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あちこちで悲鳴が上がる。
「襲撃か!?」
騎士達は新しい王を守ろうとする者と割れた窓の周辺を警戒する者に分かれる。
アタクチはワインがかかったまま、ダイアンとかいう女を睨んだ。ついでにドレスも踏んでいる。
ま、ワインがかかってもアタクチの美しさは微塵も損なわれないものね。
「ま、まずい……これは……神獣様がお怒りだ!」
カツラコーシャクは呻くように言うと、脱兎のごとくパーチィ会場から出て行った。周囲の貴族は戸惑ったようにカツラコーシャクを見送る。誰もカツラがズレてること教えてあげないのね、人間ってつめたーい。
「ジョゼフィーヌ、彼女にやられたんだな?」
「そうだって言ったでしょ!」
「ユリウス様、違います! 給仕にぶつかってワインがこぼれてしまっただけで!」
遅すぎる登場をかました下僕2番がわざわざ聞いてくる。ダイアンも黙ったままではいない。弁明しながら下僕2番に何とか近づこうとする。やだー、さっきと態度違うんだけど。
サイショーは避難の誘導を始めたようだ。
「ひぃぃ!」
突然また悲鳴が上がる。その方向を見ると、食事のおいてあるテーブルにネズミが大量に群がっていた。
一体どこから出てきたのやら。
「う~ん、脂っこいものばっかりだっチュウ」
「チュウ、太っちゃう~」
「チュ。オイラはヘルシー志向。あっちに野菜が!」
「チュウッ! ジョッゼフィーヌさま~」
「オーケの残飯はイマイチだチュ~」
聞き覚えのあるネズミの声もするわね。
パーチィの料理は残飯とは言い難いけど……食べ残しもたくさんあるから残飯でいいのかしら。
騎士達がネズミを追い払おうとテーブルに近付くと、窓から何かが飛び込んできた。窓から入って来たそれは勢いよく騎士に飛び掛かって、華麗な蹴りを放つ。
ニワトリの群れである。
「イタッ! なんでニワトリ!?」
「隊長! 俺、ニワトリは傷つけられません! 死んだ母ちゃんに夢で怒られますっ!」
「うっうっ。卵を産んでくれるニワトリ様は傷つけられない……」
「アホか! お前ら良く見ろ! 全部雄鶏だろ!」
「ニワトリはぁぁ! ニワトリだけはオスだろうとメスだろうとできません!」
なぜか騎士たちの中で違う争いが勃発している。
「おーおー、派手にやってんなァ」
騎士たちの注意が逸れたタイミングでゼノンが優雅に窓から入って来た。近くのイスの背に止まって高みの見物である。
「あんたのせいでしょ」
「ハァ? んなわけないだろォ。お前のせいだァ!」
「あんたが前と同じようにネズミとかニワトリとか集めたんでしょ?」
「そんなことしてねェ! お前のせいだろ! お前が呼んだんだろうガァ!」
「はぁぁ! そんなわけないでしょ」
「お前がそこの姫さんを守ったからだろうガァ!」
「守ってないわ。アタクチの下僕よ。アタクチの好きにするわ。他のわけわからない女に傷つけられていい存在じゃないのよ!」
「うわぁ……お前っ……どんだけ短気で傲慢なんだよォ」
理由は分からないが、ゼノンがドン引きしている。
アタクチは会話中でも、ダイアンが下僕2番に近付こうとするのをドレスに爪を立てて阻止するのに忙しい。
いろいろな場所で攻防が起こる中、ニワトリたちは人の隙間を縫うように走り、こちらへ向かってくる。ニワトリたちの迷いのない足取りにアタクチは思わず飛びのく。
ニワトリたちはダイアンに飛び蹴りをくらわした。
「コッケェェ!」
跳び蹴りした先鋒はボスっぽいやたら大きいニワトリだ。鳴き声も威勢がいい。
いきなり跳び蹴りされたダイアンは悲鳴を上げることもできず「グブッ」と呻いて倒れた。ここで令嬢らしさを求めるのは酷よね。そこだけは同情してあげるわ。
「おい、フォレスト公爵令嬢がニワトリに襲われているぞ! 助けろ!」
「いや……だからニワトリ様に手出しは……」
「そもそもこの騒動、フォレスト公爵令嬢のせいでは?」
「そうですよ。あの方、俺達をゴミのような目で見てくるし……お茶会や夜会でローズヴェルト公爵令嬢によく嫌味言ってたし……自業自得じゃないっすか?」
「神獣様怒らしてるし、はぁ……とばっちりですよ」
「人間が動物様に敵いませんよ~」
ネズミたちは残飯をあらかた食べ終わったようで、集団で壁を走って移動し始めた。ネズミがあまりにたくさんいるので、ドドドっと波が押し寄せているようだ。
なんだろう、この光景。似たような光景をアタクチはどこかで見たことがある。
「ちょっと、あんた」
下僕5番に抱き上げられ、涙をためた下僕にハンカチで拭かれながらアタクチはニワトリに髪の毛を引っ張って抜かれているダイアンに声をかける。ニワトリって容赦ないわね、怖いわ~。
ニワトリたちはアタクチの言葉を合図にぴたりと攻撃をやめた。
「外国でシンジューの絵を見たと言っていたわね。どこの国?」
「ジョゼフィーヌが神獣の絵を見たのはどこの国か聞いている、答えろ」
ダイアンにはアタクチの言葉が分からないので、下僕2番が通訳して答えるように促す。ダイアンは床に這いつくばったまま恐怖の表情を浮かべて答えないので、ニワトリが急かすように髪の毛を引っ張った。ブチブチっと音がする。ほんと、ニワトリって怖いわ。アタクチだっていきなりニワトリに襲われたらこうなるかも。
「イタっ」
「答えたらジョゼフィーヌの怒りがマシになるかもしれない……」
「ア、アクアネーロ国の首都ラピスラズリよ!」
あぁ、ラピスラズリか。そうか、だから懐かしかったのね。
ねぇユーイン。あなたは今もまだあそこで眠っているのかしら。幼馴染には会えたかしら。
あなただけよ。このアタクチに名前をつけなかったのは。




