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黄金の薔薇⑤

第二王子、ヴェクト・ヴァルメールの感情は読み取れない。

シャロン達へ視線を向けているが、仮面に覆われていることもあって素顔も見えない。

だが素性は知っている。

彼は他王族の中でも一癖も二癖もある人物。

的確ではあるが、その威圧的な言動で今まで多くの令息令嬢を恐れさせてきた。

中には罪を犯した貴族を自ら断罪したという話もある。

だからこそ、この場に聞き耳を立てる者などいるはずもない。

そして問題なのは、それだけではなかった。

シトリーは頭の片隅で、例の事実を思い返す。


(第二王子、ヴェクト・ヴァルメール様。いえ、この方は影武者……!)


そう、今ここにいるヴェクトは本人ではない。

仮面を被っているということは、シトリーと同じ立場。

主を守る身代わり、一介の影武者に過ぎないのだ。

そして恐らく、そう命令されているのだろう。

彼はヴェクト同様の振る舞いで、シャロン達に話しかける。


「今、学院内ではお前の話で持ち切りだ。ようやく黄金の薔薇(エルドラード)の婚約者選定が始まったと」

「皆さん噂話は好物ですから。簡単に止められるものでもありませんし、好きに言わせておけば良いでしょう」

「能天気な受け答えだ。以前とは様子が変わったな」


シトリーが影として返答すると、僅かに呆れたような声が返ってくる。

何も間違ったことは言っていない。

ウィルミアとの関係は周知のものであるし、緘口令を敷く程ではない。

ただヴェクトは彼女達の対応、その変化を憂いているようだった。

そしてこの、影武者同士の会話。

秘匿主義である王家だからこそ成立する異質な状況。

唯一、本人であるシャロンだけは複雑そうな表情を浮かべていた。


黄金の薔薇(エルドラード)は何者にも染まらない。黄金という色が価値であり、国宝であり、存在そのもの。これはシャロン、お前自身が口にしていた言葉だ」

「……存じています」

「それがこの有様か。以前のお前なら、今回の一件など切って捨てていただろうに」

「何を、仰りたいのですか?」

「分かっていないようなら教えてやる。ウィルミア・グリムエートに気を許すな」


仮面の奥から彼の視線が僅かに見える。

主に徹する影として、そこには何の感情も感じられなかった。


「奴は初等部時代、素行の悪さを指摘されていた不良子息だ。今では鳴りを潜めているが、いつ牙を向くとも限らない」

「素行が改善されているという証でしょう。過去の話ばかりをあげつらうのは、控えた方が良いかと」

「性根は変わらない。王家の汚点となるなら、それは排除すべきだろう」

「排除? お兄様は、陛下のご命令を無視するおつもりですか?」

「あんなものは建前に過ぎない」


ヴェクト(・・・・)は続ける。

思わずシャロンも視線を向けるが、彼は徹底して影であるシトリーだけを見ていた。


「何故、父上があの男に条件を課したか分かるか。奴をお前から遠ざけるためだ」

「……」

「できもしない条件を皆の前で提示し、奴に諦めさせるよう促した。その一つが、この学院において全ての成績で首位を取ること。平均的な成績しか収めていないあの男には、到底達成できない条件だ」


お前も知っているはず、とでも言いたげだ。

勿論それはシャロンだけでなく、シトリーも理解していた。

事の発端は一週間前。

国王である彼女達の父は、ウィルミアを王宮に呼び出し、婚約者となるための条件を課した。

しかもただの条件ではない。

傍から考えても困難だと思えるほどのものばかりだったのだ。

学院の成績も、その内の一つ。


当時は無謀という声が上がった。

煌びやかな王宮、そして王の御前ともなれば、畏れ多く断るだろう。

誰もがそう囁いた。

しかし彼はその条件を呑んだ。

片膝をつき、王に敬意を払いながらも、シャロンと共に在るための意志を表したのだ。

あるいは、ヴェクトはそれが気に入らなかったのかもしれない。


「魔法学の試験も近い。そこで奴との関係も終わりだろう」

「それはあの方が決めることです」

「……随分と奴を庇うのだな。決めるのは父上だ。そしてシャロン、お前も父上の庇護下にある」


視線の鋭くなったシャロンに変わって、シトリーが代弁する。

すると急に、矛先が彼女達へ向かった。


「そんな建前で衆目を浴びているのはお前だけだ。従者を仕えさせる(・・・・・・・・)など、本来ならば王家の規則にも抵触する行為。それが父上の寛大なお心のお蔭であることを忘れてはいないだろうな」


痛い所を突かれ、二人はすぐに反論できない。

今のシトリーとシャロンの関係は、王族の中でも異例の処置だった。

主人が影武者に付き従う必要は、本来ないのだ。

通常なら、ヴェクトのように影武者だけを立たせる。

場合によっては魔法を用いて意志を乗っ取り、思うまま操作することもある。

それが秘匿主義の王国にとって普通のこと。

かつてのシャロンも、同じようにシトリーの人格を乗っ取り、思うままに振舞っていた時期がある。

だが、今は違っていた。


「お前は最近浮ついている。もしや、あの男に感化されたのか?」

「……意味が分かりかねます。幾らお兄様であっても、今の言葉は侮辱に値しますよ」

「侮辱とは飛躍したな。私は私なりに、お前を気遣っているだけだ」


ここまで追求しておいて、よく言ったものだ。

シトリーは口を滑らしたくなる気持ちを抑える。

主であるヴェクトの指示だろうが、彼はいつもこの態度だ。

自他ともに厳しく、身内であっても容赦はしない。

本当に気遣っているつもりなのだろうか。

すると彼がおもむろに右手を差し出してくる。

何事かと思う間もなく、手中から黄色い薔薇が現れた。


「お前は王家の中でも特別な存在。黄金の薔薇(エルドラード)として相応しい行動を心掛けろ。我々の持つ、国宝(レガリア)の力を忘れるな」


そう警告し、黄色い薔薇が手渡される。

何を意味しているのか、彼女達は理解していた。

ヴァルメール王家の持つ()は、国宝にも匹敵する。

その中でもシャロン・ヴァルメールは、多くの国を揺るがす程の力を持っていると。


彼はそのまま踵を返して立ち去った。

ヴェクトが案じているのは、王家の立場と各々の品格。

何処までもウィルミアを信用していないらしい。

思わず息を吐くと、シャロンの声が聞こえてきた。


『全く……肉親であっても、影武者を通して会話をしなければならない。息苦しい規則だわ』

『申し訳ありません。私も規則には逆らえず……』

『良いのよ。だからこそ、私は素顔のままで皆の前にいようと思ったの』


シャロンは目を伏せる。


『ヴェクトお兄様だけではないわ。お父様も、お母様も、他の姉弟たちも、私は皆の顔を知らない。貴方も、そうでしょう?』

『はい……』

『本当にそれが正しいことなのか。私は私の目で確かめたいの。規則だけでなく、ウィルミア様のことも』


ヴェクトの言葉は、傍から見れば正しいのかもしれない。

それでも先程の会話は意に介していないようだった。

やはり、と思いシトリーは小さく頷く。

主人は変わろうとしている。

王家にとって普通のこと、それが正しいと思わされていたモノの数々。

それらが良いことなのか、悪いことなのかを彼女は知ろうとしているのだ。

ならばそれを模倣しよう。

今抱いている思いは、間違いではないのだから。

表と裏、二人の考えは一致していた。

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