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80話 領主の娘

「すまん……つい巻き込んじまった」 


 ミュレを出て馬車での移動中、ユルナが小声で謝ってきた。

 彼女は顔の前で両手を合わせると申し訳ないといった表情をする。

 小声なのはウォンさんに聞かれないようにだろう。俺も彼女に合わせて声量を下げた。

 

「……さっきの話って嘘だよな? どうするつもりなんだ?」


 ユルナの言った『彼と結婚を前提に付き合っている』……この言葉の真意を聞いておかなければならない。ユルナには何か策があるのだろう。

 

「なぁに、ゴタゴタが落ち着いたら別れたことにするさ。『価値観の相違で』とか言っとけばいいだろう」


 ……まじかよ。


 思っていたよりも計画性の無い……いや無計画と言っても過言ではない答えに、俺は頭を抱えた。どうやらカナタはそこまで読み取っていなかったらしい。

 まあユルナらしいといえばらしいのだが……さすがに行き当たりばったりすぎる。


「それだと、また縁談を持ちかけられるぞ?」

「そんときはそんときだ。今を乗り切って他の国に行っちまえば、そうそう追っては来れないだろう」


 そんなに上手くいくとは思えないが、他にいい案も浮かばない。ひとまずはユルナの考えに乗るしかないのか……。


 その時、馬車を操るウォンさんから声がかかった。


「お二人とも、寒くはないですか?」

「——ッお、俺は平気だよ」

「私も大丈夫だッ」

「今日はさらに冷え込むようですから、備蓄箱の中に毛布を用意してあります。寒かったら使ってください」


 それだけ言ってウォンさんは視線を前へと戻した。

 会話を聞かれてはいないと思うが……いかんせんウォンさんはユルナの実家側の人だ。気をつけなければ。


「結婚、かぁ……」


 口にしてみても実感のわかない言葉だ。

 彼女なんていたことが無いし、誰かを好きになったこともない。そもそも好きってどういう感情なんだろうか。

 親父と母さんはどうやって知り合って、いつから互いを好きになったんだろう?

 ……俺にもそのうち、好きな人が出来るのかなぁ。


 ぼんやりと外の景色を眺めていると、リオンの顔が思い浮かんだ。

 ここ最近のリオンは、どうしてかリフィと仲が良くないように思える。それだけが少し気がかりだった。


 馬車はゆっくりと雪の中を進み、ユルナの故郷に着いたのはそれから三日後だった。


* * *


「ユルナお嬢様ー!! おかえりなさいませ!!」

「おーいみんなぁ! ユルナお嬢様が戻られたぞー!!」


 方々から聞こえる声に俺は驚いた。

 町に入った途端、町民たちが通りに集まりだしたのだ。集まった人々は目を輝かせて手を振り、ユルナの帰りを喜んでいるようだった。

 反対にユルナは苦虫を噛んだような顔をしている。


「ユルナ……お前って実はめちゃくちゃ良いとこの出なのか?」


 ギロリと無言で睨まれて察した。どうやら触れちゃいけない話題だったらしい。


「おや? ユルナお嬢様から何も聞かれていないのですか」


 肩ごしにこちらを見たウォンさんが、目尻を下げて微笑んだ。


「ユルナお嬢様のお父様……旦那様は四つの町と村を束ねる領主でございます」

「領主?! それにしてはずいぶんと歓迎されてる? みたいだな」


 俺は領主貴族と聞くと、豪華な椅子にふんぞり返って民から税を巻き上げる陰湿なイメージを持っていた。しかし集まってきた人々の様子を見るに、むしろ好意的に捉えられているようだ。


「『民を愛し土地を愛す』……旦那様が掲げている信念です。地税も通行税も廃止し、自らが民のために働く……(わたくし)が言うのもなんですが“貴族らしくない”お方ですよ」


 考え方は立派だとは思う。でも、それでどうやって町と民を治めているんだろうか。

 俺が考えに耽っていると、馬車が動きを止めた。


「さあ着きましたよ」


 ウォンさんに言われて荷台から降りると、目の前には真っ白な外壁の建造物があった。

 宮殿のような佇まいをした建物は横に長く、この建物だけで何百人も住むことができそうな大きさだ。

 建物の入り口と見られる門扉は硬く閉ざされ、扉の左右には甲冑を身につけた兵士が立っている。


 俺が感嘆のため息を漏らしていると、横をユルナがズカズカと通り過ぎていく。

 兵士はユルナを見るなり(ひざまず)き、頭を下げた。


「はぁ……そんなことしなくていいよ」


 ユルナが声をかけても兵士二人は黙ったまま顔をあげようとはしない。

 一般庶民の俺は完全に場違いな気がして、思わず背筋が伸びた。


「お嬢様、タクト様。どうぞこちらへ」

「あ、ああ……」


 ウォンさんの後に続いて兵士の間を通り抜ける。

 重厚な音を響かせて門扉が開かれると、目の前に広がる光景に一歩後ずさった。


「「「お帰りなさいませ、ユルナお嬢様」」」


 大勢の声が一切乱れることなく重なって響く。

 広々としたエントランスホールは真っ赤な絨毯が敷き詰められ、天井からは大きなシャンデリアが垂れ下がっている。

 煌びやかな光が降り注ぐ中、使用人と思しき人たちが取り囲むようにして立ち並んでいたのだ。


 ざっと二十人はいるであろう使用人たちが、お辞儀の姿勢から揃って顔を上げた。


「パパはどこ?」


 ユルナがそう言った時、どこからか慌ただしい足音が聞こえた。

 ドタドタと踏み鳴らす音はこちらに近づいて来ているようだ。


「——ユルナッ!!」


 声のしたほうへ目を向けるとエントランスの二階部分にあたる手すりから、身を乗り出してこちらを見る人物がいた。貴族らしい身なりをした細身の男性だ。黒い頭髪の半分以上が白髪になっていて相応の年齢を感じさせる。

 男性はつぶらな目をこれでもかと見開いて、ただ一点ユルナを見つめている。


「パパ……」

「……ユゥゥウウルゥウウウウナァアアアアッ!!」


 ユルナの父親らしき人物は叫び、エントランス(わき)にある階段へ向けて走り出した。


「——ッ旦那様、あまり急がれますと……」


 ウォンさんが言いかけた時だった。

 慌てすぎて踏み外したのだろう。男の体が前のめりに傾いた。


「ぬッ……う、ぉおおおおおおッ?!」


 転げ落ちる、とはまさにこの有り様をいうのだろう。

 豪快な音と雄叫びをあげて階段を転がってきた父親は、最後には俺たちの前にうつ伏せになって倒れた。


「だ、大丈夫ですか?!」


 あまりにも酷い転がりっぷりに思わず駆け寄ろうしたが、手で制された。

 見るとユルナが呆れたような顔で父親を見下ろしている。

 

「いっつつ……」

「ただいま。パパ」

「——ハッ! ユルナぁむぐ」


 体を起こした父親がユルナに抱きつこうとしたところを、ユルナの足が彼の顔面を捉えた。

 両手をバタバタと動かしユルナに縋りつこうとする姿は、俺と親父の喧嘩を彷彿とさせた。しかし、実の父親を足蹴にするのはどうかと思う。


「お、おいユルナ……」


 俺が止めに入るとユルナは大きくため息をつく。その顔は心底嫌そうに見えた。

 足で顔を抑えつけたまま、ユルナは顔だけを俺に向き直す。


「紹介するよ。この人が私のパパ、ユリウスだ」


 いや、こんな状況で紹介されても……。

 でも紹介されたからには、俺も名乗らないわけにはいかない。


「あ、あの初めまして。タクトと申します」

「む? 君が例の……」


 ああそうか。“魔法が使える男”ってことで名前は知られてたっけ。


「——私の娘をたぶらかしたのはお前かぁッ!!」

「……はい?」


 叫んだ直後、ユリウスさんはユルナの足を払い退けて、俺に向かって飛びかかってきた。

 そのまま胸ぐらを掴まれ、振りかぶった彼の右手は拳の形に握られている。


「娘をよくもぉぉおッ!!」

「え、ちょっ……待っ」

「——【電光銃(ライトニングショット)】!!」


 まさに殴られる寸前だった。

 ユリウスさんの背後が一瞬青白く光ったかと思えば、バチッという音がしてユリウスさんが力なく倒れた。

 横たわったユリウスさんは白目を剥いて、ピクピクと体を震わせている。


 気を失っている? いったい何が——。


「ウチの人がごめんなさいね」


 またもや二階から聞こえた声に視線を向けると、そこには水色の髪をした女性が俺たちを見下ろし微笑んでいた。


 女性の頭には光り輝くティアラが、そしてこれまた貴族が着ていそうな豪奢なドレスを身に纏っている。……それだけなら『綺麗な人』という第一印象だったが、女性がとっていたポーズが、そう思わせてはくれなかった。


 女性の片手が人差し指と親指を立てて銃の形を模し、こちらに向けていたのだ。

 その指先が青白く光っていることから、さっきの光はこの人が魔法を使ったのだと遅れて理解した。


「ただいま、ママ」

「お帰りなさいユルナ。そちらがタクトさんね?」

「ああそうだ」


 ママ……つまりはこの人がユルナのお母さんなのだろう。

 綺麗な水色の髪と少し気の強そうな顔立ちは、ユルナによく似ている。


「私のママ、ユーリだ」


 ユーリさんはユリウスさんとは違い、とても落ち着いた様子で階段を降りてくる。

 一挙一動に気品が溢れ、まさしく貴族の振る舞いだと感じさせる。


 俺の前で立ち止まったユーリさんは、澄んだ水色の瞳で俺をじっと見つめた。

 まるで俺の心境も見透かされているように思えて、一気に緊張が増した。


「は、初めまして。タクトと申しますッ」


 俺が会釈をした時、顔面が柔らかな物に包まれた。弾力のある二つの膨らみ。この感触には身に覚えがあった。


 あれ? これって……。


 疑問を抱くと同時に、昔の記憶がデジャブとなって蘇る。俺はユルナと初めて会った時のことを思い出していた。

 慌てて顔を上げようとした直後、がっしりと頭を押さえつけられた。

 顔はさらに埋まり、口元も塞がれた。


「はぁあ……ちっこい……可愛い……こんな可愛い子を捕まえてくるなんて、さすが私の娘だわ……」

「んぐっ……んんッ!?」


 いい香り……そしてユルナよりでかい……ッ!! いや、待てそうじゃない!! まずい、息が——。


 ゴッ


 鈍い音が響くと、俺の頭を押さえていた手が離れた。酸欠で頭がくらくらする。 

 もう、これすらもデジャブなんだけど。


「——痛いじゃない!! 何すんのよ!!」

「『何すんの』はこっちのセリフだッ! 娘の彼氏を殺す気か!」


 顔を突き合わせていがみ合う二人を見て思う。うん。間違いなく親子だ。

 まるでそこに鏡でもあるかのように、怒った顔まで一緒だった。


「ずっと連絡も寄越さなかったと思えば、こんな可愛い子たぶらかしてるなんて……ズルいじゃない!!」

「たぶらかしてんのはママのほうだろうが!! 年甲斐もなくドレスなんか着て……さっさと着替えて、そのでか乳仕舞ってこい!!」

「で、でか乳……相変わらず品のない言葉遣いね!! ユルナこそ露出が多すぎるんじゃない?」

「これは冒険者の装備だ!! 身軽さを優先させてるからいいんだよ!!」

「お嬢様、奥様……その辺にされては——」

「「ウォンは黙ってて!!」」


 二人から同時に睨まれたウォンさんは肩を縮こまらせた。

 次第に喧嘩はヒートアップして、殴り合いに発展する。


「……ウォンさんも大変だな」

「お気遣い感謝します……本当に」


 二人が落ち着きを取り戻したのは、だいぶ後になってからだった。

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