感じた。ガブリエラとヒメならば庭から追い出しても愛を思い出して戻ってくるだろうと」
「……神はそれが見たかったのですか?」
「人間で失敗したからね。そうだ。まさかボスコまでヒメの後を追うなんて思わなかったけど。彼も彼でなかなかエゴを育てていたらしい」
「ゼ、ボスコが?」
「あぁ、ヒメはゼノンと呼んでいたね。彼は君を見守りたいからとわざわざ自分から追放して欲しいと言ってきた。そして人間界に行ったわけだ」
神は空中に手をかざす。出現したのは虹色の羽根。
「彼は、記憶はそのままで白と虹色は奪われてもいいと。君に対する素晴らしいまでの執着だ」
虹色の羽根が白い空間にヒラヒラと12枚落ちる。アタクチは言葉が出なかった。
ゼノンがアタクチの前に現れたのはいつ? 物心ついた時にすでにあいつは公爵邸の庭にボスカラスとして君臨していた。アタクチは存在だけは知っていたものの、名前を初めて聞いたのは下僕の元婚約者のオージのことがあったから。あいつはアタクチに話しかけられるまで何も言わず、ずっと見守っていたというの?
「さて、君の愛したアランは果たして今どこにいるだろう」
神の問いかけにアタクチはゼノンのことを頭から振り払う。
「アタクチを拾った少年が赤髪だったと聞きました。その子でしょうか?」
「ヒメ、外見だけで判断してはいけないよ」
「しかし、アランは輪廻に入って……」
「姿形が変わったら君は愛した者が分からなくなるのかな?」




