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短篇集

最愛のあなたへ

作者: Lily

 こんにちはこんばんは。それともおはようの時間かしら? 貴方に送る四十九通目の手紙です。


 毎日書いているので時候の挨拶は省きますが、一通目と比べたら樹木から色付いた葉が落ちて、素っ裸になる頃でしょう。


 貴方の元を離れてから約ひと月半が経ちました。そろそろ私の近況をお知らせしますね。ずっと気になっていたでしょう? え、気にならないって? またまたそんな嘘は通じないわ。だって、私が何処に行くかいっつも気にしていたじゃない。


 読書好きの私と違って本が嫌いなのに、一人で行かせるのが不安だからと図書館に着いてきていた貴方よ。結局つまらなくて、私の隣で毎度爆睡してたわね。懐かしい。


 だから何を言われようと書かせてもらいます。


 最初に言いたいのは元気に暮らしていけそうなので心配しないでね、ということ。


 身体が軽くて、空気が美味しい。天気はずっと快晴なの。雨が降ることはありません。虹がかかっていることが多いです。


 そして何でも一人で出来そうです。病も癒えて私は丘を駆け回っています。外を、日向の中を、一人で歩けています。もう赤いレース付きの傘も、車椅子も必要ありません。だけど貴方がくれた傘は私の中で一番のお気に入り。これからも毎日、意味が無くても差すつもりです。


──というのはまだ私の想像です。だってこれを書いている時は到着していないもの。貴方は読んでいて怪訝な顔をしているわね。だけど素敵な場所だというのは間違っていないはずです。大好物のミンスパイを一つ、かけますね。


 それと来年の誕生日プレゼントはお花が欲しいです。出来れば花の種類は百合と水仙で。貴方が育てた花だともっと嬉しい。飛び跳ねて喜びます。


 次、貴方に会うのは結構先でしょうけれどその時に自慢できる趣味をひとつは作っておきます。あっと驚かせるわ。だから驚く準備をしておいてね。


 それもあってここ最近、貴方と会えるまでにしたいことをずっと考えていました。


 とりあえずは刺繍かしら? 今まで刺繍は時間がなかったのと細すぎて縫えなかったから。これからは一人の時間が増えるから完成させられそうです。それにピアノも弾きたいわ。連弾したいから、練習しておいて。一緒に弾けたらきっと楽しい。

 先に釘をさしますが、公爵邸にピアノは置いてないという反論は聞きません。談話室に飾りでもいいから置いておくことね。そのうちピアノがひとりでに音を奏でるかもしれなくってよ?


 貴方は元気に過ごしていますか? まさか体調を崩すなんてことありませんよね。もし、崩しているのだとしたら、気分が上がらないのなら、暖かい蜂蜜入りのジンジャーエールを飲んで暖かい格好をしてね。寝室の棚に私の手作りシロップを隠しておきました。


 普通のシロップは一ヶ月しか日持ちしないけれど、ちょっと工夫して半年保存できるようにしてあります。頑張って作りました。なので早く空っぽにしてください。勿体ないからと使わないのはダメです。お願いよ。貴方は気温の寒暖差に弱いから、これから訪れる冬に活躍することを願っています。


 湖のほとりでピクニック、城下町でのデート。他にも色んなところに行きましたね。何も出来なかった箱入り娘の私が、周りをひやひやさせながら昼食を作ったことはいい思い出です。

 塩と砂糖を間違えたことに貴方は気付いても、不味いのを顔に出さず、完食してくれました。私、あの後ジェシーに教えてもらったのよ。砂糖と塩を間違えていますって。驚いたわ。だって貴方、教えてくれなかったんですもの。


 そればかりか美味しい美味しいと言って、私を有頂天にさせました。何故か酷く悔しいので次会うときには、厨房のシェフと同じレベルの料理を振る舞います。頰が落ちるほど美味しくするんだから。覚悟しておいて。


 喧嘩も沢山したわ。後から考えてみれば何でこんなことで? とおかしくなってしまうような些細なことも。いま、手紙を書いている最中にそれを思い出してしまって笑いました。ジェシーが不思議そうに私を見ています。


 話は変わりますが、私は貴方の妻として四年ほどしか一緒にいられませんでした。出会った頃からだと六年くらいかしら? 世間から見たら短い時間です。だけどとても幸せな時間をくれてありがとう。幸福でした。

 長く一緒にいられないと分かっていたのに、それも覚悟の上で私を選んでくれたことがとても嬉しかった。嘘かと思ってる? 本当よ。


──愛している。一秒でも長く貴女と一緒にいたいから結婚してください


 と告げられた時、最初は断ったけれど本当は嬉しさと心苦しさで隠れて泣いたわ。

 だって私は貴方を置いて先に逝ってしまうもの。一人にしてしまうもの。だったら結ばれない方がいい。嘘をついて想いを隠した方がいい。そう思って距離を置こうとしたのに、貴方はそんな私ごと包み、愛してくれた。

 だから頑張って生きしようと、運命に足掻こうと、心に決めたわ。そうやって四年間生きてきました。


 だけどこの手紙を読んでいるということは、私はもうこの世にはいないでしょう。執事のオスカーに四十八通の手紙を一日一通、渡し終わったら最後のお別れとして旦那様に……と伝えておいたから。


 先に旅立ってしまってごめんなさい。


 きっと悲しませているに違いありません。


 だけど長生きしてね。


 三十年以内に私の元に来たら怒ります。私を待たせる分には怒りません。むしろ手放しに喜びます。


 長い旅が終わって、再会したら、楽しかった思い出、再会するまでの人生で記憶に残る出来事を纏めて、一緒に語り合いましょう。


 私は忘れないように紙に書き付けておきます。ああ、そうだ。今の今まですっかり忘れていました。これを記しておかないとね。貴方が読みたそうにしていた私の日記。自室の鍵がかかった戸棚に入っています。鍵はオスカーに渡してあるので見たかったらどうぞ。


 生きていて嬉しかった、楽しかったと思うことしか書いてないから少し恥ずかしいけれど……。(見返してみたら貴方と過ごした日々で埋め尽くされていたわ)


 そろそろ手紙を書くのも疲れてきました。最近、少し動いただけで疲れてしまうの知っているでしょう? 帰ってくる貴方を心配させてしまうから終わりにしようと思います。


 なので最後に一つだけ。


──泣かないでください。悲しまないで。


 夜な夜な書斎で声を押し殺して泣いている貴方のことだもの。きっと今も泣いているでしょう? その場にいなくても容易に想像できます。手紙に雫が落ちて、読めなくなっていないよう願っています。笑ってね。お願いだから。泣いている貴方は世界で一番嫌いなの。美しい顔が台無しじゃない。

 それに直筆だから替えがないわ。読めなくなったらそれでおしまい。気を付けてよね。私の手紙はとっても価値が高いのよ。


 こう上から目線で散々言ったけれど、正直に白状すると私は……無理でした。


 書いてる途中に涙を零してしまって、何通か書き損じてます。隣にあるゴミ箱には皺が寄って文字が歪んだ紙が、下書きを含めて沢山捨てられています。貴方が帰って来る前にジェシーに燃やしてもらわないといけません。


 もうね、ダメなの。悲しくなってしまうの。だってこれを貴方が読む時には私はこの世に居ないんですもの。貴方の顔を、姿を、見れないのよ。落ち込んでいても慰め、抱きしめることができない。色んな気持ちを共有できない。


 春が来て、夏、秋、そして冬になり、また春が巡ってくる。周りの時間は、季節は、同じペースで過ぎ去るのに、私が貴方と過ごす時間は止まる。とてもとても辛いです。胸が張り裂けそう。


 だから最後くらいは笑って締めくくろうと頑張っている最中です。ちょっと万年筆を置いて、頬をほぐそうと思います。ぼやける視界も元に戻します。


 戻りました。視界はくっきりです。笑顔で万年筆を持てています。その代わり、手は震えているけれど。


 これは最愛の旦那様(あなた)へ送る最後の手紙。


 いつまでも大好きです。生まれ変わってもまた出逢えるのであれば、私はもう一度貴方の妻になりたい。貴方に愛されたい。そして二人で老いて、お爺さん、お婆さんと周りに言われる年齢まで長生きしたい。

 同じ気持ちでいてくれるなら、初めて会った時のように私を見つけてください。もしかしたら待ちきれなくて私から探しに行くかもしれません。


 愛を込めて。イアン・エルンストの最愛の妻(自分で言うのは恥ずかしいけど、貴方がそう私のことを呼んでくれていたから。最後くらい……ね?)──ヴィオレット・エルンストより

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