2
いつもお読みいただきありがとうございます!
お腹の大きな女性が洗濯物を干している。
鼻歌を歌いながら。洗濯物は風に煽られて気持ちよさそうだ。
アタクチにとって大したことはない光景なのに、アタクチはその女の生き生きした様子に思わず足を止めた。
女は洗濯物を干し終わると足取り軽く家の中に入っていく。アタクチは洗濯物の干された庭に降り立った。
家の中の様子までは見えないが、ぼんやり眺めていると今度は馬のいななきが聞こえた。
歩いてそちらの方に行ってみると、立派な馬車が停まっていて使用人と医者らしき老人が下りてくる。
そのままじぃっと観察していると、女は医師の診察を受けているようだ。その間、使用人は馬車から荷物を下ろして女の家に持って入っている。多分、食料だろう。
通りかかった夫人達が馬車を見てコソコソと話す。
「公爵様の妾、そろそろ出産だものね」
「あのお家の嫡男、病弱でしょう? やっぱりスペアはいた方がいいわよね」
「奥方もなかなか二人目を授からないものね」
ふぅん。女はコーシャクとやらの妾らしかった。
しばらくすると医者と使用人が出てきて馬車に乗って帰っていく。アタクチはなんとなく、ドアの隙間に体を滑り込ませて家の中に入った。
「あら、白いネコちゃん? どうしたの?」
腹部に手を当てた女は医者たちを見送り、椅子に座ってからアタクチに気付いた。
「綺麗なネコちゃんねぇ。真っ白だわ。神様の遣いみたい。ねぇ、何か食べる? さっき食料が届いたばっかりなのよ」
女はせっかく座ったのにすぐ立ち上がって、テーブルの上の食料を吟味している。
「ネコちゃんって何食べるのかしら」
ここまでアタクチは何もしゃべっていない。全部この女の独り言だ。
アタクチは神獣なので人間の食べ物を食べても問題はないが、栄養にはならない。
「クルミは固いし……フルーツって食べても大丈夫なのかしら?」
アタクチはウンウン唸っている女をみかねてテーブルの上に飛び乗った。
特に目新しいものはない。神の庭には全てあるからだ。
「まぁ、あなたの瞳すごくきれいね! 両方とも虹色の目だわ! 撫でさせてもらってもいいかしら? あなたって神様の遣いみたいだもの。もうすぐこの子が生まれるからこの子にいいことがあるかもしれないわ」
女はアタクチの素晴らしい白い毛並みの体を遠慮がちに撫でる。
いつもなら「頭が高い」だの「汚らわしい手で触るな」だの拒絶するのに、この女の手はなんだか心地良かった。
これが彼女との出会いだった。
***
「おぉい、あいつら帰って来たぞォ!」
ゼノンの声で目が覚める。懐かしい夢を見た気がするのだが思い出せない。
「ったく。何回も呼んでんのにクーカー眠りやがってェ」
ゼノンはアタクチが目を開けたのを確認するとブツブツ言いながら外へ飛んでいく。口は悪いが律儀なので許してあげるわ。
下僕が幸せそうな顔で戻って来た。
「いいデートだったようねぇ」
茶化したつもりはないが、アタクチからはそう見えた。下僕の顔にさっと朱が走る。
「すごく楽しかったわ。ジョゼフィーヌにね、お土産があるのよ」
赤くなった顔を隠すように、下僕はそそくさと荷物を持たせていた侍女のところに駆け寄る。
何かしら。アタクチが気に入るものなら貰ってあげても良くってよ。
「これ、ジョゼフィーヌに似合うと思ってお義兄さまと選んだの」
ま~たオニータマとか言ってるわよ、こいつ。
綺麗に包装された箱をアタクチが頷いたのを確認してから下僕が開ける。アタクチ、あんたのその殊勝な心掛けが好きよ。
箱の中から現れたのは美しい真珠の首輪だった。真ん中のみ黒真珠が使われている。
「これね、ここの部分がゴムだから伸び縮みしやすくなってるの。だからジョゼフィーヌが大きくなっても大丈夫よ」
変身のことを言っているのだろうか。こんなに綺麗なものなんだから切れたら悲しいわね。
「気に入った? 付けてみる?」
「そうね」
デートなんだからアタクチのことは考えずに楽しんでいれば良かったのに。ま、こういう態度が下僕らしくっていいわね。
下僕はアタクチの首に恭しく真珠の飾りをつけた。侍女とやらが鏡を持ってきてくれる。
「とっても似合うわ!」
「高貴なるアタクチはどんなものでも似合うわよ」
この真珠、悪くない。アタクチの美しい白い毛並みの中で真珠が輝いている。そして真ん中の黒真珠も鈍く輝く。
なんだかムズムズするわね。何かしらね、この気持ちは。
アタクチはお風呂以外はこの真珠をつけて過ごすようになった。




