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転移が完了した瞬間、刃の根元からぽっきり折れたナイフがカラカラと音をたてて滑ってくる。続いてけたたましく犬の吠える声。
ナイフから視線を上げると、大柄な侍女の足に噛みついているエイダンの姿が見える。
イスが倒れてシャルルは尻もちをついているが、プリンがシャルルを守るように立ちはだかって吠えていた。シャルルの周囲には虹色の膜が輝いている。
「ご苦労だったわね。もういいわよ」
噛みついたエイダンを振り払おうとしていた侍女がアタクチの声で振り返る、と同時にガクンと大きく体が傾いた。侍女はそのまま地面に見えない力で押さえつけられる。
まぁ、アタクチの力なんだけど。
「逃げたら困るからこうしておくわ」
侍女の足にかける力だけを強くすると嫌な音と共にうめき声がした。
騒ぎを聞きつけてチンタラしていた護衛達がやってくる。護衛達はアタクチにめちゃくちゃ睨まれて委縮しながら、シャルルを襲った足の折れた侍女を抱えて引き摺って行った。コーシャク家のくせに使えない護衛を雇ってんじゃないわよ。
やっと部屋が静かになったので、シャルルのところに歩み寄る。
「これがシャンタルの祝福の力? これに当たってナイフが折れたんだ」
「そうよ。守護範囲は小さいけど強力なのよ」
乗っている馬車全体を守れるほどの大きさはないが、人一人分の周囲くらいなら大丈夫だ。
「シャンタルがここにいるってことは、母は無事?」
「ええ。大丈夫よ。あのコーシャク夫人、結構な数の暗殺者を雇っていたけど。もう彼女も長くないし、これから先も大丈夫でしょう」
「良かった。ありがとう」
シャルルは割れ物でも扱うようにアタクチを抱きしめる。侍女に狙われて恐ろしかったのか、シャルルの手は小刻みに震えていた。まだまだガキでほんと可愛いわよね。
「シャルル。アタクチはお別れを言いに来たの」
「え、どうして? 公爵を追い出したら母を呼び寄せるからシャンタルもここで一緒に住もうよ」
シャルルは窓に背を向けているから見えていないが、エイダンとプリンは気付いたようだ。二匹とも驚いた顔で硬直している。
シャルル、あんたのその気持ちはとても嬉しいわ。ホワホワと胸があったかくなるわ。
窓の外をゆっくり優雅に旋回する白い物体。暗闇に広がった大きな大きな翼。
「シャルル。嬉しいけど無理よ。アレが来るのよ」
閉まっていたはずの窓が音もなく開いて、白い物体はバサバサと音を立てながらゆったりと窓枠に止まった。
そうね、神のルールに反したらいつもこいつが来るのよね。
「久しぶりね。ユタ」
「別れは終わったか?」
窓枠に止まった大きな白いオウギワシは威厳たっぷりに口を開く。シャルルより大きい。翼を広げたら二倍の大きさになるからさらに大きい。
「ええ。もう行くわ」
「シャンタル? ダメだよ!」
「人間の小僧はこう言っている。別に急いでいない。ゆっくりでいい」
ユタの奴、かっこつけてるわね。いつもは「~だぜぇ」とか「オッケー?」なんて砕けたダサい話し方をしているくせに。そして、何にでも変身できるこいつがオウギワシに変身しているということは、オウギワシに今ハマっているのだろう。変にミーハーなのよね、こいつ。
ま、お言葉には全力で甘えましょう。
「シャルル。良く聞いて。アタクチはね、神のルールを破ったかもしれないの。限りなく灰色の部分だけれど。だから、神の審判を受けなければいけない。ユタは神からの遣いよ」
「僕が母を助けてって言ったから?」
シャルルは分かりやすく傷ついた感情を瞳に表す。
「それは違うわ。アタクチがアイシャの望みを叶えたかったのよ。死ぬこと以外は大したことないと頑張り続けたアイシャの生きざまをアタクチは愛おしく思ったのだから」
シャルルの腕からジャンプして床に下りる。
「じゃあね、シャルル。ピンチに駆けつけられるかは分からないけど、生きていればまたいつか会えるわ。だから、そんな辛気臭い顔をアタクチに見せるのは許さなくってよ」




