9話 敵視全集中!
空を自由に飛び回るファイアーバードは、火の粉と脅威を振り撒いていく。
「【敵視】!」
俺がそう叫ぶと群れをなしていた内の一羽が進路を変え、俺に向かって一直線に飛び込んでくる。
迎え撃つために手の平を標的にかざし、俺が使えるもう一つの魔法を唱えた。
「【反抗】ォ!!」
手の平は蛇口、詠唱はそれを捻る行為だ。
手の平から吹き出した水がファイアバードを包み込むと、残ったのはまるで産まれたての雛のような、産毛も生えていない素体だけだった。
地面には同じようにして落ちた鳥が十羽ほど転がっている。
「くそ……! まだこんなにいるのか……」
こんなに魔法を使ったのは村を追い出された野宿以来だ。息は上がるし、だんだん指先が痺れてきた。
「タクト、コレを飲むのです」
カナタから手渡されたのは、小瓶に入った青い液体。
コルクの栓がされていて、一口で飲み干してしまいそうな量だ。
「これは?」
「魔力ポーションです。飲めば魔力が回復します」
俺は言われるがまま栓を取って一気に飲み干す。
青色からは想像できなかった柑橘類の味がした。意外だったのは結構、美味しかったことだ。
ドォンッッ
「んぐっ?! ゲホッエホ……ば、爆発?!」
「北西の方から……ですね」
爆発音がした方を見ると、大きく煙が上がっていた。その他にも狼煙のような煙がいたる所から上がっている。
被害が広がってるのか? リオンとユルナは無事なのか?
一羽ずつは俺でも倒せるぐらい大した事はないが、北西にはこっちの何十倍もの数が飛来している。
もし一度に突っ込んで来られたら……。
「――タクトッ!!」
カナタの声にハッと我に返る。そうだ今は自分の事に集中しなければ――。
「ピィイイイイ!!」
ファイアーバードの一羽が、仲間をやられた報復か、俺目掛けて飛んできていた。反応が遅れ、今からでは詠唱が間に合わない。
火が眼前に迫った時、横から押し出される形で体が浮いた。
ファイアーバードの翼は俺の髪をかすめて、毛先を焦がし離れていった。
杖に乗ったカナタが俺の脇腹に片腕を回し、体を掬い上げていた。
「ボーッとしてる場合ではないですよ!」
カナタの言葉はもっともだ。倒しても倒してもキリがないこの状況を何とかしなければ……。
浮いた足元を見て俺はふと思いつく。
「なあカナタ。この杖でもっと高く飛べるか?」
「もちろん、風魔法ですから飛べますけど」
「よし! なんとかなるかもしれない!」
「え? 何か思いついたんですか?」
俺の考えた作戦はこうだ。
カナタは杖で空まで飛んでもらう操縦役。
俺は杖の後ろに乗り敵視魔法を撃ち続け、焼き鳥を集める。
敵視が集まったところで反抗魔法で一気に消火!
口元に手を当てて話を聞いていたカナタが、一つの懸念を口にした。
「……なるほど、でもそれだとタクトが魔法を使えるのが大勢にバレませんか?」
「反抗魔法を使うのは、町から少し離れたところで撃つ。どうだ?」
カナタは少しだけ考えて、こくりと頷いた。
* * *
「【雷の精霊よ その身を矛に敵を穿て!】」
ユルナの周囲を青い光が走った。光は不規則に曲がりくねり、バチッという音が連続して響く。
光が空中で静止すると、やがて鋭い槍の姿へと変わった。槍の矛先が上空を舞う鳥に狙いを定める。
「【雷光槍】!!」
ユルナが空へ向けて手の平をかざすと、一瞬にして槍が射出された。
ファイアーバードの一匹に突き刺さった槍が体内に溶け込み、次の瞬間には破裂音と共に周囲へ稲妻が轟く。
飛行出来なくなった鳥は雨のように空から落ちてくる。今ので二十羽ほど倒せていたが、空を埋め尽くすほどの大群は一向に減らない。
そうしている間にも、また民家の一つから火の手が上がった。
「くそッ! リオン、そっちはまだか?!」
「もう少し!」
私は水魔法で、民家に燃え広がった炎の消火に当たっていた。
「【水の精霊よ 火を包み鎮めなさい!】」
「【水の手】!!」
私の手から勢いよく噴出した水は、大きな手の形になり火を握りつぶす。
水の手を操り火を消してはいくが……次々と舞降る火の粉が新たな火種を作っていく。
「これじゃあ、消しても消してもキリがないよ!!」
「隣町からの援軍が来るまであと一時間弱……このままじゃ守り切れない……ッ」
しかしいくら弱音を吐いたところで、やらなければ被害が広がっていくだけだった。
きゃあぁあッ!!
痛い……助けて……。
水をもっとちょうだい!!
喧騒から聞こえてくる悲鳴が増えている。これでは消耗戦だ。いずれ完全に町は炎に飲み込まれてしまう。
険しい顔をしたユルナが歯を食いしばり、もう一度雷槍を出現させる。
「【雷光槍】……ッ なんだ……?」
ユルナが怪訝な表情をして手を止めた。
空を見ると先ほどまで襲い掛からんとしていた火の鳥たちが、宙空で静止していたのだ。鳥たちの視線はさらに上空へ向けられている。
火の鳥よりも高い位置。そこに杖に跨った少女と――少年の姿があった。
「あれは……カナタッ?!」
「うそっ! 後ろに乗ってるのタクトだよ!」
* * *
うぉおおおおお!! こえええええ!!
魔女が箒やら杖で空を飛ぶのに憧れてたけど……怖すぎだろ!!
命綱なし。体を支えるのは細い杖一本。吹き荒ぶ風。
夢見たファンタジーは、思っていたよりも現実感あるものだった。
「ちょっと……くっつきすぎです! 操縦しにくいですっ……!」
「そんなこと言ったって……おち、落ちるかもしれないだろ!」
「さっきまでの威勢はどうしたのです! はやく敵視魔法使ってください!!」
くそー! もっとカッコよくやるつもりだったのにッ
女の子の背にがっしりと掴まり膝を震わせる男が、どれだけダサく見えるだろうか。俺が女ならはっきり言って幻滅する。
もう、格好なんて気にしてられるか!!
半ばヤケクソになった俺は、群れをなすファイアーバードに向けて声高に叫んだ。
「焼き鳥どもォ!! こっちを見やがれェッ!!」
寒いし怖いし手も足も震えてるけど、やるんだ俺はッ!!
「【敵視】ォ!!」
巨大な一羽の不死鳥が紫色の光に覆われた。
一度大きく羽ばたくと、不死鳥の頭らしき集団が俺の方を向く。
「ビィエエエエエエエエッッ!!」
何千何万の火の鳥が一斉に鳴き、一つの咆哮に聞こえる。それでも俺は敵視魔法を撃ち続けた。
「あわわわわ……本当に来ました!!」
「よし!! あとはカナタ――逃げろォォオ!!」
町の外側に向けて方向転換し、全速力で空を駆ける。俺は振り落とされないように必死にカナタにしがみついていると、背後から再び不死鳥の鳴き声が轟いた。
よしよし……ちゃんと、追って来てるな……。
背後にはしっかりとファイアーバードの群れがついてきている。あれに飲み込まれたら、骨も残らず燃えそうだなと、嫌な想像をしてしまった。
「タクト、一体どこまで逃げれば……」
「もう少し、もう少しだ……」
カナタの超加速のおかげで町からはだいぶ離れることができた。あとは……。
岩山を越えると、目的の場所が見えた。
「見えたぞ。あそこの真上に誘い込んでくれ!!」
「なるほど……分かりました」
眼下に広がるのは巨大な湖。俺は考えがあってカナタにここまで飛んでもらったのだ。
反抗魔法が俺のイメージ通りの事を起こせるのなら……。
俺は幼い時に読んだおとぎ話の本を思い出していた。偉大な魔法使いが山火事を収めるために、池の水を浮かせて山に降り注ぐというワンシーン。
あれと同じことが出来れば――ッ
手の平を背後に迫った不死鳥へと向ける。もう熱気を感じれるほどに近かった。触れていなくても火傷しそうだ。
俺は精一杯の想像を働かせる。湖の水が湧き上がり、濁流のように飛んでいくイメージで……。
「【幾人も抱える憎しみよ その怒りの炎で身を妬き焦がせ……】」
あれ? なんでこんな詠唱を……?
無意識に紡いだ詠唱は俺の手の先に、巨大な詠唱紋を映し出した。これまで見たことのない規模の詠唱紋。ビリビリとした痺れが腕を伝って体中に響く。
敵視の数が多すぎるせいかッ? でも、この規模なら……ッ!!
痺れはしだいに痛みに変わった。筋肉が痙攣し、ぶちぶちと何かが裂けるような音もする。
――それでも俺は、最後の詠唱を力の限り叫んだ。
「【反抗】ォォォオオオッ!!」
俺が叫んだ直後、湖の水が唸りを上げて空へと昇りはじめた。
竜巻のようになった水流は不死鳥の腹にぶつかると、熱された水が大量の白い水蒸気へと変わっていく。
「ビィイイギィエエエエエエ!!」
不死鳥の断末魔が響き渡る。
「――ッ!! タクト、しっかり掴まるのです!!」
「……」
「タクト? ちょ、何出し切った顔してるんですか?! 掴まって!! 早く!!」
「……ちか……らがでな……い」
やばい。これが魔力を出し切るって感じか。指先一つ動かないぞ……。
でもこれで、町は助かる……。カナタは何を焦っているんだ?
「――爆発が……水蒸気爆発が起こります!」
「ふぁっ?」
直後、とてつもない爆音と爆風が周囲の森を、岩山を、町を襲った。
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