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人間界に下りる時に神獣は皆、人間界での動物の形を取る。アタクチは白いネコの姿だが、高貴な美しさはやっぱり隠し切れないわよね。
まだ神力が完全に回復していない中、アタクチはアイシャの家へと向かう。
日は沈んでいるのに、アイシャの家には明かりが灯っていなかった。開いている窓へとジャンプして中に入る。これって人間だとフホーシンニューってやつよね。
部屋にはアタクチの嫌いな臭いが充満していた。
明かりも灯さず、アイシャはぼんやりと葉巻をくゆらせている。アタクチは葉巻の臭いが嫌いだ。とにかく臭い。こんな臭いものよく吸えるわよね。
アイシャのもとに走り寄ると、手から葉巻を叩き落す。ネコパンチである。
「えっ? シャンタル?」
アイシャが気付いてアタクチにつけた名前を呼び、アタクチを抱きしめた。
葉巻臭いから引っかこうと思ったが、珍しくアイシャが泣いていたのでやめてやることにした。
大体、子供がいるのに葉巻なんて吸ってんじゃないわよ。乳臭いシャルルを探したが、部屋に気配がない。アタクチ達と人間達の時間の流れは違うから、もう歩けるようになったのかしら? ボーッとしてたら人間達の世界では数年たっているものね。
「シャルルは……取られちゃったの」
ユーカイ?
「嫡男が病気でお亡くなりになってしまったらしくて……シャルルを後継ぎにするって。教育を早くしないとって……連れて行ってしまったの」
アイシャの黒い目は涙で濡れていた。アタクチをさらに抱きしめるから、アイシャの長い黒髪で景色が何も見えなくなる。
「シャルルに会いたくて公爵邸まで行ったんだけど。門前払いされちゃった」
よく見ると、アイシャの腕には擦り傷がたくさんある。足にもだ。アザもできている。
なによこれ、ムカつく。アタクチの留守中に何してくれてやがるのかしら。
「でもシャルルはあちらで育った方が幸せかも……使用人はたくさんいるし……いい教師もつけてもらえる。私には教養なんてないから」
アイシャはアタクチを抱きしめながら弱音を漏らす。シャルルが公爵邸に連れていかれたのは五日前だそうだ。ちなみにシャルルはもう三歳らしい。
三歳の人間ってもう立って喋ってるわよね? やだわ、この前見た時はまだ目もろくに開いてなくて寝てるばっかりの乳臭い赤ん坊だったのに。すぐおしっこ飛ばしてたし。アタクチの美しい毛を赤ん坊の癖に強い力で掴むし。
「シャルルは取り返せなかったけど、生きてたらまた絶対に会えるわ。ねぇ、シャンタル。死ぬこと以外はね、大したことないのよ」
シャルルに思いを馳せていると、アイシャのすすり泣きは終わっていた。まるで自分に言い聞かせるようにアイシャは微笑むと、アタクチを抱いたり、撫でたりしてやがて眠ってしまった。今日はアタクチのお気に入りの子守唄が聞けなかったわ。
アタクチはアイシャを起こさないように、アイシャの腕の擦り傷に鼻を当てた。虹色の光が走ると、みるみるうちに腕や足の擦り傷は塞がっていく。
ふん、アタクチにとってこのくらいはお茶の子さいさいよ。
傷がすべて塞がったのを確認すると、アタクチはアイシャの手の甲に鼻を当てた。アタクチの紋章がアイシャの手の甲で数度虹色に瞬き、消える。
うん、もう一回祝福を与えられる神力は残ってるわね。
アタクチは尻尾でそっとアイシャの手の甲を撫でると、入ってきた時と同じように窓から出た。




