11
いつもお読みいただきありがとうございます!
夜の城はいい。
活気ある昼とは違って静かだ。窓から差し込んだ月明りを踏むのも楽しい。
昼は遠慮して姿を隠していたネズミたちも廊下の真ん中を勢いよく走っている。
ユーインの部屋の近くに差し掛かった時、うめき声が聞こえた。
アタクチにしか聞こえていないので、扉の前の護衛は微動だにしない。アタクチは耳がいいのだ。人間ごときの耳で聞こえない音も拾ってしまう。
扉の前まで走って行って、開けろと護衛に目で合図する。
護衛はアタクチと目が合うと、気配に気づいていなかったようで驚き、次に困ったように目を泳がせた。そして唇をぎゅっと結ぶと、護衛はアタクチにこう言った。
「神獣様。陛下はお休みになっておられます」
だから?
アタクチは護衛を見上げたまま、不機嫌アピールのために目を細める。
「神獣様に人間のルールは適応されません。俺は何も見なかったことにします」
あら話が分かる奴じゃないの。アタクチは扉を自分で開けてさっさと中に入った。
うめき声がさっきより大きくなる。その声に導かれるように部屋の奥へ進む。
ヒュッ
目の前に刃物が振り下ろされた。アタクチの美しい毛先が斬れて宙を舞う。
「っ!」
視線を上げると、目を見開いたキアランが刃物を振り下ろそうとした手を咄嗟に止めていた。
「申し訳ありません」
素早く体制を立て直したキアランは刃物を後ろ手に膝をつく。
「いいわよ。ユーインを守るためでしょう」
さっきの護衛が聞き分けが良かったから機嫌がいいの。普段ならアタクチの毛先だろうと斬った奴は許さないんだけど。特別に許してあげるわ。
キアランに波長を合わせて話す。キアランはまた目を見開いた。
「あんたの目、青なのね。知らなかったわ。美しいじゃない」
目が細いから、さっきまでキアランの目の色が分からなかったのよね。皮肉でもなんでもなく、ほんとにわからなかったのよ。
「ユーインのところに案内しなさい」
「陛下はお休みです」
「うめき声が聞こえたわ」
「暗殺者を始末していましたから」
キアランの表情は読みにくい。
「アタクチ、神獣よ。だから知ってるのよ。ユーインが毒に侵されていることくらい」
キアランは黙ってアタクチを見た。その表情からはアタクチの言葉が正解どうかを悟らせない気迫がある。人間のくせに、こいつ見どころがあるわね。
「うう……」
隣の部屋からうめき声がまた聞こえた。
「アタクチならユーインを眠らせてあげられるわ」
「……誠ですか?」
「アタクチが番をするからあんたも眠りなさいよ」
「それはできません。陛下をお守りします」
「はぁ。とにかく、アタクチにはできるわ」
キアランと暫しにらみ合う。どのくらい時間が経っただろうか。ほんの少しかもしれない。
キアランは何も言わず立ち上がると、うめき声のする部屋の扉を開けた。
王様にしては質素な部屋だった。
金ぴかだったり、豪華な装飾品や美術品が並べられたりなんてことはない。部屋にあるのはユーインの横たわる大きな寝台と最低限の家具、そしてたった一枚の絵。
絵の中にいるのは大きな木を背景に穏やかな笑顔を浮かべる美しい少女。少女の首には綺麗な青い宝石が輝いている。
「う……キアランか……?」
絵に目を奪われていたアタクチを現実に戻したのはユーインの掠れた声だった。
キアランが素早くユーインのもとに駆け寄る。
「神獣様がいらっしゃいました。神獣様はお見通しです」
「……そうか」
アタクチは軽やかにジャンプして寝台に着地した。
「眠れ」
横たわったまま不安そうな表情のユーインの腕に触れる。一瞬光が弾けると、ユーインは穏やかな寝息を立てていた。
「あんたもよ」
キアランの体に尻尾で触れる。
「まったく。変に意地ばっかりで手間のかかる男どもよね」
眠る二人を見ながらアタクチはため息をつく。
「王様には暗殺はつきものね。アタクチにはあなたが付き合ってくれるのよね?」
明るい月の明かりに照らされたユーインの部屋で、アタクチは絵の中の少女に話しかける。もちろん、返事はなかった。




