83話 嘘
「閉じ込められてる……って?」
そんなばかな、と訝しんで扉に手をかける。
ぐっと力を入れて押しても扉はびくともせず、まるで石壁のようだった。
押しても引いても、叩いても蹴っても開きそうな感じはない。
「タクト、下がっていろ」
振り返ると、ユルナは真剣な顔をして槍を構えていた。
足元には詠唱紋が浮かび上がり、槍は青い光を放っている。
俺が扉から下がったのを見てユルナは一度、長く細く息を吐いた。
「――ッ【電光槍】ァ!!」
叫んだ詠唱と共に槍を突き出すと、一瞬の閃光が部屋を照らした。
しかし槍は扉を貫く事はなく、それどころか傷一つ付いていなかった。
ただの木製の扉がこんなに硬いわけがない。その認識はユルナも一緒のようだった。
「――ッ、結界魔法を張ってやがるな。たぶん護衛兵士の奴らだ」
ユルナは憎らしげに扉を睨みつける。
護衛兵士というと、建物の入り口を守っていた人たちだろうか。しかし、なぜこの部屋に結界魔法なんて……。
その時、扉の向こう側からノックがされた。
「……目が覚めたかいユルナ。タクトくん」
声の主はユルナの父、ユリウスさんだった。
「パパ!! 扉に結界魔法がかけられていて開かないんだ! なんとかしてくれ!!」
「ああ、そうさせたのは私の指示だ。お前たちはもう少しだけここにいてくれ」
言っている意味が分からない。外で何かあったのだろうか?
隣を見るとユルナと目が合った。彼女もまたユリウスさんの意図が掴めず、戸惑っているようだった。
「……どういう事だ? 今日は縁談の相手が来るんだろ?」
「先方との縁談破棄はもう済んでいる。騙して悪かったな」
済んでいるって……俺たちが呼ばれたのはそれをする為だったはずだ。
だったら尚更、俺たちがここに留まる理由なんてない。さっさとミュレに帰らないといけないのに。
「え? じゃあ、どうして私たちに帰って来いって……」
「——二人には、このまま正式に結婚をしてもらう」
……。
…………。
「「はぁ?!」」
あまりにも突拍子もない言葉に、ユルナと声を揃えて驚いた。
反対にユリウスさんは淡々とした口調で話を続ける。
「冒険者を続けるなら中々帰っては来れないだろう? 私も娘を持つ親として、娘の花嫁姿を見ておきたい。それに、どうせ結婚するなら早い方がいいだろう」
「ちょ……パパッ話が早すぎるって!!」
ユルナは焦ったのか扉に縋り付き、ドンドンと叩く。
その横顔が、なんとなく赤くなっているように見えた。
「……それにユルナの事だ。『気が変わった』『合わなかった』とか言って別れるかもしれない。貴族の娘として、何人も交際するのは心象が悪いのだよ。一度心に決めた人なら、最後までその人を信じるべきだ」
うーん……さすが親といったところか。
ユルナがまさしくしようとしていた事を見抜き、言い当てている。核心を突かれて俺たちは反論できなかった。
「結婚式は五日後だ。すまないが、それまではこの部屋で過ごしていてくれ」
ユリウスさんはそれだけ伝えると、どこかへ行ってしまったようだ。扉の前から足音が遠ざかっていく。
扉に縋っていたユルナがズルズルと崩れ落ち、床に手を着いた。
まさか両親から軟禁されるとは、ユルナも想像していなかったのだろう。愕然とした様子で項垂れている、と——。
「……ふ、ふふふ」
「ユルナ?」
「ふふふ、ハッハッハ!! またしても私の人生を勝手に決めてくれたな!!」
槍を支えにして立ち上がったユルナは、その瞳を光らせヤル気に満ち満ちていた。……ちょっと怖いぐらいに。
「……五日後か、それまでにここを脱出か、それができなければ……」
「……できなければ?」
「結婚式を——ぶち壊してやるッ!!」
* * *
ミュレを出発して二日後、私たちはユルナの故郷に辿り着いた。
雪が降っていたのは初日だけで、あとは晴れ晴れとした冬の空。杖で飛んでいたから降り積もった雪に足を取られることもなく、とても快適な旅だった。
「——っと。なにやら賑わっていますね」
カナタは跨っていた杖から降りて一言、町の様子に首を傾げた。
「なんだろ? お祭りか何かかな?」
町の入り口から見た景色は、多くの人が慌ただしく動き回っていた。
街路樹には色とりどりの装飾が施され、煌びやかな雰囲気を醸し出している。さらに道ぞいには、祭事に使われるような松明が等間隔に建てられていた。
露店の準備をする者もいれば、大通りに幾つものアーチゲートを建てる職人の姿もあった。誰がどうみても、祭りか祝い事の準備中といった様子だ。
忙しそうに行き交う人々を見て、町に入ってもいいのだろうかと少し不安になる。
「あの、すみません」
「ん? なんだ嬢ちゃんたち。冒険者かい?」
気づけばカナタが、一人の男性に声をかけていた。男性もまた、大きな木材を肩に担いでいる。
「何かお祭りでもあるのですか? とても大掛かりなことをしてるようですが」
「おうよ!! この町の領主ご令嬢が結婚するってんでな。こうして祝福の準備中だ」
「結婚……?」
「ユルナお嬢様もいいお相手を見つけたもんだ。まさかあの、魔術師タクトと結婚なさるとはなッ!!」
…………は?
「ゆ、ユルナが……タクトと結婚?」
「ん? なんだユルナお嬢様の知り合いか? ……おっと悪いな、これ以上話してたら間に合わなくなっちまう。この町に泊まるんなら、嬢ちゃんたちも是非祝ってってくれよな!!」
男性はそれだけ言って足早に去っていった。
……何かがおかしい。
ユルナとタクトは縁談破棄に来ていたはずだ。それがなんで二人が結婚する話に? というか、いつ? 二人からは知らせも何も来ていない。タクトと結婚すると言ったのは嘘だってカナタは言っていた。ユルナには何か考えがあるんだって……。
色々な疑問が思考を埋め尽くして、私は思わずカナタに問いかけた。
「か、カナタ……どういうこと?」
「分かりません……とにかく、ユルナの家に行ってみましょう」
この事態は彼女も知らなかったのだろう。カナタは怪訝な表情を浮かべる。
町の人にユルナの家の場所を聞き、私たちはユルナの元へと急いだ。が——。
「——申し訳御座いません。家に入れるわけにはいきません」
門扉を守る一人の兵士が、毅然とした態度と硬い口調で言い放った。
甲冑の隙間から見える眼差しは、私たちを強く睨みつけている。
「どうしてです?! 私たちはタクトとユルナの仲間です!! 中に入れてください!!」
「今は大切な式の準備中につき、『誰も中に入れるな』との指示です。ご理解ください」
兵士の二人が私たちの行手を阻むように、扉の前で槍を交差させている。
「ユルナに伝えてください。『リオンとカナタが来ている』と。それで分かるはずです」
「……旦那様の許可が必要です。旦那様にお二人のことをお伝えしましたが、面会を拒否されております。どうか、お引き取りください」
兵士たちは上の指示に従っているだけなのだろう。カナタがいくら文句を言っても一切引く素振りを見せない。
「……行こうカナタ」
「リオン!! これはどう考えてもおかし——」
「この人たちに言ってもしょうがないのは分かるでしょ。今は諦めよう」
「……そう、ですね。わかりました」
うん。今は引き下がろう。
正面から無理なら、他の方法を考えるしかない。カナタは私の心意に気づいたようだ。
私たちと会わないというユルナの父……ユルナからはなんの知らせも無い状況。
二人に何かあったのは間違いなかった。
兵士に思惑を悟られないよう、私たちは足早にその場を離れた。
* * *
夜になっても町は賑やかなままだった。
松明に火が灯され、そこら中から笑い声と陽気な音楽が流れ聞こえてくる。どうやら結婚式の前夜祭が開かれているようだ。
町はまるで昼間のように明るく、多くの人が祭りを楽しんでいた。
「結構明るいね……」
「なるべく闇に紛れて飛びます。私は周囲に気を配るので、リオンが二人を探してくださいです」
「うん。任せて」
ゆっくりとした動きで杖は家の周辺を飛びまわる。
さすが領主貴族の家だ。建物自体の大きさにも驚いたが、柵で囲まれた敷地は一つの小さな村のように広かった。庭に何人も住めるんじゃないかとすら思う。
等間隔に並ぶ窓に順番に目を凝らしていくと、途中で見覚えのある後ろ姿に目が止まった。
「……あ! カナタ、あそこ!!」
その人物は開け放たれた窓に背を向けて寄りかかり、水色の髪を風に揺らしていた。
間違いない、ユルナだ!
兵士や町民に見つからないようそっと窓に近づき、その肩に手を伸ばした。
「ユル――」
その時、コツンと指先が見えない何かにぶつかった。
窓は開いているはずなのに、そこには透明なガラス状の壁があったのだ。
よくよく見ると薄く虹色に光っているのが分かる。
「これは……結界魔法ですね」
「結界? なんでそんなものが……」
私が疑問の声を上げると声に気づいたユルナが振り返った。
ユルナは私たちを見て、驚きとも喜びともとれる表情を浮かべる。
「リオン! カナタ!」
ユルナの声は結界に阻まれているせいかくぐもって聞こえる。だが、どうやら声は届くらしい。
部屋の奥からタクトも顔を出してきて、目を丸くして驚いていた。
「どうしてここに?!」
「二人とも全然帰ってこないから心配で……というか、結婚ってどういうこと?! それにこの結界はなに?」
「ああ……実は私の親がな……」
ユルナは神妙な面持ちで経緯を教えてくれた。
両親に軟禁され、このままタクトと結婚させられそうな事。式が明日に迫っている事。そして――。
「――まぁ、このままタクトと結婚してもいいかなー……なんて」
「え……?」
ユルナは頬を指で掻きながら、照れ臭そうに笑った。