黄金の薔薇④
噂話で盛り上がる校舎内で、彼女達はウィルミアと別れた。
貴方のお傍にいられない運命を嘆きます、という大袈裟な言葉と共に、である。
いや、学級が別なだけなのだが。
重すぎる言葉を抱えつつ、シトリー達はその場を切り抜けた。
彼とは学級が異なるため、別々の講義室で授業を受けることになる。
そしてシトリーとシャロンは同じ学級。
従者を連れることは本来禁じられているが、彼女達のみ特例として在学を許可されている。
当然ながらシトリーは、表向きは王女として相応しい成績を収める必要があった。
そうでなくては、影など務まらない。
代わりにシャロンは、ごく普通の生徒として過ごしていた。
皆と同じ支給された学生服を着こなし、授業を受ける。
成績に関しても平均的な成績しか取らない。
本来はシトリー以上の才能を持つのだが、名目は従者。
無暗に目立つ必要はなく、他の令息令嬢達と交流を取ることも稀ではある。
既に在学して半年が過ぎた状況、二人の行動に淀みはない。
今日もただひたすらに、一日を過ごしていく。
(そして、学院生活の中でのウィルミア様は……)
シトリーは頭の片隅でもう一度考える。
日々の生活において、ウィルミアの行動は大よそ把握していた。
彼は殆ど目立った動きを見せない。
公爵令息という高い地位でありながら、それを誇示することもない。
何かが突出している訳でもなく、劣っている訳でもない。
実に平均的な生徒。
それは彼に近しい者なら、当然知っていることだ。
だからこそ確かめる。
彼女はシャロンと示し合わせ、休憩時間に学級内の令嬢達へ近づいた。
「シャロン様!? 私、何か不愉快なことをしてしまったのですか!?」
「いえ、そうではなく。ウィルミア様のことについて、教えてほしいの」
「えっ? あのグリムエート公爵家の方ですか?」
「そう。些細なことでも良いわ」
「そう……ですね……」
突然そんなことを聞かれ、その令嬢は困惑する。
彼女は周りにいた級友へと視線を移した。
「何かご存知ですか?」
「いいえ、あまり目立たない方なので……」
「学院での成績についても、可も不可もなくと聞いていますわ」
「美しいお方であるのは、間違いありませんが……」
「他の方々と距離を置いているように感じていましたので、今回のシャロン様との一件には驚くばかりでしたの」
例の噂を知った上で、こちらを気に掛けてくる。
わざわざウィルミアのことを聞く王女の姿に、色々な考えを巡らせているようだった。
そして、彼女達が知っていることも同じだ。
ウィルミアの考えは見えてこない。
学院に通う生徒の目的は様々だ。
教養のため、地位の高い人に近づくため、より大きな力を知らしめるため。
個人以上に自身の家柄を重んじて行動する。
けれどウィルミアのそれは、他とは明らかに違っていた。
何の目的も見えてこないのだ。
答えてくれた令嬢に礼を言い終えると、念話でシャロンの声が聞こえてくる。
『彼のことを聞いて、どうするつもり?』
『何故、ウィルミア様が陛下の条件を呑んだのか。姫様も気になりますよね』
『……よく分かったわね』
『私は姫様の影。念話を使わずとも、そのお考えは理解しているつもりです』
シトリーは主の思いを汲んだ上で続ける。
『ウィルミア様は知りたいと思うことに、理由はないと仰っていました。それに偽りはないのでしょう。ですが動機がないとは限りません。私も姫様をお守りする立場として、彼の本心を知りたいのです』
『……ひょっとしたら、それは些細なことなのかもしれないわ』
『何かご存じなのですか?』
『いいえ。ただ、私がそうだったから……って、何でもないわ。気にしないで』
シャロンは表情を誤魔化しながら視線を逸らした。
彼女も漠然としていて、理解し切れていないようだ。
彼がどんな人物なのか、誰も知らない。
これまでも何度か、魔法学の実践をしているウィルミアを見たことがある。
しかし見せる魔法は、やはり平均的。
優ってもいないし、劣ってもいない。
それで全力を出しているようなら疑念もなかったのだろうが、彼は僅かに笑みを浮かべるだけだった。
(そう。彼は目立った行動を見せない。姫様と同じように、自分の存在を覆い隠しているように見える。それなのに……)
何故、今になってウィルミアは自分を見せるようになったのか。
王命による条件だけが、彼を突き動かしたとは思えない。
直接、彼に聞けば良いのだろうが、その笑顔によって遮られるだけの気もする。
どうすれば本心を探れるだろう。
同じようなことを、シトリーだけでなくシャロンも考える。
そして教室から離れ、気分転換にと学舎の庭に辿り着いた時だった。
「随分と調子づいているようだな、シャロン」
待ち構えていたように、前方から一人の青年が向かってくる。
スラッとした体格と高い背丈はウィルミアとほぼ同じだが、纏う雰囲気は真逆。
威圧的で、冷たいものだった。
通り掛かった他の生徒すら、その空気を感じて来た道を戻っていく。
それも仕方ないのだろう。
現れた青年は、ただの生徒ではない。
第二王女であるシャロンに対し、呼び捨てで問いを投げられる立場。
何より際立っているのは、表情を覆う仮面。
シトリーだけでなく、背後にいたシャロンも僅かに緊張感を抱く。
「ヴェクトお兄様……」
第二王子、シャロンの兄が彼女達を見据えていた。