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84話 心の変化

「ユルナ……本気、なの?」


 リオンの声は震えていた。

 今の彼女の心は、驚きと戸惑いで大きく揺れている。


「いや、よくよく考えたんだよ。これで結婚しなかったら、またウォンがしつこく私を追ってくるだろ? だったらこの際、結婚しちまえばもう実家から何か言われることも無いんじゃねーかなって。冒険者も続けられるしな」


 読心魔法が使える私だから分かる。今度は嘘では無い。ユルナは本気で言っている。


「ここ何日か一緒に過ごして気づいたんだ。タクトとなら結婚してもいいな……って。タクトはどうだ? 私じゃ嫌か?」

「え?! いや、俺は……」


 タクトもまた私たちと同じく動揺していた。それもそうだろう。こんなラフなプロポーズは見たことがない。


 それがユルナらしい、といえばらしいのだが……しかし、いったい彼女にどういう心境の変化があったのだろうか。

 これまでのユルナからは、タクトに対しての恋愛感情はまったく感じ取れなかった。それが今はタクトを恋愛対象としてしっかり捉えている。


「ユルナ、落ち着いて考えるのです。結婚とは相思相愛の人が互いに同意してなるものだと思います。ユルナの言っていることは、政略結婚と本質が同じになってしまっていますよ。それではタクトを利用しているようなものです」

「あーそうか……順番が逆だったな」


 ユルナは隣に立つタクトに体を向けると、真剣な表情で見つめる。


「……タクト。私はお前が好きだ。私と結婚してほしい」

「なっ……ちょ、え?」

「……ふふ。面と向かって言うと、なんか恥ずかしいな。これ」


 長くユルナと一緒に冒険者をしてきたが、こんな表情は見た事がない。

 照れてはにかんだユルナは、間違いなくタクトに恋をしていた。


 その時だった——。


「——ちょ、リオン?!」


 杖の後ろに乗っていたリオンが私に覆い被さり、杖を下に向けて押し込んだ。

 バランスを失った杖は私たちを乗せたまま、地面に向かって急降下していく。


「——あああああッ?! う、【風よ(ウインド)ッ!!】


 私は咄嗟に迫り来る地面に向けて風魔法を唱えた。瞬間、下から巻き上がる風で真っ逆さまだった体勢が上を向く。

 地面にぶつかるスレスレのところで杖は止まったが、それを気にすることもなくリオンは杖を降りてどこかへ走っていく。


「リオンッ!! 待ってください!!」


 私の呼びかけにも応じずリオンは柵を乗り越え、遠ざかっていった。

 彼女の心の内は背中ごしでも分かる。驚愕と絶望、焦り、悲しみ……さまざまな感情がぐちゃぐちゃと混ぜ込まれていた。


「はぁ……まあ、そうなりますよね」


 リオンのタクトを想う気持ちを考えれば当然の結果だ。ミュレを出る時、私は彼女の心境の変化に気づいていた。


 ——リオンはタクトを好きな事を自分で認めた。


 やっと本人が()()()になったところに、ユルナの告白は相当堪えるだろう。


「それは、私も一緒なんですけどね……」


 上を見上げると、結界魔法に顔を押し当ててこちらを覗き込むユルナが見えた。ユルナは本気で心配しているようだったが、その心配はリオンの恋心までは及んでいない。あくまで落下していったことに対しての心配だった。


「まったく……私の心も誰か察してほしいもんですよ」


 全ての嫌な気持ちを吐き出すように一度大きくため息をついて、私はリオンのあとを追った。


* * *


「……リオン」

「——ッ」


 私が声をかけると、彼女は一瞬肩を動かした。

 リオンの行方を人づてに聞いて周り、辿り着いた先は宿屋だった。彼女は部屋の明かりも点けずにベッドの上で膝を抱え縮こまっている。

 表情は膝と腕で隠れて見えないが、彼女の気持ちはハッキリと見えていた。気持ちの大部分を“納得と諦め”が占めている。


「……ユルナの発言には私も驚きました。ミュレを出た時はユルナにそんな感情はなかったですからね」

「……」


 リオンは黙ったままだったが、ちゃんと私の言葉は聞こえているようだ。

 

「リオンは……タクトが好きなのでしょう?」

「……」

「このまま二人を結婚させていいのですか?」

「……タクトがそうしたいなら」


 今にも消え入りそうな声。それでいて全てを諦めて吐き捨てるように言うリオンに、私は初めて彼女に苛立ちを覚えた。


 こんなのは、いつものリオンらしくない。彼女はどんな時でも元気で明るく、仲間の為に行動し、仲間の為に本気で笑って喜ぶような人だ。それが彼女の一番の魅力だと私は思う。


 そんな彼女が、仲間であるユルナとタクトのことでさえも、『どうでもいい』と思い込もうとしているのが、どうしても許せなかった。


「——ッ、リオンはッ!! 本当にそれでいいのですかッ?!」

「……っ」


 私が叫ぶと、リオンはぎゅっと体を縮こまらせる。

 みんな、誰も心の内は読めない。黙っていれば誰にも分からない。そうやって人はどこかで自分との折り合いをつけて、夢を、恋を、希望を諦めていく。そんな人たちを私はごまんと見てきた。


 そうしたほうが楽に生きていけるのかもしれない。だが、それは自分に嘘をついて生きていくことになるのだ。

 塗り重なった嘘はやがて、その人の彩りある人生を真っ黒に染めていく。

 真っ黒な人生になんの価値があるというのだろう。本人だってそんな人生を望んでなどいなかったはずだ。


 ——リオンは今、自分の恋を諦めようとしている。


「……リオン。私たちと仲間になった時の約束、覚えていますか?」


* * *


『……“嘘をつかない”? 何それ?』

『ああ! 仲間なんだから、どんなことでも本心で語ろうぜ!』

『本心でって……具体的には?』

『そうだなぁ……私は冒険者で一番の槍術士になって、貴族より自由に生きる! そして大金を稼ぐ! とか』

『ユルナ……それはただ夢を語っただけでは?』

『いいんだよ。おおっぴらにこんなこと言えるのは仲間の前だけだろ? 仲間の前で取り繕う必要なんかないんだよ。ほら、カナタもなんか言えよ』

『えぇー……だ、大賢者……ですかね』

『アッハッハ!! いいねいいね! リオンはどうだ?』

『わ、私は……実家のオレンジ畑がこれからもずっと残ればいいなって』

『ちっさいなぁ……でもま、これで私たちは秘密を共有した仲だ。隠し事はしない。これからも思ったことは本音で話合っていこうな!!』


* * *


 今にして思えば、ユルナのあの性格と約束があったおかげで、私は人の心に頭を悩ませることが少なくなった。

 人の心が読める力……読心魔法はずっと私の心を嘘で塗り固めてきた。

 相手の本心に沿った会話をして、本音の顔色を窺って生きてきた。それをユルナがやめさせてくれた。仲間だけは口に出す言葉と本音が一緒だったから。


「私の前で……仲間の前で嘘をつかないでください。思っていることを()()()()()()()()()()()でしょう?」

「……私は」


 これだけ言ってもまだリオンの心は揺れていた。

 タクトに気持ちを伝えるべきか、ユルナの気持ちを優先して自分の恋を諦めるか。

 自分で言ったことだ。私も素直になろう。


「……私もちゃんと本音を言います。もう隠しません」

「カナタ……?」

「私もタクトのことが好きだと言ったら、リオンは私を嫌いになりますか?」

「——え」


 顔を上げたリオンの両目には、涙の伝った跡が残っていた。


「私は明日——タクトにこの気持ちを伝えに行きます。そして、ユルナとこのまま結婚はさせません。タクトが誰を好きなのか……それはタクト自身が決めることです」

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