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オボロに集中しすぎて向こうの気配に気付かなかった。
微かに音がする。ただ、足音ではない。
でも、この気配は――
「神獣様?」
アタクチは気配のところまで水の上を走る。
城の柱を曲がって最初に見えたのは激しく暴れるトカゲ。遭遇した時よりも大きさが半分ほどになっている。オボロの妨害で力を使ったからだろうか。
そして、トカゲを掴んでいるのは――
「○○、来たか」
「なぜこちらに……」
やっぱりアタクチの名前は聞こえない。神の口が動くだけ。
神はこの国で信じられている姿をしていた。ウェーブした長い髪に立派な顎鬚。鍛え上げられた男の容貌だ。こんな像が立っているのを見たことがある。
「私はいつも些末なことは気にしない」
キアランはアタクチの背で口を挟まず息をひそめている。
「この光景は人間が望んだことだ。だが、私の可愛い神獣が屠られたなら話は別だ。人間が信じたこんなトカゲもどきに」
神は手に力を入れる。ビキッと音がしてトカゲは動かなくなった。
「じゃあ、オボロは……」
「亡骸は神の庭に持ち帰る。魂はすでに輪廻の中だ」
「そうですか」
何とも言えない気分になる。アタクチは過去に縛られるのは嫌いだ。
なのに、頭の中に思い浮かぶのは、むにゃむにゃ幸せそうにしているオボロの姿だ。山のような食料をあっという間に食い尽くす姿だ。オボロに怒鳴っていたころが懐かしい。
「しかもこのトカゲを見た者はこんなものを神だと言っている。これ以上はおかしな信仰を生む。そもそも、人間の純粋な信仰によって生まれるならこのトカゲは龍であったはずだ。純粋ではない信仰があるからこのような中途半端な姿になる」
神はアタクチの背にいるキアランに目を向けた。
「そこにいる人間は大層殺しているな」
「大切な人を守るためです」
アタクチが答えている最中、キアランは背で平伏した。地面に下りれる状況ではない。毛がキアランの動きに巻き込まれたのでちょっと痛い。
「人間は守るために殺すのか」
「相手が大切な人を殺そうと向かってくるから、仕方なく対抗するのです。ですが、己の欲求のために人を殺す人間の方が多いでしょう。今回のそのトカゲの出現は自分の血縁を後継者にしようと企んだ人間の手によるものですから」
「そうか」
神は立派な顎鬚を撫でる。
「私の創り出した者たちは私の意図など忘れて暴走しているようだ」
バサバサ頭上から音がした。神が手を伸ばすと、大きな白いカラスが腕にとまる。
「どうだった、ボスコ」
「賢い老人の指示に従って高い場所に避難した人間たちは無事です」
「そうか。では、オボロを連れて帰ってくれ」
アタクチはゼノンと呼んでいるが、神が与えた名前はボスコだ。
ゼノンはアタクチをちらっと見ると悲しそうに目を伏せ、すぐ飛び立った。その方角にはオボロがいる。
「そこの人間。この都市を復興せよ」
アタクチの背でキアランがびくりと体を震わす。
「この有様は神の心ではないと周辺の都市に告げを出しておく。この大雨が神の怒りなどと言われることは許さぬ」
神はトカゲを乱暴に投げ捨てた。トカゲは水に浮いたまま流れていく。
「破壊と創造は表裏一体。汚いものも美しいものもすべて流された。これからより美しいところにしていけばいい。その過程で人間は分かることがあるだろう」
神のいる場所が突然光った。発光がおさまると、神は消えていた。
太陽が雲間からやっと顔を出す。水面がキラキラと光を反射した。
相変わらず、神は言いたいことだけ言って消える。
「死ねなくなったわね」
「そのようです」
オボロがいたところにはもう誰もいなかった。
城は頑丈な造りのため、壊れていない。アタクチは城の屋根までキアランを連れて行った。
一面が水だらけだ。引くまで時間がかかるだろう。
「復興できそう?」
「やるしかないでしょう。それに、陛下を愚王にするわけにも、ここを神の怒りを受けた都市にするわけにもいきませんから」
「あんたが歴史を語るときはオボロのことを忘れないで。あいつがトカゲを妨害してくれたからこのくらいで済んだわ」
「えぇ、忘れません」
「神力が残っている限り、アタクチもここにいるわ」
キアランは頷いた。その目には決意が現れている。つい先ほど困ったように笑っていたものとは別人だ。
オボロ、羽根を持って帰るのはもうちょっと後になるけど許してくれるわよね。




